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炎のあとに咲くもの
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朝の空気は、少しだけ冷たかった。
季節の変わり目特有の肌寒さが、シャツの袖口からすっと入り込んでくる。
校舎の廊下には足音と雑談が交錯し、窓の外では部活の朝練がかすかに聞こえていた。
悠翔は、自分の教室の前で立ち止まっていた。
手は鞄のストラップを握ったまま、微かに力が入っている。
昨日の投稿が、どれだけ反響を呼んでいるかは、既に知っていた。
今朝、起きてスマホを開いた瞬間から、なにスタの通知はいつもより賑やかだった。
『この剣は、もう隠れるためじゃなく
ふたりで歩くために持ってる』
あの一節が、静かに拡散され始めていた。
“誰の投稿か”という話題が、慎重に、けれど確実に波紋のように広がっていくのを感じた。
「この言葉、あの人っぽくない?」「なんか、最近のあの詩の感じ、似てるよね」
「…やばい、やばい…好きかも、あれ」
教室のドアに手をかけた瞬間、手のひらがほんの少しだけ湿っているのに気づく。
緊張していた。
別に、はっきり名前を書いたわけでもない。
けれど、感じ取られてしまうかもしれない、という不安が胸をつかんで離さなかった。
それでも、立ち止まってばかりはいられない。
軽く息を吸って、扉を開けた。
朝の教室は、いつもと変わらないざわめきに包まれていた。
けれど、その空気の中に、目には見えない何かが漂っていた。
視線を感じた。直接こちらを向いていないけれど、どこか意識を向けられている気配。
一歩、二歩と足を踏み入れる。
ぎこちない。歩き方に自分で違和感を覚えるくらいには、肩が張っていた。
「……おはよう」
声が聞こえたのは、そのときだった。
教室の入口、すぐそばに京橋がいた。
ドアに手をかけたまま、少し身を引いて、悠翔に自然な笑顔を向けている。
「おはよう」
小さく返した声が、教室の騒音にまぎれてしまわないか不安だったが、京橋はちゃんと頷いてくれた。
それだけだった。
それだけなのに、悠翔の胸の奥がじんわりと温かくなるのがわかった。
京橋は、特別なことを言わない。
いつものように隣に立ち、いつものように教室の中へ入っていった。
無自覚で、けれど確実な安心を連れてくる距離感。
その背を追うように、悠翔も足を踏み出す。
誰も声をかけてこない。けれど、確実に視線はある。
それでも、足取りはさっきより少しだけ軽くなっていた。
ふと、教室の奥の窓際に視線を送ると、西中島の姿があった。
スマホの画面を見つめていた彼女は、一瞬だけ表情を動かした。
その後、何も言わずにそっと画面を閉じ、机に伏せていた腕の下へスマホを滑り込ませた。
特に何も言わないまま、鞄から取り出したノートを開き、ペンを手に取る。
誰よりも言葉に鋭い西中島が、何も言わない。
その沈黙には、どこかで許されたような気配すらあった。
悠翔は自分の席に着くと、ゆっくりと息をついた。
心の中にあった硬い何かが、音もなく崩れていく。
騒がしくない、けれど確かに何かが変わった朝だった。
誰も明確に「認めた」とは言わない。
けれど、教室という小さな社会のなかで、自分と京橋の立ち位置が、少しだけ変化したことを肌で感じていた。
机に向かい、筆箱を開く。
シャーペンを手に取り、教科書の上に置いたノートの余白を眺める。
そこに、ふとした衝動で短く言葉を記す。
“好きは、ひとりじゃ守れない。”
書いた後で、照れくさくなってページを閉じる。
でも、その言葉が今の自分にとって、すこしだけ盾になった気がした。
炎のあとに咲くものがあるのなら、
それはたぶん、こんなふうに静かで、そして確かなものなのかもしれない。
窓の外を見ると、校庭の向こう側で風が木々を揺らしていた。
季節の変わり目特有の肌寒さが、シャツの袖口からすっと入り込んでくる。
校舎の廊下には足音と雑談が交錯し、窓の外では部活の朝練がかすかに聞こえていた。
悠翔は、自分の教室の前で立ち止まっていた。
手は鞄のストラップを握ったまま、微かに力が入っている。
昨日の投稿が、どれだけ反響を呼んでいるかは、既に知っていた。
今朝、起きてスマホを開いた瞬間から、なにスタの通知はいつもより賑やかだった。
『この剣は、もう隠れるためじゃなく
ふたりで歩くために持ってる』
あの一節が、静かに拡散され始めていた。
“誰の投稿か”という話題が、慎重に、けれど確実に波紋のように広がっていくのを感じた。
「この言葉、あの人っぽくない?」「なんか、最近のあの詩の感じ、似てるよね」
「…やばい、やばい…好きかも、あれ」
教室のドアに手をかけた瞬間、手のひらがほんの少しだけ湿っているのに気づく。
緊張していた。
別に、はっきり名前を書いたわけでもない。
けれど、感じ取られてしまうかもしれない、という不安が胸をつかんで離さなかった。
それでも、立ち止まってばかりはいられない。
軽く息を吸って、扉を開けた。
朝の教室は、いつもと変わらないざわめきに包まれていた。
けれど、その空気の中に、目には見えない何かが漂っていた。
視線を感じた。直接こちらを向いていないけれど、どこか意識を向けられている気配。
一歩、二歩と足を踏み入れる。
ぎこちない。歩き方に自分で違和感を覚えるくらいには、肩が張っていた。
「……おはよう」
声が聞こえたのは、そのときだった。
教室の入口、すぐそばに京橋がいた。
ドアに手をかけたまま、少し身を引いて、悠翔に自然な笑顔を向けている。
「おはよう」
小さく返した声が、教室の騒音にまぎれてしまわないか不安だったが、京橋はちゃんと頷いてくれた。
それだけだった。
それだけなのに、悠翔の胸の奥がじんわりと温かくなるのがわかった。
京橋は、特別なことを言わない。
いつものように隣に立ち、いつものように教室の中へ入っていった。
無自覚で、けれど確実な安心を連れてくる距離感。
その背を追うように、悠翔も足を踏み出す。
誰も声をかけてこない。けれど、確実に視線はある。
それでも、足取りはさっきより少しだけ軽くなっていた。
ふと、教室の奥の窓際に視線を送ると、西中島の姿があった。
スマホの画面を見つめていた彼女は、一瞬だけ表情を動かした。
その後、何も言わずにそっと画面を閉じ、机に伏せていた腕の下へスマホを滑り込ませた。
特に何も言わないまま、鞄から取り出したノートを開き、ペンを手に取る。
誰よりも言葉に鋭い西中島が、何も言わない。
その沈黙には、どこかで許されたような気配すらあった。
悠翔は自分の席に着くと、ゆっくりと息をついた。
心の中にあった硬い何かが、音もなく崩れていく。
騒がしくない、けれど確かに何かが変わった朝だった。
誰も明確に「認めた」とは言わない。
けれど、教室という小さな社会のなかで、自分と京橋の立ち位置が、少しだけ変化したことを肌で感じていた。
机に向かい、筆箱を開く。
シャーペンを手に取り、教科書の上に置いたノートの余白を眺める。
そこに、ふとした衝動で短く言葉を記す。
“好きは、ひとりじゃ守れない。”
書いた後で、照れくさくなってページを閉じる。
でも、その言葉が今の自分にとって、すこしだけ盾になった気がした。
炎のあとに咲くものがあるのなら、
それはたぶん、こんなふうに静かで、そして確かなものなのかもしれない。
窓の外を見ると、校庭の向こう側で風が木々を揺らしていた。
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