33 / 67
阿波座の一言、紬の詩
しおりを挟む
図書室の隅にある、使い込まれた木製の机。
その上にスケッチブックとノート、数本のカラーペンが広がっている。
放課後のこの時間帯、いつものように“オタ部”三人の活動がひっそりと始まっていた。
ページをめくるたびに紙の匂いがふわりと立ち上り、鉛筆の芯が擦れる音が空気の中に穏やかに溶けていく。
阿波座が眼鏡を押し上げながら、手元のスケッチを覗き込んだ。
悠翔は、黙ってその視線を受けるしかなかった。
「ねえ、悠翔くんの絵、前より“熱”があるよ」
低く、けれど確かなトーンで阿波座が言う。
「対象が動いて見える。たとえば、ここ」
指で示されたのは、京橋のスケッチの瞳だった。
ほんの少し光を入れたその部分が、紙の中に生命を宿したかのように見えるという。
言われてみれば、その光は悠翔自身が“描こうとした”ものではなく、“見えたから”描いたものだった。
「気のせいじゃなかったんだ…」
心の中で、何かが小さく震える。
「この笑顔……恋の始まりの顔って感じがする~」
紬がふんわりとノートを抱きしめるようにして、そう言った。
その声には悪意も照れもなく、ただ嬉しさと共感がにじんでいた。
「すごくやさしくて、でもどこか切ない感じ。好きって、きっとこういうことなんだよね~」
紬はそう言いながら、自分のSSノートにさらさらと何かを書き加え始める。
言葉が浮かんで、溢れて、止まらない様子。
悠翔は、どう返事をしていいかわからなかった。
ただ、曖昧に笑うことしかできなかった。
視線を逸らして、スケッチブックの隅を見つめる。
心臓が、また音を立てて跳ねていた。
あの絵は、確かに、自分が“見た”ものだった。
「この絵は、ただの“模写”じゃない」
心の中で、静かに呟く。
机の上のスケッチは、ただの記録ではない。
誰かが決めたキャラデザインに沿って再現した図ではない。
「俺が見た“京橋くんの一瞬”を、忘れたくなくて、描いたんだ」
ふと顔を上げると、阿波座と紬は、それぞれ自分の創作に集中していた。
その姿に、なぜかほっとする。
誰も、自分を責めていない。
誰も、「違う」とは言わなかった。
むしろ、その感情を“真実”として受け取って、肯定してくれた。
それが、どこまでも優しくて、どこまでもこわい。
だって、自分の中で膨らんでいるこの気持ちが、もう“推し”という言葉では包みきれなくなっているのだと、気づいてしまったから。
机の端に手を置く。
少しだけ震えていた。
それを押し留めるように、そっと指を丸めた。
あの時、京橋が笑った。
自分を見て、名を呼び、微笑んだ。
その声が、表情が、肌の温度までもが、絵に染み込んでしまった。
「……まだ、言葉にはできない」
でも、それでも描きたいと思った。
次は、あのときの後ろ姿を描こう。
廊下でふと振り返った、夕日の中の横顔を描こう。
描くことで、自分の気持ちが何かに輪郭を持ち始めていく。
そして、きっといつか。
「“好き”って言葉を選ぶとき、俺はこの線を思い出すんだろうな」
そう思いながら、悠翔はもう一度ペンを取った。
誰に見せるでもない、自分だけのスケッチを、そっと、丁寧に描き続けた。
その上にスケッチブックとノート、数本のカラーペンが広がっている。
放課後のこの時間帯、いつものように“オタ部”三人の活動がひっそりと始まっていた。
ページをめくるたびに紙の匂いがふわりと立ち上り、鉛筆の芯が擦れる音が空気の中に穏やかに溶けていく。
阿波座が眼鏡を押し上げながら、手元のスケッチを覗き込んだ。
悠翔は、黙ってその視線を受けるしかなかった。
「ねえ、悠翔くんの絵、前より“熱”があるよ」
低く、けれど確かなトーンで阿波座が言う。
「対象が動いて見える。たとえば、ここ」
指で示されたのは、京橋のスケッチの瞳だった。
ほんの少し光を入れたその部分が、紙の中に生命を宿したかのように見えるという。
言われてみれば、その光は悠翔自身が“描こうとした”ものではなく、“見えたから”描いたものだった。
「気のせいじゃなかったんだ…」
心の中で、何かが小さく震える。
「この笑顔……恋の始まりの顔って感じがする~」
紬がふんわりとノートを抱きしめるようにして、そう言った。
その声には悪意も照れもなく、ただ嬉しさと共感がにじんでいた。
「すごくやさしくて、でもどこか切ない感じ。好きって、きっとこういうことなんだよね~」
紬はそう言いながら、自分のSSノートにさらさらと何かを書き加え始める。
言葉が浮かんで、溢れて、止まらない様子。
悠翔は、どう返事をしていいかわからなかった。
ただ、曖昧に笑うことしかできなかった。
視線を逸らして、スケッチブックの隅を見つめる。
心臓が、また音を立てて跳ねていた。
あの絵は、確かに、自分が“見た”ものだった。
「この絵は、ただの“模写”じゃない」
心の中で、静かに呟く。
机の上のスケッチは、ただの記録ではない。
誰かが決めたキャラデザインに沿って再現した図ではない。
「俺が見た“京橋くんの一瞬”を、忘れたくなくて、描いたんだ」
ふと顔を上げると、阿波座と紬は、それぞれ自分の創作に集中していた。
その姿に、なぜかほっとする。
誰も、自分を責めていない。
誰も、「違う」とは言わなかった。
むしろ、その感情を“真実”として受け取って、肯定してくれた。
それが、どこまでも優しくて、どこまでもこわい。
だって、自分の中で膨らんでいるこの気持ちが、もう“推し”という言葉では包みきれなくなっているのだと、気づいてしまったから。
机の端に手を置く。
少しだけ震えていた。
それを押し留めるように、そっと指を丸めた。
あの時、京橋が笑った。
自分を見て、名を呼び、微笑んだ。
その声が、表情が、肌の温度までもが、絵に染み込んでしまった。
「……まだ、言葉にはできない」
でも、それでも描きたいと思った。
次は、あのときの後ろ姿を描こう。
廊下でふと振り返った、夕日の中の横顔を描こう。
描くことで、自分の気持ちが何かに輪郭を持ち始めていく。
そして、きっといつか。
「“好き”って言葉を選ぶとき、俺はこの線を思い出すんだろうな」
そう思いながら、悠翔はもう一度ペンを取った。
誰に見せるでもない、自分だけのスケッチを、そっと、丁寧に描き続けた。
11
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる