地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始

文字の大きさ
11 / 25

また、見られたかも

しおりを挟む
心斎橋の裏路地にあるバー〈クラルテ〉の扉は、見過ごしそうなほど目立たなかった。  
天王寺は小さな看板を横目に、手慣れた動作でドアを押す。

中に入ると、控えめなジャズの旋律と、深い木の香りが迎えた。  
カウンターの奥には、桜川直人が立っていた。  
細い眼鏡の奥から、静かな視線だけを向ける。

「今日は、また……見られた顔だな」

直人は、声に笑いを含めることもしない。  
ただ、事実を告げるように、淡々と言った。

天王寺はジャケットを脱ぎ、カウンターの隅に腰を下ろす。  
足元に静かに置いた鞄を横目に、バーボンを注文する。

琥珀色の液体が小さなグラスに注がれ、静かに音を立てた。

天王寺はそれを手に取り、一口、口に含む。  
アルコールの熱が、喉を静かに撫でていった。

「……また、見られたかもしれない」

呟くように言った。  
グラスの向こうに、灯りがぼんやりと滲む。

社内の喧騒が、頭の奥でまだ遠く鳴っている気がした。  
笑い声、乾杯の音、空気を震わせるようなざわめき。  
そのすべてをやり過ごすようにして、ただグラスを傾けていた。

けれど、ただ一つだけ、流せなかったものがあった。

梅田隼人の視線。

騒がしい輪の中で、誰も気づかなかった孤立を、彼だけは見た。  
そして、何も言わずに隣に座った。

それはただの気まぐれだったかもしれない。  
だが、あのまなざしは、無遠慮でもなければ、同情でもなかった。

まっすぐで、優しくて、どこまでも真剣だった。

何度もかわしてきたはずだった。  
気づかないふりも、無関心を装うのも、慣れていた。  
それなのに。

心のどこかが、微かに、熱を持っていた。

グラスの氷が、音も立てずに溶けていく。

天王寺は、そっと目を閉じた。

直人が、静かにバーカウンター越しに言った。

「壊れるって、いつもお前は言うけどな」

バーボンをグラスに継ぎ足しながら、続ける。

「本当に壊れてるのは、そろそろ自分だって気づけよ」

低く、優しくも容赦のない声だった。

天王寺は応えなかった。

ただ、再びグラスを傾け、バーボンを飲み下す。  
苦くて、重たい液体が、喉を焼く感覚だけが確かだった。

目の奥に、ふいに浮かんだ。

梅田が見せたあの、まっすぐな目。  
何かを期待しているような、  
何も求めていないような、  
ただそこにいることを肯定するような、あの目。

(……どうして、あんな目で、俺を見るんだろう)

自分は、誰かにそんなふうに見られる価値があるのか。  
誰もが欲望か、好奇心か、自己満足のために近づいてくるのだと思っていた。

けれど、梅田は違った。

少なくとも今は、違って見えた。

天王寺は、そっとグラスを置く。  
氷が小さく音を立てた。

胸の奥に、どうしようもなく拭えない疼きがあった。  
それは、懐かしくもあり、  
怖ろしくもあり、  
それでも、どこか温かいものだった。

直人が、新しいバーボンのボトルを棚に戻しながら、言葉を落とす。

「お前がどんな顔をしてても、誰かがそれを見抜くときは、来る」

天王寺は顔を伏せたまま、何も返さなかった。  
ただ、その言葉だけを、心の奥深くに沈めた。

静かな夜だった。  
静かで、なのに、どこかざわめきが消えない夜だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】君の穿ったインソムニア

古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。 純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。 「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」 陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。

虐げられた氷の聖子は隣国の野獣皇帝に執着(愛)されすぎて溶かされる

たら昆布
BL
暴君皇帝×薄幸の聖子

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

処理中です...