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“観察”されてる側だったなんて聞いてない
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昼休み。教室内の空気は少し緩み、机を囲んで弁当を広げる生徒たちの声があちこちから響いていた。外ではグラウンドでボールを追う掛け声が重なり、春の陽気と相まって、どこか平和な昼下がりの雰囲気が漂っていた。
悠翔は、弁当を広げる気にもなれず、自席でぼんやりとノートを開いたまま、シャーペンの先でページの隅をなぞっていた。教科書を読むふりをしているが、視線はずっと同じ行にとどまっていた。思考は依然、朝の出来事の渦中にある。
京橋くんの仕草が、またしても“レオ様”と重なったこと。ノートを渡しただけで心拍が跳ね上がり、とうとう教室を飛び出してしまったこと。そのすべてが、未だに胸の奥でくすぶり続けている。
そんなときだった。何気なく後ろを通りかかったとき、机に伏せていた阿波座のスマホ画面がちらりと見えた。表示されていたのは、鮮やかな青い背景に白いテキスト。タグらしき文字列が、はっきりと読み取れた。
「#きょゆう観察日誌」
…きょゆう? 観察…日誌…?
読み取った瞬間、胸に冷たいものが走った。言葉の意味を理解するよりも先に、直感が働いた。これは、見てはいけないものだったのではないかと。
しかし、もう遅かった。悠翔は思わず立ち止まり、阿波座の机の前で固まったまま動けなくなっていた。阿波座はスマホに集中していたが、ふと顔を上げて悠翔の視線に気づく。
「あら」
軽く眉を上げたその目元は、冷静というより、どこか観察者のまなざしだった。
「あなた、知らなかったの?主役のひとりよ」
言葉が、まるで爆弾のように悠翔の胸に突き刺さった。
「しゅ…主役?」
声が裏返った。思わず問い返してしまった自分にさえ驚いた。
「“きょゆう”って、京橋くんと天満くんの略。観察日誌は、まあ…読んで字の通り」
阿波座がさらりと説明する横で、別の声が重なった。
「二人って…ほんと小説みたいだよね~」
ゆるくまとめた明るい髪が揺れる。昭和町紬だった。笑顔はふんわりとしていたが、その目はきらきらと輝いていた。
「距離感が毎日ちょっとずつ変わってくのとか、たまらないっていうか…尊いの、具現化って感じ?」
悠翔は、それ以上聞いていられなかった。反論もできなかった。ただ、その場から一刻も早く離れたくて、無言でその場を離れた。
足が勝手に動いた。教室の空気が急に濃くなった気がして、呼吸がうまくできなかった。笑い声や椅子を引く音が遠くに聞こえていた。
頭の中が真っ白だった。
“推す”とは、自分が一方的に心を注ぐことだと思っていた。
まさか、“推し”と“推され”の間に、自分の名前が並ぶ日が来るなんて。
それも、あの京橋くんと並んで“カップリング”のタグに載るだなんて。
しかも、それを見てる人がいて、読んでいる人がいて、共感されて、拡散されて。
自分が知らない場所で、自分と“彼”が物語の主人公になっていた。
無理だった。心が追いつかない。言葉が出ない。自分の知らない自分に、誰かが感情を注いでいるなんて。
まるで、透明だったと思っていたガラスに、突然“主役”という名札が貼られた気分だった。
気づけば保健室の前に立っていた。静かで、午後の光が差し込む、安心と逃避の空間。
ノックをする前に、ドアが音もなく開いた。
「いらっしゃい。顔、しんどそうねえ?」
ゆるく巻いた茶色の髪。白衣の下からちらりと見えるTシャツ。鶴見先生の声が、どこか水音のようにやさしく響いた。
「どうした?恋の呼吸、詰まった?」
冗談めかしたその言葉に、悠翔は力なく笑って、ベッドの端に腰を下ろした。
何もかもが情報過多で、でも確かに“現実”だった。
そして、鶴見先生のこの保健室だけが、少しだけ、現実から距離を置かせてくれる場所だった。
悠翔は、弁当を広げる気にもなれず、自席でぼんやりとノートを開いたまま、シャーペンの先でページの隅をなぞっていた。教科書を読むふりをしているが、視線はずっと同じ行にとどまっていた。思考は依然、朝の出来事の渦中にある。
京橋くんの仕草が、またしても“レオ様”と重なったこと。ノートを渡しただけで心拍が跳ね上がり、とうとう教室を飛び出してしまったこと。そのすべてが、未だに胸の奥でくすぶり続けている。
そんなときだった。何気なく後ろを通りかかったとき、机に伏せていた阿波座のスマホ画面がちらりと見えた。表示されていたのは、鮮やかな青い背景に白いテキスト。タグらしき文字列が、はっきりと読み取れた。
「#きょゆう観察日誌」
…きょゆう? 観察…日誌…?
読み取った瞬間、胸に冷たいものが走った。言葉の意味を理解するよりも先に、直感が働いた。これは、見てはいけないものだったのではないかと。
しかし、もう遅かった。悠翔は思わず立ち止まり、阿波座の机の前で固まったまま動けなくなっていた。阿波座はスマホに集中していたが、ふと顔を上げて悠翔の視線に気づく。
「あら」
軽く眉を上げたその目元は、冷静というより、どこか観察者のまなざしだった。
「あなた、知らなかったの?主役のひとりよ」
言葉が、まるで爆弾のように悠翔の胸に突き刺さった。
「しゅ…主役?」
声が裏返った。思わず問い返してしまった自分にさえ驚いた。
「“きょゆう”って、京橋くんと天満くんの略。観察日誌は、まあ…読んで字の通り」
阿波座がさらりと説明する横で、別の声が重なった。
「二人って…ほんと小説みたいだよね~」
ゆるくまとめた明るい髪が揺れる。昭和町紬だった。笑顔はふんわりとしていたが、その目はきらきらと輝いていた。
「距離感が毎日ちょっとずつ変わってくのとか、たまらないっていうか…尊いの、具現化って感じ?」
悠翔は、それ以上聞いていられなかった。反論もできなかった。ただ、その場から一刻も早く離れたくて、無言でその場を離れた。
足が勝手に動いた。教室の空気が急に濃くなった気がして、呼吸がうまくできなかった。笑い声や椅子を引く音が遠くに聞こえていた。
頭の中が真っ白だった。
“推す”とは、自分が一方的に心を注ぐことだと思っていた。
まさか、“推し”と“推され”の間に、自分の名前が並ぶ日が来るなんて。
それも、あの京橋くんと並んで“カップリング”のタグに載るだなんて。
しかも、それを見てる人がいて、読んでいる人がいて、共感されて、拡散されて。
自分が知らない場所で、自分と“彼”が物語の主人公になっていた。
無理だった。心が追いつかない。言葉が出ない。自分の知らない自分に、誰かが感情を注いでいるなんて。
まるで、透明だったと思っていたガラスに、突然“主役”という名札が貼られた気分だった。
気づけば保健室の前に立っていた。静かで、午後の光が差し込む、安心と逃避の空間。
ノックをする前に、ドアが音もなく開いた。
「いらっしゃい。顔、しんどそうねえ?」
ゆるく巻いた茶色の髪。白衣の下からちらりと見えるTシャツ。鶴見先生の声が、どこか水音のようにやさしく響いた。
「どうした?恋の呼吸、詰まった?」
冗談めかしたその言葉に、悠翔は力なく笑って、ベッドの端に腰を下ろした。
何もかもが情報過多で、でも確かに“現実”だった。
そして、鶴見先生のこの保健室だけが、少しだけ、現実から距離を置かせてくれる場所だった。
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旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
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