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凛の“違和感”、決定的な気づきへ
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社内の空気は、昼間と打って変わって静まり返っていた。
エレベーターの電子音も、プリンタの機械音も止まり、フロアにはわずかなキーボードの打鍵と、空調の低い風の音だけが漂っている。
阿波座凛は、営業部の共有キャビネットから月次資料を取り出した帰り道、ふと足を止めた。
前方に見えたのは、谷町光のデスクだった。
残業が終わったあとで、当然本人はいない。
机の上にはパソコンのモニターがスリープ状態で灯り、使いかけのクリアファイルとメモ帳が乱雑に置かれていた。
その一角に、何かが挟まっているのが目に入った。
付箋のような小さな紙片。
何気なく目を向けた凛の視界に、ある言葉が飛び込んできた。
“凛さんの笑う確率
→出会い時点3%
今→たぶん27%(今日ちょっとだけ目元が緩んだ)”
視線が止まる。
足も止まる。
胸の奥に、何かがぽたりと落ちたような感覚があった。
数字の横に描かれた、簡単な折れ線グラフ。
手描きで、ややゆがんでいる。
でも、そこには明らかな感情と観察の痕跡があった。
凛は紙に手を伸ばしかけ、途中で止めた。
そして、静かに手を引っ込め、紙片の位置を直すだけにとどめた。
拾い上げることも、読み返すこともせず、ただ、一度きりの視線を残してその場を離れた。
だが、心の中には、しっかりとその数字が刻まれていた。
出会い時点3パーセント。
現在、27パーセント。
経理部に戻ったあと、凛はいつも通りの手順で着替えを終え、ティーバッグを入れたカップに熱湯を注いだ。
紅茶の香りが広がる静かな部屋。
窓際の机に腰を下ろし、カップを手に取る。
しかし、いつものようにすぐに口をつけることはなかった。
湯気がふわりと立ち昇り、カップの縁に淡く波打つ。
その揺れに合わせるように、凛の視線が微かに揺れていた。
すべては偶然…じゃなかったのか。
自然と目に入っていた差し入れ、無邪気な挨拶、少しずつ増えていったやりとり。
けれど今思えば、すべてが緻密で、選ばれていたようにすら思える。
あのタイミングで来る。
この言葉を選ぶ。
そして、あの笑顔で「来てくれて助かりました」と言わせておいて、その反応すらカウントされている。
凛はゆっくりとカップを持ち上げた。
だが、口元に持っていく手が、普段より少しだけ、長くその場にとどまる。
光が、自分を“見ていた”という事実が、静かに、だが確実に、胸の中をあたためていた。
誰にも気づかれないように、ささやかな行動の積み重ねで。
それでも、着実に影響を与えてきた。
……それでも、この数値、上がったこと自体が……ちょっと、嬉しいと思ってる自分がいる。
声に出すことはできなかった。
けれど、その考えが浮かんだ瞬間、自分でも気づかないうちに口元がゆるんでいた。
カップを口元に運び、ひとくちすする。
あたたかな液体が喉を通り、胸の奥にしみわたる。
それは紅茶の温度だけではなかった。
ふと、窓の外を見る。
雲の切れ間からのぞく月が、ビルの輪郭をやわらかく照らしていた。
その光が室内に差し込み、机に置かれた書類と、凛の白いカップに淡く反射していた。
指先に残る温度、あの数字の記憶。
何も言葉を交わさなくても、確かに交差していた気配があった。
凛は、そっとつぶやいた。
「……俺、狙われてたのか」
誰に聞かせるでもなく。
けれど、その言葉には驚きや動揺ではなく、わずかな笑みと、あたたかい戸惑いが含まれていた。
エレベーターの電子音も、プリンタの機械音も止まり、フロアにはわずかなキーボードの打鍵と、空調の低い風の音だけが漂っている。
阿波座凛は、営業部の共有キャビネットから月次資料を取り出した帰り道、ふと足を止めた。
前方に見えたのは、谷町光のデスクだった。
残業が終わったあとで、当然本人はいない。
机の上にはパソコンのモニターがスリープ状態で灯り、使いかけのクリアファイルとメモ帳が乱雑に置かれていた。
その一角に、何かが挟まっているのが目に入った。
付箋のような小さな紙片。
何気なく目を向けた凛の視界に、ある言葉が飛び込んできた。
“凛さんの笑う確率
→出会い時点3%
今→たぶん27%(今日ちょっとだけ目元が緩んだ)”
視線が止まる。
足も止まる。
胸の奥に、何かがぽたりと落ちたような感覚があった。
数字の横に描かれた、簡単な折れ線グラフ。
手描きで、ややゆがんでいる。
でも、そこには明らかな感情と観察の痕跡があった。
凛は紙に手を伸ばしかけ、途中で止めた。
そして、静かに手を引っ込め、紙片の位置を直すだけにとどめた。
拾い上げることも、読み返すこともせず、ただ、一度きりの視線を残してその場を離れた。
だが、心の中には、しっかりとその数字が刻まれていた。
出会い時点3パーセント。
現在、27パーセント。
経理部に戻ったあと、凛はいつも通りの手順で着替えを終え、ティーバッグを入れたカップに熱湯を注いだ。
紅茶の香りが広がる静かな部屋。
窓際の机に腰を下ろし、カップを手に取る。
しかし、いつものようにすぐに口をつけることはなかった。
湯気がふわりと立ち昇り、カップの縁に淡く波打つ。
その揺れに合わせるように、凛の視線が微かに揺れていた。
すべては偶然…じゃなかったのか。
自然と目に入っていた差し入れ、無邪気な挨拶、少しずつ増えていったやりとり。
けれど今思えば、すべてが緻密で、選ばれていたようにすら思える。
あのタイミングで来る。
この言葉を選ぶ。
そして、あの笑顔で「来てくれて助かりました」と言わせておいて、その反応すらカウントされている。
凛はゆっくりとカップを持ち上げた。
だが、口元に持っていく手が、普段より少しだけ、長くその場にとどまる。
光が、自分を“見ていた”という事実が、静かに、だが確実に、胸の中をあたためていた。
誰にも気づかれないように、ささやかな行動の積み重ねで。
それでも、着実に影響を与えてきた。
……それでも、この数値、上がったこと自体が……ちょっと、嬉しいと思ってる自分がいる。
声に出すことはできなかった。
けれど、その考えが浮かんだ瞬間、自分でも気づかないうちに口元がゆるんでいた。
カップを口元に運び、ひとくちすする。
あたたかな液体が喉を通り、胸の奥にしみわたる。
それは紅茶の温度だけではなかった。
ふと、窓の外を見る。
雲の切れ間からのぞく月が、ビルの輪郭をやわらかく照らしていた。
その光が室内に差し込み、机に置かれた書類と、凛の白いカップに淡く反射していた。
指先に残る温度、あの数字の記憶。
何も言葉を交わさなくても、確かに交差していた気配があった。
凛は、そっとつぶやいた。
「……俺、狙われてたのか」
誰に聞かせるでもなく。
けれど、その言葉には驚きや動揺ではなく、わずかな笑みと、あたたかい戸惑いが含まれていた。
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