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名前は出さなくていい。けど、心は出していい
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昼休みの教室は、ざわついた声と椅子を引く音があちこちから聞こえていた。
だが、教室の隅、オタ部がいつも陣取る窓際の一角は、どこか別の空気が流れていた。
カーテン越しに柔らかな陽が入り、机を挟んで三人の影が静かに揺れていた。
阿波座玲奈は、持っていたノートをパタンと閉じた。
ピシリと響く音に、悠翔の肩がわずかに跳ねる。
「わかる。炎上って、理屈じゃないから、余計に混乱するよね」
机に肘をつきながら腕を組み、阿波座は小さくため息をついた。
眉間にはうっすらと皺が寄っていて、いつもよりわずかに鋭い表情だった。
その隣で、昭和町紬はおっとりとタマゴサンドをかじっていた。
ほんのり甘くて優しい香りがふわりと漂う。
口をもぐもぐと動かしながら、目だけは悠翔の様子をじっと見ていた。
「……俺、どうしたらいいのか、わからなくて」
悠翔は俯き気味に呟いた。
声は小さく、けれど言葉の端に滲む迷いは隠せなかった。
なにスタのタグ、“きょゆう”のプチ炎上。
知らない誰かの言葉に、自分の気持ちが断ち切られるような感覚。
「なんか……見られてるのが怖いんだ。
好きって、誰かに知られることが、こんなに怖いなんて思わなかった」
視線は机の上をさまよい、指先がノートの端をいじっていた。
言葉に出したことで、少しだけ胸が軽くなった気がしたが、それでも不安は残ったままだ。
「公式発表はしなくてもいい」
阿波座が言った。
その声はいつもより低く、確信に満ちていた。
「でも、自分の感情にだけはウソつかないで。
どれだけ隠したって、自分だけは知ってるんだから」
悠翔ははっとして顔を上げた。
阿波座の目はまっすぐこちらを見ていた。
その眼差しは冷静だけど、決して冷たくはない。
むしろ、自分の内側にある弱さを、ちゃんと知っていてくれるような温かさを含んでいた。
「たとえばね、私たちは“物語”を書くでしょ。
キャラの気持ちにウソをついたら、その物語はつまらなくなる。
リアルも、似たようなもんよ。
自分の中にいる“主人公”の気持ちにだけは、ちゃんと正直でいたほうがいい」
言葉に、静かな力があった。
その一言一言が、悠翔の内側にじわじわと染み込んでいく。
「愛に正直な人のほうが、物語になるよ」
紬がふわりと笑いながら言った。
食べ終えたサンドイッチの包みをそっと畳み、手のひらで軽く押さえる。
その仕草すら、どこかおっとりしていて、けれど不思議な説得力があった。
「たぶんね、今の悠翔くんは“物語の主人公”になりつつあるんだよ。
誰かに好かれて、誰かを好きになって、
その関係が現実の中でちょっとずつかたちを持ってきて…」
「でも、知られるのが怖い」
悠翔の声が割って入る。
少し震えていた。
紬の言葉が嬉しくないわけではなかった。
ただ、その裏にある“現実に踏み出す怖さ”が、まだ胸の中に重くのしかかっていた。
「誰かに知られたら、壊れるんじゃないかって思うんだ。
この気持ちも、自分も。
きっと笑われたり、否定されたり…」
「だったら、見せる範囲を選べばいい」
阿波座が即答した。
「全部さらけ出す必要はないよ。
タグも、写真も、発表も、しなくていい。
でも、言葉にする範囲くらいは、自分で選んであげて」
「選ぶ……?」
「そう。選ぶことが“意思”になるの。
黙ってるのと、黙ることを選んだのとは、全然違う」
悠翔の胸に、なにかが小さく灯るような感覚があった。
言葉にすることと、言葉にしないこと。
その境界線を、自分で引けるという当たり前のことに、ようやく気づかされたような気がした。
「でも、やっぱり、怖い」
そう言った瞬間、視線がふたたび彷徨いはじめた。
窓の外、隣の机、教卓、床の傷…。
どこにも定まらない視線を、どうにか収めようとして、最後に阿波座と紬の顔を見た。
ふたりは、何も言わずに微笑んでいた。
阿波座は表情こそ引き締まっていたが、その目には応援の色が滲んでいた。
紬は、変わらずにやわらかなまなざしで、ただ“そこにいる”ことを肯定してくれていた。
悠翔は、小さく息を吐いてから、背筋を伸ばした。
目線をしっかりと前に向けて、ふたりに向かってうなずいた。
言葉にはまだできない。
けれど、その仕草には確かな意志が宿っていた。
心の中で何かが少しだけ、確かに形を持ちはじめていた。
だが、教室の隅、オタ部がいつも陣取る窓際の一角は、どこか別の空気が流れていた。
カーテン越しに柔らかな陽が入り、机を挟んで三人の影が静かに揺れていた。
阿波座玲奈は、持っていたノートをパタンと閉じた。
ピシリと響く音に、悠翔の肩がわずかに跳ねる。
「わかる。炎上って、理屈じゃないから、余計に混乱するよね」
机に肘をつきながら腕を組み、阿波座は小さくため息をついた。
眉間にはうっすらと皺が寄っていて、いつもよりわずかに鋭い表情だった。
その隣で、昭和町紬はおっとりとタマゴサンドをかじっていた。
ほんのり甘くて優しい香りがふわりと漂う。
口をもぐもぐと動かしながら、目だけは悠翔の様子をじっと見ていた。
「……俺、どうしたらいいのか、わからなくて」
悠翔は俯き気味に呟いた。
声は小さく、けれど言葉の端に滲む迷いは隠せなかった。
なにスタのタグ、“きょゆう”のプチ炎上。
知らない誰かの言葉に、自分の気持ちが断ち切られるような感覚。
「なんか……見られてるのが怖いんだ。
好きって、誰かに知られることが、こんなに怖いなんて思わなかった」
視線は机の上をさまよい、指先がノートの端をいじっていた。
言葉に出したことで、少しだけ胸が軽くなった気がしたが、それでも不安は残ったままだ。
「公式発表はしなくてもいい」
阿波座が言った。
その声はいつもより低く、確信に満ちていた。
「でも、自分の感情にだけはウソつかないで。
どれだけ隠したって、自分だけは知ってるんだから」
悠翔ははっとして顔を上げた。
阿波座の目はまっすぐこちらを見ていた。
その眼差しは冷静だけど、決して冷たくはない。
むしろ、自分の内側にある弱さを、ちゃんと知っていてくれるような温かさを含んでいた。
「たとえばね、私たちは“物語”を書くでしょ。
キャラの気持ちにウソをついたら、その物語はつまらなくなる。
リアルも、似たようなもんよ。
自分の中にいる“主人公”の気持ちにだけは、ちゃんと正直でいたほうがいい」
言葉に、静かな力があった。
その一言一言が、悠翔の内側にじわじわと染み込んでいく。
「愛に正直な人のほうが、物語になるよ」
紬がふわりと笑いながら言った。
食べ終えたサンドイッチの包みをそっと畳み、手のひらで軽く押さえる。
その仕草すら、どこかおっとりしていて、けれど不思議な説得力があった。
「たぶんね、今の悠翔くんは“物語の主人公”になりつつあるんだよ。
誰かに好かれて、誰かを好きになって、
その関係が現実の中でちょっとずつかたちを持ってきて…」
「でも、知られるのが怖い」
悠翔の声が割って入る。
少し震えていた。
紬の言葉が嬉しくないわけではなかった。
ただ、その裏にある“現実に踏み出す怖さ”が、まだ胸の中に重くのしかかっていた。
「誰かに知られたら、壊れるんじゃないかって思うんだ。
この気持ちも、自分も。
きっと笑われたり、否定されたり…」
「だったら、見せる範囲を選べばいい」
阿波座が即答した。
「全部さらけ出す必要はないよ。
タグも、写真も、発表も、しなくていい。
でも、言葉にする範囲くらいは、自分で選んであげて」
「選ぶ……?」
「そう。選ぶことが“意思”になるの。
黙ってるのと、黙ることを選んだのとは、全然違う」
悠翔の胸に、なにかが小さく灯るような感覚があった。
言葉にすることと、言葉にしないこと。
その境界線を、自分で引けるという当たり前のことに、ようやく気づかされたような気がした。
「でも、やっぱり、怖い」
そう言った瞬間、視線がふたたび彷徨いはじめた。
窓の外、隣の机、教卓、床の傷…。
どこにも定まらない視線を、どうにか収めようとして、最後に阿波座と紬の顔を見た。
ふたりは、何も言わずに微笑んでいた。
阿波座は表情こそ引き締まっていたが、その目には応援の色が滲んでいた。
紬は、変わらずにやわらかなまなざしで、ただ“そこにいる”ことを肯定してくれていた。
悠翔は、小さく息を吐いてから、背筋を伸ばした。
目線をしっかりと前に向けて、ふたりに向かってうなずいた。
言葉にはまだできない。
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