5 / 67
交差点、光の中の再会
しおりを挟む
夜8時。通りには、もうほとんど人の姿がなかった。
街灯のオレンジが、雨上がりの舗道をぼんやりと照らしている。アスファルトの表面には細かい水たまりがまだ残っていて、わずかに風が吹くたびに街灯の光をゆらりと歪ませていた。音もなく、空気が重い。昼間とは違う時間の流れが、確かに存在している。
天満悠翔は、交差点の信号の前で立ち止まっていた。片手にはスマートフォンを持ち、もう一方の手でフード付きのコートの襟元をきゅっと握る。首元に少しだけ冷たい風が入り込んで、彼は無意識に肩をすくめた。
車はほとんど走っていない。通りの向こうにポツンとあるコンビニの灯りが、遠く小さく感じられた。信号は赤のままだった。
彼は手元のスマホを点けた。ロックを解除すると、ホーム画面に設定された壁紙がゆっくりと浮かび上がる。そこには、剣を手にしたレオ様がいた。凛とした表情で微笑みながら、まっすぐにこちらを見つめている。
画面の明かりが、彼の顔をわずかに照らす。その横顔は静かで、穏やかで、どこか満たされたような雰囲気をまとっていた。雨で少し湿った前髪が頬にかかっているのを、彼はそのままにしていた。
「……今日も、ありがとう」
声はほんのささやきだった。誰にも聞かれることのない言葉。けれど、それは本気の感謝だった。今日も、誰にも話せない気持ちを抱えたまま、それでも一日を終えることができたのは、レオ様がいてくれたからだ。そう思うだけで、彼の心のなかはほんの少しだけ温かくなった。
信号が青に変わった。悠翔はスマホを手に持ったまま、ゆっくりと一歩踏み出した。
次の瞬間だった。
空気の切れるような音。タイヤが水たまりを跳ね上げる鋭い音。視界の端で、猛スピードの車が飛び込んできたのがわかった。けれど、その気づきは一瞬遅かった。
体が浮くような感覚。風景がぐるりと回転し、夜の街がぐにゃりと曲がる。
時間が止まったようだった。けれど、その止まった時間の中で、彼の耳にははっきりとした声が聞こえた。
「君は、まだ生きられるよ…」
それは誰の声だったのか、わからなかった。けれど、どこかで何度も聞いたことのあるような、優しくて、深くて、どこか懐かしい響きだった。
意識が薄れていく中で、悠翔はスマホを手に持ったまま、ゆっくりと目を閉じた。
世界が黒く染まっていく。寒さも痛みも、すべてが遠のいていく。その静けさのなかで、彼は最後の力を振り絞って心の中で呟いた。
「ああ…だったら次は、
この想いを“言葉”にできる世界だったらいいな」
本当はずっと、伝えたかった。ありがとうとか、好きとか、あなたがいてくれて救われたとか。けれど、言葉にできなかった。伝えられる相手が、どこにもいなかったから。
だからもし、もう一度始められるなら。
今度は、ちゃんと伝えたい。
ちゃんと好きって言いたい。
あの人の目を見て、言葉にしたい。
その願いだけが、彼の胸の中にあった。
車の音も、街灯の光も、遠ざかっていく。まるで水の中に沈んでいくような感覚だった。何も聞こえず、何も見えなくなっていく。そのなかで、悠翔は確かに微笑んだ。
ゆっくりと、穏やかに。
今度こそ、あの人に会えるかもしれない。
そんな確信にも似た祈りを抱きながら。
そして、闇がすべてを包み込んだ。
夜の静けさは、変わらずそこにあった。
けれどその奥底で、一つの命が終わり、一つの物語が、今まさに始まろうとしていた。
街灯のオレンジが、雨上がりの舗道をぼんやりと照らしている。アスファルトの表面には細かい水たまりがまだ残っていて、わずかに風が吹くたびに街灯の光をゆらりと歪ませていた。音もなく、空気が重い。昼間とは違う時間の流れが、確かに存在している。
天満悠翔は、交差点の信号の前で立ち止まっていた。片手にはスマートフォンを持ち、もう一方の手でフード付きのコートの襟元をきゅっと握る。首元に少しだけ冷たい風が入り込んで、彼は無意識に肩をすくめた。
車はほとんど走っていない。通りの向こうにポツンとあるコンビニの灯りが、遠く小さく感じられた。信号は赤のままだった。
彼は手元のスマホを点けた。ロックを解除すると、ホーム画面に設定された壁紙がゆっくりと浮かび上がる。そこには、剣を手にしたレオ様がいた。凛とした表情で微笑みながら、まっすぐにこちらを見つめている。
画面の明かりが、彼の顔をわずかに照らす。その横顔は静かで、穏やかで、どこか満たされたような雰囲気をまとっていた。雨で少し湿った前髪が頬にかかっているのを、彼はそのままにしていた。
「……今日も、ありがとう」
声はほんのささやきだった。誰にも聞かれることのない言葉。けれど、それは本気の感謝だった。今日も、誰にも話せない気持ちを抱えたまま、それでも一日を終えることができたのは、レオ様がいてくれたからだ。そう思うだけで、彼の心のなかはほんの少しだけ温かくなった。
信号が青に変わった。悠翔はスマホを手に持ったまま、ゆっくりと一歩踏み出した。
次の瞬間だった。
空気の切れるような音。タイヤが水たまりを跳ね上げる鋭い音。視界の端で、猛スピードの車が飛び込んできたのがわかった。けれど、その気づきは一瞬遅かった。
体が浮くような感覚。風景がぐるりと回転し、夜の街がぐにゃりと曲がる。
時間が止まったようだった。けれど、その止まった時間の中で、彼の耳にははっきりとした声が聞こえた。
「君は、まだ生きられるよ…」
それは誰の声だったのか、わからなかった。けれど、どこかで何度も聞いたことのあるような、優しくて、深くて、どこか懐かしい響きだった。
意識が薄れていく中で、悠翔はスマホを手に持ったまま、ゆっくりと目を閉じた。
世界が黒く染まっていく。寒さも痛みも、すべてが遠のいていく。その静けさのなかで、彼は最後の力を振り絞って心の中で呟いた。
「ああ…だったら次は、
この想いを“言葉”にできる世界だったらいいな」
本当はずっと、伝えたかった。ありがとうとか、好きとか、あなたがいてくれて救われたとか。けれど、言葉にできなかった。伝えられる相手が、どこにもいなかったから。
だからもし、もう一度始められるなら。
今度は、ちゃんと伝えたい。
ちゃんと好きって言いたい。
あの人の目を見て、言葉にしたい。
その願いだけが、彼の胸の中にあった。
車の音も、街灯の光も、遠ざかっていく。まるで水の中に沈んでいくような感覚だった。何も聞こえず、何も見えなくなっていく。そのなかで、悠翔は確かに微笑んだ。
ゆっくりと、穏やかに。
今度こそ、あの人に会えるかもしれない。
そんな確信にも似た祈りを抱きながら。
そして、闇がすべてを包み込んだ。
夜の静けさは、変わらずそこにあった。
けれどその奥底で、一つの命が終わり、一つの物語が、今まさに始まろうとしていた。
12
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる