オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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恋人でいるための、夏が来た~陽翔×榊、瀬戸×佐倉、ふたりずつの完成された恋人たちが過ごす夏の一泊旅

青い風と、助手席の横顔

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助手席の窓がすっと開いて、夏の風がレンタカーの車内に入り込んだ。  
潮の匂いをほんのり含んだその風が、車内の空気をふわりと揺らしていく。  
佐倉は後部座席で、ひじを軽くドアにかけながら、流れていく車窓の景色をぼんやりと眺めていた。  

目的地までは、およそ一時間半。  
朝の渋滞を避けて少し早めに出発したおかげで、道路は思いのほかスムーズだった。  
榊が運転席でハンドルを握り、陽翔がその隣でナビの画面と景色を交互に確認している。  

「次、海ほたる(パーキングエリア)でトイレ休憩入れます?」  

陽翔の問いかけに、榊は片手でサングラスを直しながらうなずいた。  

「ああ、ちょうどええな。混む前に寄っとこか」  

そのやりとりは、ごく自然だった。  
気負いも、遠慮も、どこにもなかった。  

助手席に身を預けている陽翔の横顔は、少し眩しそうに目を細めながらも、穏やかだった。  
陽の光を受けて頬がわずかに赤みを帯び、真剣に地図アプリを見つめている表情には、どこか安心感がある。  

そして、ふとした瞬間。  
彼が運転中の榊の方を見て、思わず笑みを浮かべるのが、バックミラー越しに見えた。  
ほんの数秒のやりとり。  
それだけで、佐倉は車内の空気が確実に変わっていくのを感じた。  

──ええ雰囲気やなあ。  

思わず心の中で呟いた。  
ふたりの間には、すでに「付き合っている」とか「恋人同士」というラベルすら必要ないほどに、自然な空気がある。  
それは、誰かに見せようとしているものではなく、ふたりの呼吸の中に流れているものだった。  

陽翔が選んだプレイリストから、aikoの「花火」が流れ始める。  
懐かしいイントロに、佐倉は口元を緩めた。  
助手席の陽翔が、鼻歌交じりにリズムを取っているのが、ちらりと見えた。  

隣に座る瀬戸は、少しだけ緊張した面持ちをしている。  
手は膝の上にきちんと置かれ、視線はフロントガラスの向こうに固定されたまま。  

「緊張してるんか?」  

小さな声でそう言って、佐倉は自分の右手を、そっと瀬戸の左の膝の上に重ねた。  

瀬戸は驚いたように目を瞬かせたが、その直後に顔を少しだけ緩めて、  
こちらを一瞬だけ見てから、わずかに頷いた。  

「……ちょっとだけ、です」  

その声は風にかき消されそうなくらい小さかったが、  
しっかりと伝わってきた。  

佐倉はその手を握りはせず、ただ重ねたままにしておいた。  
安心してくれればそれでいい。  
言葉じゃなくても、触れ方で伝えられるものがあると知っていた。  

「橘くん、ええ選曲やなあ」  

佐倉は少し声を上げて前のふたりに話しかける。  

陽翔はバックミラー越しにちらりと佐倉を見て、照れくさそうに笑った。  

「はい。圭吾さんも、佐倉さんも、瀬戸も……みんなが知ってそうなやつを。  
ちょっと懐かしいラインも混ぜました」  

「ミスチルとか、サザンも入ってたよな。あれは俺の世代やな」  

榊がぼそっと呟くと、陽翔が肩をすくめる。  

「そこも、計算通りです」  

そのやりとりに、車内の空気がふわりと柔らかくなった。  

運転席と助手席。  
前後の距離はあるのに、心の距離は近い。  
そんな空間に包まれながら、佐倉はふと窓の外を見た。  

海が見え始めていた。  
夏の光を受けて、キラキラと反射する水面。  
雲は高く、風は軽い。  

「もうすぐやな」  

佐倉がそう呟くと、瀬戸も同じ方向を見て、静かにうなずいた。  

「……はい。ちゃんと泳げるかな」  

「浮き輪、持ってきてたやろ?」  

「はい。でも、佐倉さんが近くにいてくれたら……大丈夫です」  

その言葉に、佐倉の胸の奥がじんわりと温かくなった。  

「ほな、俺がついててやるから、安心してな」  

陽翔が後ろを振り返って、「あと10分くらいで到着です」と言った。  

車内の会話も、風も、歌も、すべてが“旅の始まり”を感じさせていた。  
職場での上下関係も、年齢の差も、今だけは少しだけ横に置いて。  
“仲間”として、“恋人”として。  

この夏に、一緒に何かを記憶に残せるように。  
4人の時間が、静かに動き出していた。
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