転生しても推しが尊い!〜京橋くんとの学園ライフが尊死案件〜オタクでよかった、君に出会えたから

中岡 始

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タグの向こうの騒動

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放課後の教室には、もうほとんど生徒の姿はなかった。  
日は傾き始め、窓の外には茜色の空が広がっている。  
机の上に散らばったプリントや筆箱の影が長く伸び、悠翔は自分の席にひとり残っていた。

手元のスマホには、なにスタのタイムラインが点滅していた。  
文化祭の翌日、予想もしなかった事態が起きていた。

「#きょゆう」

そのタグが、一晩のうちに校内ランキングを駆け上がり、今や注目トピックの上位に踊っている。  
気になってタップすると、投稿の波が途切れることなく更新され続けていた。

「文化祭のあの騎士の絵、モデル絶対あの人だよね」  
「“黒髪の騎士と従者”って、どう見ても…きょゆうじゃん…」  
「詩が刺さる。あれ、恋文じゃなかったら何?」

紬が朗読したあの詩の動画も、誰かがクリップにして投稿していた。  
淡い照明、静かな声、詩の言葉…それらがまるで告白のように編集され、「きょゆうの公式記録」と呼ばれていた。

悠翔は無言でスクロールを続ける。  
指の動きは速く、けれどその表情はどんどん固まっていく。  
心臓の鼓動が、画面の点滅に合わせるように速くなっていった。

二次創作のSSも増えていた。  
タイトルには「黒髪の騎士×星詠みの従者」と記され、展示をもとにしたとおぼしきシーンの再解釈が次々と綴られている。

「剣を手放した騎士と、それを受け止めた従者」  
「“あなたの名前を、もう一度呼びたい”――そんな騎士の想いに、従者は」  
「きょゆうSS祭り、開幕」などのコメントと共に、共感と興奮が渦巻いていた。

最初はただ驚きだった。  
ここまで注目されるとは思っていなかったし、自分たちの展示がこれだけ響いたことは素直にうれしかった。  
けれど、次第に、それが“他人の手”で拡大されていく感覚に変わっていく。

自分が描いた絵。  
自分が書いた詩。  
そして、誰にも見せたくなかった感情の断片が、見知らぬ言葉で、別の“物語”として再構築されていく。

「…すごいな」

思わず声が漏れる。  
だが、その声には驚きと同時に、薄い恐れが混じっていた。

画面を見つめる瞳がわずかに揺れた。  
眉のあいだから、静かに汗がにじむ。  
唇がわずかに開いたまま、言葉にならない想いが喉の奥で渦巻いていた。

これはもう、誰かの妄想の中だけで遊ばれていることじゃない。  
「きょゆう」という言葉が、もはや自分たちの“実在”を模した物語として語られている。

モノローグが、心の内に落ちていく。

これはもう、“フィクション”じゃ済まされない。  
俺が描いたのは、“誰か”を救うための物語じゃなかった。  
俺自身が、京橋くんを想って書いた言葉だった。  
それを、勝手に他人に拾われて、持ち出されて、違う形にされる。

それが、こんなにも怖いなんて――

スマホを握る手が、震えていた。  
震えを止めるように、強く机に肘をつき、額を押さえる。  
画面を見ていると、どこか自分が“誰かの創作物”にされてしまっているような感覚に陥った。

これが“推し”だったら、笑っていられたかもしれない。  
画面越しに、尊い…と呟くだけで済んだ。  
でも今、自分はその“推される側”に立たされている。  
それは、あまりにも無防備で、怖くて、どうしようもなく居心地が悪かった。

「俺、なにしてるんだろ」

小さく呟いて、スマホを伏せる。  
画面が消えた瞬間、目の奥にあった霞のようなものが、すっと抜けていく。

だが、胸の奥のざわめきは、止まらない。  
それはもう、“創作”という名の安全地帯では収まりきらない感情だった。  
そして、“物語”の中に閉じ込めておけるほど、単純な気持ちではなかった。

自分が書いたあの詩。  
描いたあの騎士。  
それは、もう誰かの目に触れて、“現実”になってしまった。

そして今、こうして反応してしまっている自分自身の心こそが、  
一番、現実だった。
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