転生しても推しが尊い!〜京橋くんとの学園ライフが尊死案件〜オタクでよかった、君に出会えたから

中岡 始

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昼下がり、机の境界線の向こうから

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教室の午後は、世界から音をひとつ削ぎ落としたように静かだった。  
チャイムはとうに鳴り終わり、生徒たちの声もまばらになって、教室には紙のこすれる音とシャーペンの芯が走る微かな音だけが漂っていた。

悠翔は、京橋と向かい合うように並んだ机で、バディ課題の提出用プリントに目を落としていた。  
外は穏やかな晴れで、窓から射し込む光が教室の床に長く伸びていた。  
春の終わりを感じさせる淡い空気のなかで、その光が二人の机の境界線を斜めに分けていた。

京橋は、何も言わずにノートをめくっていた。  
視線は淡々としていて、指先でページの角をゆっくりと押さえるその仕草が、どうしようもなく丁寧だった。  
それを横目で見ながら、悠翔は自分の呼吸の音がやけに大きく感じられるのを意識していた。

ペンの先が、紙の隅に触れたまま止まった。  
何を書こうとしていたのか、すぐには思い出せない。  
そんなことより、隣の気配が、どこかいつもと違っていた。

「ねえ、悠翔」

名前を呼ばれた瞬間、心臓が一度だけ強く跳ねた。  
振り向くには近すぎる距離で、彼の声はふいに耳に落ちてきた。

「俺、やっぱり、悠翔のこと……好きだと思う」

その言葉は、思っていたよりもずっと、真っ直ぐだった。  
飾り気がなくて、冗談めかした空気も一切なかった。

その一瞬で、教室の空気が変わった気がした。  
窓の外から吹いてくる風が止まり、光の粒子までもが固まってしまったような感覚。  
静けさが、言葉を包むように広がっていく。

悠翔は視線を上げられなかった。  
手元のノートをじっと見つめるふりをしていたが、文字はもはや目に入っていなかった。  
代わりに、手に持ったペンの先が震えて、紙の上に微かなインクの滲みを残していた。

思考が、うまく繋がらない。

好き。  
その言葉は、何度もレオ様の台詞として読んできた。  
あの戦場の一言、誓いの言葉、崩れた鎧の中で交わされた秘密の約束。  
ページを繰るたび、何度も、何度でも味わってきたはずなのに。

でも、今この瞬間。  
その「好き」は、誰かの脚本じゃない。  
書かれた台詞でも、ファンブックに載っている名シーンでもなかった。

ーーこの言葉は、もう“レオ様の台詞”じゃない。現実が、俺に向けて喋ってる。

悠翔のモノローグが、胸の奥で囁くように響いた。  
それは祈りでも、呪文でもなく、ただの実感だった。

震える指が、ノートの角をぎゅっと握りしめる。  
細く白い指先に、少しだけ血の気が引いていくのを感じながら、彼はどうにか呼吸を整えようとしていた。

京橋の方を見ようとしたけれど、どうしても目が合うのが怖かった。  
視界の端で、彼が真っ直ぐこちらを見ているのがわかる。  
目をそらさず、声と同じくらいにまっすぐな顔つきで。

悠翔は、自分の瞳が泳いでいることに気づいた。  
見えないどこかを探すように、視線が教室の壁や黒板や床をなぞっては、何にも定まらなかった。

耳がじんわりと熱を持っていく。  
ああ、今自分は、ものすごく赤くなってる。  
そう思えば思うほど、心臓の音がうるさくなっていく。

それでも、返事をしなくちゃいけない。  
これはフィクションじゃないから。  
エンターキーひとつで流せるセリフじゃなくて、目の前の誰かに、ちゃんと返すべき言葉だから。

「……“好き”って、そんなに簡単に言えるもん……なの?」

声がかすれていた。  
喉の奥に、何か大きなものが詰まっているような感覚だった。

それでも、言葉はちゃんと京橋に届いていた。

彼は少しだけ、微笑んだ。

「うん。俺は、そう思ったから、言った」

簡単すぎる。  
でも、その簡単さが、怖いくらいに嬉しかった。  
誰かが、自分のことをそんなふうに言ってくれる日が来るなんて、ずっと、夢の中にしかなかった。

悠翔は、ゆっくりと目を閉じて、ひとつ深呼吸した。  
震える肩を抑えるように、胸に小さく手を置いた。

ノートの上に、うっすらと影が落ちている。  
それがふたりの間の距離だった。

もう逃げなくていい。

「……俺も、たぶん……いや、すごく……好きだと思う」

言い終えた瞬間、自分の声がどこか他人のように聞こえた。  
思っていたよりも柔らかくて、思っていたよりも、ちゃんと伝わっていた。

京橋は、変わらない微笑みで、悠翔を見ていた。  
そのまなざしに、安心と緊張が入り混じった何かが、静かに溶けていく。

教室は、何も言わないまま、午後の光を延ばしていた。  
二人の間にある机の境界線は、もう見えないほど淡く、やわらかくなっていた。  
その静けさのなかで、悠翔は初めて“好き”という言葉を、言葉ではなく感情として、確かに感じていた。
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