285 / 343
恋人でいるための、夏が来た~陽翔×榊、瀬戸×佐倉、ふたりずつの完成された恋人たちが過ごす夏の一泊旅
青い風と、助手席の横顔
しおりを挟む
助手席の窓がすっと開いて、夏の風がレンタカーの車内に入り込んだ。
潮の匂いをほんのり含んだその風が、車内の空気をふわりと揺らしていく。
佐倉は後部座席で、ひじを軽くドアにかけながら、流れていく車窓の景色をぼんやりと眺めていた。
目的地までは、およそ一時間半。
朝の渋滞を避けて少し早めに出発したおかげで、道路は思いのほかスムーズだった。
榊が運転席でハンドルを握り、陽翔がその隣でナビの画面と景色を交互に確認している。
「次、海ほたる(パーキングエリア)でトイレ休憩入れます?」
陽翔の問いかけに、榊は片手でサングラスを直しながらうなずいた。
「ああ、ちょうどええな。混む前に寄っとこか」
そのやりとりは、ごく自然だった。
気負いも、遠慮も、どこにもなかった。
助手席に身を預けている陽翔の横顔は、少し眩しそうに目を細めながらも、穏やかだった。
陽の光を受けて頬がわずかに赤みを帯び、真剣に地図アプリを見つめている表情には、どこか安心感がある。
そして、ふとした瞬間。
彼が運転中の榊の方を見て、思わず笑みを浮かべるのが、バックミラー越しに見えた。
ほんの数秒のやりとり。
それだけで、佐倉は車内の空気が確実に変わっていくのを感じた。
──ええ雰囲気やなあ。
思わず心の中で呟いた。
ふたりの間には、すでに「付き合っている」とか「恋人同士」というラベルすら必要ないほどに、自然な空気がある。
それは、誰かに見せようとしているものではなく、ふたりの呼吸の中に流れているものだった。
陽翔が選んだプレイリストから、aikoの「花火」が流れ始める。
懐かしいイントロに、佐倉は口元を緩めた。
助手席の陽翔が、鼻歌交じりにリズムを取っているのが、ちらりと見えた。
隣に座る瀬戸は、少しだけ緊張した面持ちをしている。
手は膝の上にきちんと置かれ、視線はフロントガラスの向こうに固定されたまま。
「緊張してるんか?」
小さな声でそう言って、佐倉は自分の右手を、そっと瀬戸の左の膝の上に重ねた。
瀬戸は驚いたように目を瞬かせたが、その直後に顔を少しだけ緩めて、
こちらを一瞬だけ見てから、わずかに頷いた。
「……ちょっとだけ、です」
その声は風にかき消されそうなくらい小さかったが、
しっかりと伝わってきた。
佐倉はその手を握りはせず、ただ重ねたままにしておいた。
安心してくれればそれでいい。
言葉じゃなくても、触れ方で伝えられるものがあると知っていた。
「橘くん、ええ選曲やなあ」
佐倉は少し声を上げて前のふたりに話しかける。
陽翔はバックミラー越しにちらりと佐倉を見て、照れくさそうに笑った。
「はい。圭吾さんも、佐倉さんも、瀬戸も……みんなが知ってそうなやつを。
ちょっと懐かしいラインも混ぜました」
「ミスチルとか、サザンも入ってたよな。あれは俺の世代やな」
榊がぼそっと呟くと、陽翔が肩をすくめる。
「そこも、計算通りです」
そのやりとりに、車内の空気がふわりと柔らかくなった。
運転席と助手席。
前後の距離はあるのに、心の距離は近い。
そんな空間に包まれながら、佐倉はふと窓の外を見た。
海が見え始めていた。
夏の光を受けて、キラキラと反射する水面。
雲は高く、風は軽い。
「もうすぐやな」
佐倉がそう呟くと、瀬戸も同じ方向を見て、静かにうなずいた。
「……はい。ちゃんと泳げるかな」
「浮き輪、持ってきてたやろ?」
「はい。でも、佐倉さんが近くにいてくれたら……大丈夫です」
その言葉に、佐倉の胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ほな、俺がついててやるから、安心してな」
陽翔が後ろを振り返って、「あと10分くらいで到着です」と言った。
車内の会話も、風も、歌も、すべてが“旅の始まり”を感じさせていた。
職場での上下関係も、年齢の差も、今だけは少しだけ横に置いて。
“仲間”として、“恋人”として。
この夏に、一緒に何かを記憶に残せるように。
4人の時間が、静かに動き出していた。
潮の匂いをほんのり含んだその風が、車内の空気をふわりと揺らしていく。
佐倉は後部座席で、ひじを軽くドアにかけながら、流れていく車窓の景色をぼんやりと眺めていた。
目的地までは、およそ一時間半。
朝の渋滞を避けて少し早めに出発したおかげで、道路は思いのほかスムーズだった。
榊が運転席でハンドルを握り、陽翔がその隣でナビの画面と景色を交互に確認している。
「次、海ほたる(パーキングエリア)でトイレ休憩入れます?」
陽翔の問いかけに、榊は片手でサングラスを直しながらうなずいた。
「ああ、ちょうどええな。混む前に寄っとこか」
そのやりとりは、ごく自然だった。
気負いも、遠慮も、どこにもなかった。
助手席に身を預けている陽翔の横顔は、少し眩しそうに目を細めながらも、穏やかだった。
陽の光を受けて頬がわずかに赤みを帯び、真剣に地図アプリを見つめている表情には、どこか安心感がある。
そして、ふとした瞬間。
彼が運転中の榊の方を見て、思わず笑みを浮かべるのが、バックミラー越しに見えた。
ほんの数秒のやりとり。
それだけで、佐倉は車内の空気が確実に変わっていくのを感じた。
──ええ雰囲気やなあ。
思わず心の中で呟いた。
ふたりの間には、すでに「付き合っている」とか「恋人同士」というラベルすら必要ないほどに、自然な空気がある。
それは、誰かに見せようとしているものではなく、ふたりの呼吸の中に流れているものだった。
陽翔が選んだプレイリストから、aikoの「花火」が流れ始める。
懐かしいイントロに、佐倉は口元を緩めた。
助手席の陽翔が、鼻歌交じりにリズムを取っているのが、ちらりと見えた。
隣に座る瀬戸は、少しだけ緊張した面持ちをしている。
手は膝の上にきちんと置かれ、視線はフロントガラスの向こうに固定されたまま。
「緊張してるんか?」
小さな声でそう言って、佐倉は自分の右手を、そっと瀬戸の左の膝の上に重ねた。
瀬戸は驚いたように目を瞬かせたが、その直後に顔を少しだけ緩めて、
こちらを一瞬だけ見てから、わずかに頷いた。
「……ちょっとだけ、です」
その声は風にかき消されそうなくらい小さかったが、
しっかりと伝わってきた。
佐倉はその手を握りはせず、ただ重ねたままにしておいた。
安心してくれればそれでいい。
言葉じゃなくても、触れ方で伝えられるものがあると知っていた。
「橘くん、ええ選曲やなあ」
佐倉は少し声を上げて前のふたりに話しかける。
陽翔はバックミラー越しにちらりと佐倉を見て、照れくさそうに笑った。
「はい。圭吾さんも、佐倉さんも、瀬戸も……みんなが知ってそうなやつを。
ちょっと懐かしいラインも混ぜました」
「ミスチルとか、サザンも入ってたよな。あれは俺の世代やな」
榊がぼそっと呟くと、陽翔が肩をすくめる。
「そこも、計算通りです」
そのやりとりに、車内の空気がふわりと柔らかくなった。
運転席と助手席。
前後の距離はあるのに、心の距離は近い。
そんな空間に包まれながら、佐倉はふと窓の外を見た。
海が見え始めていた。
夏の光を受けて、キラキラと反射する水面。
雲は高く、風は軽い。
「もうすぐやな」
佐倉がそう呟くと、瀬戸も同じ方向を見て、静かにうなずいた。
「……はい。ちゃんと泳げるかな」
「浮き輪、持ってきてたやろ?」
「はい。でも、佐倉さんが近くにいてくれたら……大丈夫です」
その言葉に、佐倉の胸の奥がじんわりと温かくなった。
「ほな、俺がついててやるから、安心してな」
陽翔が後ろを振り返って、「あと10分くらいで到着です」と言った。
車内の会話も、風も、歌も、すべてが“旅の始まり”を感じさせていた。
職場での上下関係も、年齢の差も、今だけは少しだけ横に置いて。
“仲間”として、“恋人”として。
この夏に、一緒に何かを記憶に残せるように。
4人の時間が、静かに動き出していた。
36
あなたにおすすめの小説
課長、甘やかさないでください!
鬼塚ベジータ
BL
地方支社に異動してきたのは、元日本代表のプロバレー選手・染谷拓海。だが彼は人を寄せつけず、無愛想で攻撃的な態度をとって孤立していた。
そんな染谷を受け入れたのは、穏やかで面倒見のいい課長・真木千歳だった。
15歳差の不器用なふたりが、職場という日常のなかで少しずつ育んでいく、臆病で真っ直ぐな大人の恋の物語。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ワケありくんの愛され転生
鬼塚ベジータ
BL
彼は”勇敢な魂"として、彼が望むままに男同士の恋愛が当たり前の世界に転生させてもらえることになった。しかし彼が宿った体は、婚活をバリバリにしていた平凡なベータの伯爵家の次男。さらにお見合いの直前に転生してしまい、やけに顔のいい執事に連れられて3人の男(イケメン)と顔合わせをさせられた。見合いは辞退してイケメン同士の恋愛を拝もうと思っていたのだが、なぜかそれが上手くいかず……。
アルファ4人とオメガ1人に愛される、かなり変わった世界から来た彼のお話。
※オメガバース設定です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
【短編BL┊︎完結】世話焼き未神さんは恋がしたい
三葉秋
BL
リーマンラブ・ロマンス。
ある日、同じ会社で働く営業部の後輩である屋島のフラれ現場に遭遇してしまう主任の未神佑。
世話焼きの佑はその状況にいてもたってもいられず、声をかけることに。
なんでも相談に乗るからと言った佑は、屋島からある悩みを打ち明けられる。
過去に縛られる佑と悩みを解決したい屋島の解決物語。
本編後にSS「あの夜のはなし」を公開
※2025/11/21誤字脱字などの修正を行いました。
※この作品はBLoveサイトにて公開、コンテストに応募した作品を加筆修正したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる