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線を引くたび、違う顔が浮かぶ
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図書室の奥、陽の光が差し込まない窓際の一角に、いつものように三人分の机がくっつけられていた。
他の生徒が帰路につく時間帯、放課後の静けさの中に、鉛筆の擦れる音だけが控えめに響く。
阿波座が広げた創作用ノートの上には、今日のテーマが殴り書きされていた。
「“ふたり”の休日、ね」
悠翔がつぶやくように目を細める。
「なんかこう、自然に甘いのがいいよね~」
紬は両手を頬に当てながら、机の上に並べたカラーペンのキャップをとり、「カフェで読書デートとかいいよね~」と満足げに語る。
ノートに「きょゆう妄想SS(仮)」とタイトルを書き込む彼女の筆致は、柔らかく、軽やかだった。
阿波座は既に資料ページを捲りながら、次の調べ物に移っている。観察記録と創作活動を同列に扱う彼女らしい姿勢だ。
「創作も調査の一環」――阿波座にとっては、それが揺るがぬルールだった。
悠翔は、ため息の代わりに、小さく息を吐いた。
ゆっくりと、ペンケースからシャーペンを取り出し、ノートを開く。
最初は、いつもの手順でいくはずだった。
描こうとしたのは、いつも通り“黒髪の騎士”――かつて愛してやまなかった、あの物語の登場人物、レオ様の面影だった。
精悍な輪郭、冷静で力強い瞳、整った眉のライン、少しきつめに結ばれた唇。
それらを、何百回となく繰り返してきた手の感覚に任せて、紙の上に写し取る…はずだった。
だが、線が進むごとに、何かがずれていった。
眉の角度が、柔らかすぎる。
瞳の形が、少しだけ丸くて、目尻が優しい。
口元が、微かに笑っている。
気づいたときには、悠翔の手は止まっていた。
ペン先を空中で凍らせたまま、描き上げかけた横顔を見つめる。
視線の先には、レオ様ではなかった。
それは、京橋蒼真の顔だった。
いや、正確には、京橋が笑ったあの瞬間の、やさしくて、どこか不器用な微笑みだった。
悠翔は、一瞬息を止めた。
目の奥が熱くなる。額にかかった前髪の隙間から、ほんのりと影が落ちた。
「……あれ?」
心の奥で小さく疑問が浮かぶ。
レオ様を描こうとしていたはずなのに。あんなに完璧に覚えているはずの表情なのに。
でも、どうしても、今日見た“彼”の笑顔が、紙の上に浮かんでしまった。
「京橋くんの笑顔って、レオ様とは全然違う…」
レオ様の微笑みは、威厳を内包したものだった。
騎士の誇りを背負って立つ者の、滅多に見せない、戦いの後のやわらかな笑み。
それに対して、京橋のそれはもっと身近で、もっとあたたかくて、まるで「人としてのやさしさ」が滲み出ているような、そんな笑顔だった。
「……なのに、気づけば手が動いてた」
頬がじんわりと熱を帯びていく。
それを隠すように、ペンを持つ指に力を込めた。けれど、震えを止めることはできなかった。
「おー、悠翔くん、今日も描いてるねー」
紬の声にびくりと肩が跳ねた。反射的にノートを閉じる。
「ちょっと!見ないで」
「えー、見せてくれてもよくない?ね、玲奈ちゃん~」
阿波座はちらりと視線を上げただけで、冷静に言う。
「別にいいんじゃない。描きかけの絵って、他人に見せると萎えるし」
悠翔は「うん、それそれ」と即座に乗っかるように頷いたが、動きがどこかぎこちない。
本当は、隠したかったのは完成度ではない。描いてしまった“感情の証拠”だった。
京橋を見て、手が勝手に動いてしまった。
あの笑顔を忘れたくないと思って、記録したくなって、それが“推し”ではなく、“目の前の彼”としての彼だったという事実。
「俺……今、何をしてるんだろう」
再びノートをそっと開いてみる。描きかけの横顔がそこにある。
輪郭線が、どこかあたたかい。力強さではなく、優しさのある目元。
騎士の仮面をかぶっていない、素のままの誰か。
「こんな表情、レオ様は見せなかった」
でも、それを描きたいと思った。描いてしまった。
「……だからこそ、目が離せないんだ」
そっとページの端に、日付を書き込んだ。
名前は書けなかった。まだ、これは誰の顔なのか、自分でもはっきりと言葉にできなかった。
けれど、手が覚えている。
目が見ていた。
心が、揺れた。
創作という名の盾の下で、悠翔は初めて“誰かを好きになる”という現実に、気づき始めていた。
他の生徒が帰路につく時間帯、放課後の静けさの中に、鉛筆の擦れる音だけが控えめに響く。
阿波座が広げた創作用ノートの上には、今日のテーマが殴り書きされていた。
「“ふたり”の休日、ね」
悠翔がつぶやくように目を細める。
「なんかこう、自然に甘いのがいいよね~」
紬は両手を頬に当てながら、机の上に並べたカラーペンのキャップをとり、「カフェで読書デートとかいいよね~」と満足げに語る。
ノートに「きょゆう妄想SS(仮)」とタイトルを書き込む彼女の筆致は、柔らかく、軽やかだった。
阿波座は既に資料ページを捲りながら、次の調べ物に移っている。観察記録と創作活動を同列に扱う彼女らしい姿勢だ。
「創作も調査の一環」――阿波座にとっては、それが揺るがぬルールだった。
悠翔は、ため息の代わりに、小さく息を吐いた。
ゆっくりと、ペンケースからシャーペンを取り出し、ノートを開く。
最初は、いつもの手順でいくはずだった。
描こうとしたのは、いつも通り“黒髪の騎士”――かつて愛してやまなかった、あの物語の登場人物、レオ様の面影だった。
精悍な輪郭、冷静で力強い瞳、整った眉のライン、少しきつめに結ばれた唇。
それらを、何百回となく繰り返してきた手の感覚に任せて、紙の上に写し取る…はずだった。
だが、線が進むごとに、何かがずれていった。
眉の角度が、柔らかすぎる。
瞳の形が、少しだけ丸くて、目尻が優しい。
口元が、微かに笑っている。
気づいたときには、悠翔の手は止まっていた。
ペン先を空中で凍らせたまま、描き上げかけた横顔を見つめる。
視線の先には、レオ様ではなかった。
それは、京橋蒼真の顔だった。
いや、正確には、京橋が笑ったあの瞬間の、やさしくて、どこか不器用な微笑みだった。
悠翔は、一瞬息を止めた。
目の奥が熱くなる。額にかかった前髪の隙間から、ほんのりと影が落ちた。
「……あれ?」
心の奥で小さく疑問が浮かぶ。
レオ様を描こうとしていたはずなのに。あんなに完璧に覚えているはずの表情なのに。
でも、どうしても、今日見た“彼”の笑顔が、紙の上に浮かんでしまった。
「京橋くんの笑顔って、レオ様とは全然違う…」
レオ様の微笑みは、威厳を内包したものだった。
騎士の誇りを背負って立つ者の、滅多に見せない、戦いの後のやわらかな笑み。
それに対して、京橋のそれはもっと身近で、もっとあたたかくて、まるで「人としてのやさしさ」が滲み出ているような、そんな笑顔だった。
「……なのに、気づけば手が動いてた」
頬がじんわりと熱を帯びていく。
それを隠すように、ペンを持つ指に力を込めた。けれど、震えを止めることはできなかった。
「おー、悠翔くん、今日も描いてるねー」
紬の声にびくりと肩が跳ねた。反射的にノートを閉じる。
「ちょっと!見ないで」
「えー、見せてくれてもよくない?ね、玲奈ちゃん~」
阿波座はちらりと視線を上げただけで、冷静に言う。
「別にいいんじゃない。描きかけの絵って、他人に見せると萎えるし」
悠翔は「うん、それそれ」と即座に乗っかるように頷いたが、動きがどこかぎこちない。
本当は、隠したかったのは完成度ではない。描いてしまった“感情の証拠”だった。
京橋を見て、手が勝手に動いてしまった。
あの笑顔を忘れたくないと思って、記録したくなって、それが“推し”ではなく、“目の前の彼”としての彼だったという事実。
「俺……今、何をしてるんだろう」
再びノートをそっと開いてみる。描きかけの横顔がそこにある。
輪郭線が、どこかあたたかい。力強さではなく、優しさのある目元。
騎士の仮面をかぶっていない、素のままの誰か。
「こんな表情、レオ様は見せなかった」
でも、それを描きたいと思った。描いてしまった。
「……だからこそ、目が離せないんだ」
そっとページの端に、日付を書き込んだ。
名前は書けなかった。まだ、これは誰の顔なのか、自分でもはっきりと言葉にできなかった。
けれど、手が覚えている。
目が見ていた。
心が、揺れた。
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