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「幻想騎士録」のページをめくる音
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図書室の奥、窓際の席に三人が集まっていた。
いつもより少し遅い時間。放課後の空気には静けさが満ちていて、カーテン越しの夕日が柔らかく机の上を照らしている。
教室よりも湿度が低くて、匂いの混ざらないこの空間は、オタ部にとって「創作物の確認と称する聖域」のようなものだった。
阿波座が段ボール箱を開けた瞬間、紙の香りがふわりと広がった。
箱の中には、ついに刷り上がった文化祭創作集「幻想騎士録」が、ぴしりと整った背表紙で並んでいた。
「来たわね、納本第一号」
阿波座がまるで研究サンプルを取り出すかのような慎重さで、一冊を抜き取る。
その後ろから紬が手を伸ばし、彼女も嬉しそうに二冊目を手に取った。
悠翔も、少し遅れて三冊目を手にした。
製本された紙の質感が手のひらに馴染む。
オフセット印刷の淡いインクの匂いが、緊張と誇らしさを同時に運んできた。
「ちゃんと冊子になってる……」
ぽつりと呟いたその声が、自分の耳にも新鮮に響く。
ページをめくるたび、見慣れた文字が本の中に整然と並んでいることに不思議な感覚を覚える。
紬のSSも、阿波座の考察パートも、野田の詩も、まるで“世界”として一つになったような重さがそこにはあった。
「悠翔くんの詩、どのページだったっけ?」
紬が尋ねると、悠翔は静かにページを捲りながら「第十章、騎士と詩人の誓い」と書かれた扉を開いた。
その右ページに、挿絵があった。
一瞬、時が止まった気がした。
騎士の姿をした青年が、斜め後ろから描かれている。
長めの前髪が風に揺れ、まっすぐな瞳が遠くを見つめている横顔。
手にした剣は鞘に収められ、表情にはどこか微かな決意が漂っていた。
その顔立ち、輪郭、口元のかたち。
間違いなかった。
それは――自分だった。
「……え」
言葉にならなかった。
絵から目が離せず、ページの端を指で押さえたまま、その指がじわじわと緊張で強張っていくのを感じる。
意識しないうちに、ページの角をわずかに折ってしまっていた。
「ね、これ……もしかして……」
言いかけたそのとき、視線の先で、紬がやわらかく笑っていた。
手元のジュースのストローをゆっくり回しながら、頬杖をついてこちらを見ている。
「描いたの、京橋くんだよ。モデル……悠翔でしょ?」
さらりと、まるで当たり前のことを確認するように言ったその言葉に、耳の奥がかっと熱くなる。
「……は、え、ちょ、なにそれ……」
動揺で口が追いつかず、何度も言い直しそうになる。
けれど言葉にする前に、阿波座がメガネをクイッと持ち上げて静かに言った。
「見ればわかるでしょ。構図といい、表情のクセといい、完全に“あんた”よ」
彼女はいつも通りの冷静な口調だったが、口元がわずかに緩んでいた。
そこには、ちょっとした悪戯を見守るような優しさが滲んでいる。
「ていうか……なんで俺なんだよ……」
呟くように言っても、答えは誰にもわからない。
わかるのはただ、描いた本人が、悠翔を見て、彼を“騎士”として捉えてくれたという事実だった。
ページの挿絵をもう一度見た。
それはどこまでも真っ直ぐで、どこか儚さも宿していて、
でも、芯のあるまなざしをしていた。
「……これ、誰かに見られると思うと、死ねる……」
ぼそりと本音を吐き出すと、紬がまたにこにこと笑った。
「でもさ、それって、嬉しい“供給”ってやつじゃない?」
「供給っていうか……これはもう、なんていうか……直撃……」
絵の中の“自分”と視線を合わせたような気がして、また視線を逸らす。
胸の奥がふわっと熱くなって、同時に恥ずかしさでかき乱されていた。
でも、否定する気持ちはなかった。
むしろ、嬉しさが確かにそこにあった。
京橋が、自分を見て、描いてくれた。
しかも、たぶん、ただの「オタ部の一員」じゃなくて、「詩を書いた自分」として、騎士の姿に重ねて。
それは、もしかしたら――自分がかつて“推し”に向けていた眼差しと、どこかで重なっているのかもしれない。
そのことに気づいた瞬間、悠翔は本をそっと閉じた。
頬の熱はまだ引いていない。
でも、口元には自分でも気づかぬうちに、笑みが宿っていた。
いつもより少し遅い時間。放課後の空気には静けさが満ちていて、カーテン越しの夕日が柔らかく机の上を照らしている。
教室よりも湿度が低くて、匂いの混ざらないこの空間は、オタ部にとって「創作物の確認と称する聖域」のようなものだった。
阿波座が段ボール箱を開けた瞬間、紙の香りがふわりと広がった。
箱の中には、ついに刷り上がった文化祭創作集「幻想騎士録」が、ぴしりと整った背表紙で並んでいた。
「来たわね、納本第一号」
阿波座がまるで研究サンプルを取り出すかのような慎重さで、一冊を抜き取る。
その後ろから紬が手を伸ばし、彼女も嬉しそうに二冊目を手に取った。
悠翔も、少し遅れて三冊目を手にした。
製本された紙の質感が手のひらに馴染む。
オフセット印刷の淡いインクの匂いが、緊張と誇らしさを同時に運んできた。
「ちゃんと冊子になってる……」
ぽつりと呟いたその声が、自分の耳にも新鮮に響く。
ページをめくるたび、見慣れた文字が本の中に整然と並んでいることに不思議な感覚を覚える。
紬のSSも、阿波座の考察パートも、野田の詩も、まるで“世界”として一つになったような重さがそこにはあった。
「悠翔くんの詩、どのページだったっけ?」
紬が尋ねると、悠翔は静かにページを捲りながら「第十章、騎士と詩人の誓い」と書かれた扉を開いた。
その右ページに、挿絵があった。
一瞬、時が止まった気がした。
騎士の姿をした青年が、斜め後ろから描かれている。
長めの前髪が風に揺れ、まっすぐな瞳が遠くを見つめている横顔。
手にした剣は鞘に収められ、表情にはどこか微かな決意が漂っていた。
その顔立ち、輪郭、口元のかたち。
間違いなかった。
それは――自分だった。
「……え」
言葉にならなかった。
絵から目が離せず、ページの端を指で押さえたまま、その指がじわじわと緊張で強張っていくのを感じる。
意識しないうちに、ページの角をわずかに折ってしまっていた。
「ね、これ……もしかして……」
言いかけたそのとき、視線の先で、紬がやわらかく笑っていた。
手元のジュースのストローをゆっくり回しながら、頬杖をついてこちらを見ている。
「描いたの、京橋くんだよ。モデル……悠翔でしょ?」
さらりと、まるで当たり前のことを確認するように言ったその言葉に、耳の奥がかっと熱くなる。
「……は、え、ちょ、なにそれ……」
動揺で口が追いつかず、何度も言い直しそうになる。
けれど言葉にする前に、阿波座がメガネをクイッと持ち上げて静かに言った。
「見ればわかるでしょ。構図といい、表情のクセといい、完全に“あんた”よ」
彼女はいつも通りの冷静な口調だったが、口元がわずかに緩んでいた。
そこには、ちょっとした悪戯を見守るような優しさが滲んでいる。
「ていうか……なんで俺なんだよ……」
呟くように言っても、答えは誰にもわからない。
わかるのはただ、描いた本人が、悠翔を見て、彼を“騎士”として捉えてくれたという事実だった。
ページの挿絵をもう一度見た。
それはどこまでも真っ直ぐで、どこか儚さも宿していて、
でも、芯のあるまなざしをしていた。
「……これ、誰かに見られると思うと、死ねる……」
ぼそりと本音を吐き出すと、紬がまたにこにこと笑った。
「でもさ、それって、嬉しい“供給”ってやつじゃない?」
「供給っていうか……これはもう、なんていうか……直撃……」
絵の中の“自分”と視線を合わせたような気がして、また視線を逸らす。
胸の奥がふわっと熱くなって、同時に恥ずかしさでかき乱されていた。
でも、否定する気持ちはなかった。
むしろ、嬉しさが確かにそこにあった。
京橋が、自分を見て、描いてくれた。
しかも、たぶん、ただの「オタ部の一員」じゃなくて、「詩を書いた自分」として、騎士の姿に重ねて。
それは、もしかしたら――自分がかつて“推し”に向けていた眼差しと、どこかで重なっているのかもしれない。
そのことに気づいた瞬間、悠翔は本をそっと閉じた。
頬の熱はまだ引いていない。
でも、口元には自分でも気づかぬうちに、笑みが宿っていた。
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