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ぼやける定義、混線する心
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図書室の奥、窓に近い角の席に三人はいた。
静かな午後、カーテン越しの光が机の上に柔らかく差し込み、埃の粒子がゆっくりと漂っている。
この場所は、浪速星学園オタク文化研究部──通称オタ部──の半ば指定席のようなものだった。
悠翔は、阿波座から借りたノートを前に、シャーペンを手に持ったまま固まっていた。
表紙の角に貼られた整理されたシールと几帳面なフォントのタイトル。
「腐女子観察記録帳 23-A」
相変わらず阿波座らしいネーミングだった。
ページを開いてはみるものの、目が文字をなぞるばかりで、内容は頭に入ってこなかった。
思考が今朝の告白に巻き戻されては、再生を止める。
まるで見てはいけない録画データを延々と巻き戻してしまうように。
言われた。
「好きだと思う」って、真顔で。
しかもあの京橋蒼真が。誰にでも優しいけれど、誰にも踏み込ませない、あの人が。
今までは、それが妄想の中の“推し”としての供給だった。
自分で選び、心の中に迎え入れて、整理し、愛でることができた。
でも、先日のそれは違った。
現実だった。
しかも、自分が受け取る側になった。
シャーペンの先でノートの余白を無意識に叩いていた手を止める。
落ち着けと自分に言い聞かせながらも、胸の奥のざわつきは消えない。
「……悠翔、そんな顔してるとページが燃えるよ」
阿波座が、顔を上げずにさらりと言った。
声にはいつもの冷静さと、わずかに笑うような響きが混ざっていた。
「燃えてもいいかも。なんかこう…熱くてぐるぐるしてて、処理落ちしてる感じというか」
悠翔は、シャーペンを置いて、そっと顔に手を当てた。
指先が頬に触れたとたん、自分が思っているよりも熱があることに気づく。
ほんのり火照っているのは、たぶん、記憶のせいだった。
「んー…ねえ、恋人になるって、どういうことなんだろうね」
紬の声が、ふわりと空間を滑ってきた。
読んでいたSS本をぱたんと閉じ、こちらを見ずに天井を仰ぐようにして言った。
その言葉に、悠翔の肩がわずかに跳ねた。
誰に向けたわけでもない一言が、今の自分にはまるで直撃の呪文のように刺さった。
「それって、供給…?リアルタイム…?いや、待って、定義が…」
口に出した瞬間、頭の中のオタク辞書が猛烈にページをめくり始めた。
供給とは何か。尊いとは。リアルとフィクションの境界とは。
自問自答の渦に巻き込まれていく。
「恋人になるって、公式なんですか?それとも非公式ですか?
二次創作的関係性ですか?それとも一次ソースに昇格します?
俺、今、どのタグにいるの…?」
それはまるで錯乱に近い反応だった。
だが、それを笑う者はこの空間にはいなかった。
阿波座が、シャーペンを置いた。
そして、真っ直ぐに悠翔を見た。
「オタクにとって“好き”はデータじゃない。
解析できない感情もある。
定義じゃなくて、現象として現れるやつがある」
悠翔はその言葉を聞いて、ふと笑った。
自嘲でも皮肉でもない。どこか、ほっとしたような笑いだった。
「……それ、すごく阿波座っぽいけど、めちゃくちゃ刺さった」
「わかる。玲奈ちゃん、名言製造機だよね」
紬が横からそう呟き、にこにこしながら麦茶のボトルをちびちびと飲んでいる。
「現象って……恋って、自然現象なのかな」
悠翔が呟くと、阿波座が一瞬だけ考え込むように頬杖をついた。
「多分そう。定義も説明も追いつかないけど、今ここに“ある”って感覚だけはわかるやつ」
悠翔は、またそっと顔に手を当てた。
今度は指の隙間から目を覗かせて、光の具合を見た。
カーテンがふわりと揺れて、日差しが少しだけ濃くなる。
机の上に落ちた自分の影と、二人の影が交わる場所。
そこに、言葉では説明できない何かが確かに宿っていた。
「……俺、いま、めちゃくちゃ“恋してる”ってことだけはわかるかも」
そう言ったあとで、悠翔はまた少し笑った。
その笑顔には、照れも混乱もあったけれど、
何よりも“認めてしまった安堵”が、にじんでいた。
すぐに真顔に戻る。
表情が定まらないのは、感情の振れ幅がまだ追いついていないからだった。
でも、それでもいい。
それが今の自分だと、少しずつ思えるようになってきた。
阿波座は何も言わずに、再びノートに視線を戻した。
紬は、天井の模様をぼんやり眺めながら、またSSのプロットを練っている様子だった。
誰も、はっきりとした答えを持っていない。
でも、そういう不確かさの中で、言葉にならない関係が少しずつ育っていく。
その午後の図書室の空気は、そんな未定義の“好き”を包み込むのに、ちょうどいい優しさを持っていた。
静かな午後、カーテン越しの光が机の上に柔らかく差し込み、埃の粒子がゆっくりと漂っている。
この場所は、浪速星学園オタク文化研究部──通称オタ部──の半ば指定席のようなものだった。
悠翔は、阿波座から借りたノートを前に、シャーペンを手に持ったまま固まっていた。
表紙の角に貼られた整理されたシールと几帳面なフォントのタイトル。
「腐女子観察記録帳 23-A」
相変わらず阿波座らしいネーミングだった。
ページを開いてはみるものの、目が文字をなぞるばかりで、内容は頭に入ってこなかった。
思考が今朝の告白に巻き戻されては、再生を止める。
まるで見てはいけない録画データを延々と巻き戻してしまうように。
言われた。
「好きだと思う」って、真顔で。
しかもあの京橋蒼真が。誰にでも優しいけれど、誰にも踏み込ませない、あの人が。
今までは、それが妄想の中の“推し”としての供給だった。
自分で選び、心の中に迎え入れて、整理し、愛でることができた。
でも、先日のそれは違った。
現実だった。
しかも、自分が受け取る側になった。
シャーペンの先でノートの余白を無意識に叩いていた手を止める。
落ち着けと自分に言い聞かせながらも、胸の奥のざわつきは消えない。
「……悠翔、そんな顔してるとページが燃えるよ」
阿波座が、顔を上げずにさらりと言った。
声にはいつもの冷静さと、わずかに笑うような響きが混ざっていた。
「燃えてもいいかも。なんかこう…熱くてぐるぐるしてて、処理落ちしてる感じというか」
悠翔は、シャーペンを置いて、そっと顔に手を当てた。
指先が頬に触れたとたん、自分が思っているよりも熱があることに気づく。
ほんのり火照っているのは、たぶん、記憶のせいだった。
「んー…ねえ、恋人になるって、どういうことなんだろうね」
紬の声が、ふわりと空間を滑ってきた。
読んでいたSS本をぱたんと閉じ、こちらを見ずに天井を仰ぐようにして言った。
その言葉に、悠翔の肩がわずかに跳ねた。
誰に向けたわけでもない一言が、今の自分にはまるで直撃の呪文のように刺さった。
「それって、供給…?リアルタイム…?いや、待って、定義が…」
口に出した瞬間、頭の中のオタク辞書が猛烈にページをめくり始めた。
供給とは何か。尊いとは。リアルとフィクションの境界とは。
自問自答の渦に巻き込まれていく。
「恋人になるって、公式なんですか?それとも非公式ですか?
二次創作的関係性ですか?それとも一次ソースに昇格します?
俺、今、どのタグにいるの…?」
それはまるで錯乱に近い反応だった。
だが、それを笑う者はこの空間にはいなかった。
阿波座が、シャーペンを置いた。
そして、真っ直ぐに悠翔を見た。
「オタクにとって“好き”はデータじゃない。
解析できない感情もある。
定義じゃなくて、現象として現れるやつがある」
悠翔はその言葉を聞いて、ふと笑った。
自嘲でも皮肉でもない。どこか、ほっとしたような笑いだった。
「……それ、すごく阿波座っぽいけど、めちゃくちゃ刺さった」
「わかる。玲奈ちゃん、名言製造機だよね」
紬が横からそう呟き、にこにこしながら麦茶のボトルをちびちびと飲んでいる。
「現象って……恋って、自然現象なのかな」
悠翔が呟くと、阿波座が一瞬だけ考え込むように頬杖をついた。
「多分そう。定義も説明も追いつかないけど、今ここに“ある”って感覚だけはわかるやつ」
悠翔は、またそっと顔に手を当てた。
今度は指の隙間から目を覗かせて、光の具合を見た。
カーテンがふわりと揺れて、日差しが少しだけ濃くなる。
机の上に落ちた自分の影と、二人の影が交わる場所。
そこに、言葉では説明できない何かが確かに宿っていた。
「……俺、いま、めちゃくちゃ“恋してる”ってことだけはわかるかも」
そう言ったあとで、悠翔はまた少し笑った。
その笑顔には、照れも混乱もあったけれど、
何よりも“認めてしまった安堵”が、にじんでいた。
すぐに真顔に戻る。
表情が定まらないのは、感情の振れ幅がまだ追いついていないからだった。
でも、それでもいい。
それが今の自分だと、少しずつ思えるようになってきた。
阿波座は何も言わずに、再びノートに視線を戻した。
紬は、天井の模様をぼんやり眺めながら、またSSのプロットを練っている様子だった。
誰も、はっきりとした答えを持っていない。
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