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見られることの、怖さと温かさ
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室内は静まり返っていた。
机の上には、開きっぱなしのノートパソコン。
画面には、プロジェクトの報告書の下書きが表示されている。
カーソルが点滅を続けているのに、天王寺の手はしばらく止まったままだった。
背筋を伸ばしたままの姿勢で、画面を見つめている。
けれど、目の奥は何も捉えていなかった。
指はキーボードの上に浮かんだまま、動かない。
報告書の中で「課題と成果」に分類した言葉が、にじむように滲んで見えた。
思い出していたのは、梅田の声だった。
あの時、会議室のあと。
ラウンジで、自分を追いかけてきたあのまっすぐな目。
言葉に迷いながらも、ためらわず「好きや」と伝えてきた声の震え。
真剣だった。
取り繕ったり、試したりするそぶりは一切なかった。
本気だったのだと、今ならはっきり分かる。
それでも、自分は笑って否定した。
彼の思いを正面から受け取れず、
言葉を遮るように、「どうせ顔からでしょ」と吐き捨てた。
指先が、ようやくキーボードに触れた。
一文字打って、すぐにバックスペースで消す。
何をどう書けばいいのか、自分でも分からなかった。
胸の奥にざわつきが残っていた。
それは罪悪感とも違う、もっと厄介なものだった。
たしかに、怖かった。
彼の目に映る「自分」が、思いがけず優しくて、
自分自身よりも、自分を肯定してくれているように見えたから。
だからこそ、突き放すしかなかった。
あのまま受け取っていたら、自分は崩れてしまっていたかもしれない。
顔ではなく、中身を見てくれたのかもしれない。
本当にそうだったかもしれない。
けれど、信じることが、どうしてもできなかった。
視界の端に、カーテンの隙間から差し込む夜の光が見える。
マンションの外廊下を通る人の足音が、かすかに耳に届いた。
天王寺は、そっと目を閉じた。
脳裏によぎるのは、大学時代の記憶。
恋に落ちた先輩の、優しかった顔と、
自分を縛ろうとした目と、
その夜、拳を振り上げたときの、泣き崩れる姿。
「誰にも見せんな、その顔」
「俺だけのもんにしたかっただけやのに」
「お前が綺麗すぎるから、俺が狂ったんや」
そんな言葉に、何度も何度も蓋をしてきた。
あの夜を最後に、恋というものから遠ざかった。
もう誰にも、心も顔も晒さないと決めた。
表情を消して、目立たず、見られずに生きていく。
そうすれば、もう誰も壊れない。
自分も、壊されない。
……はずだった。
でも、梅田のあの目は。
真っ直ぐで、優しくて、あたたかくて。
そのくせ、不器用で、迷っていて、
けれど何よりも真剣だった。
(あの人は、違うかもしれないって……思ってしまった)
胸の奥に、わずかな揺れが走った。
それは、「かもしれない」という可能性にすぎない。
けれど、その小さな可能性に、自分の心が確かに反応しているのを自覚してしまった。
それが、苦しかった。
椅子に体を預け、天井を見上げる。
白い天井には何の模様もない。
けれど、そこに投影されるように思い出されるのは、
桜川直人の、あの低い声だった。
「本当に壊れてるのは、そろそろ自分だって気づけよ」
その言葉が、今は真っ直ぐに突き刺さる。
自分を守るつもりで、
見られないようにして、
触れられないようにして、
笑わないようにして、
誰も信じないようにして。
けれどそれは、守ってきたのではなく、
ただ自分をどこにも出さないようにしていただけだった。
壊されるのが怖くて、
そのくせ、壊れそうになっていたのは、
自分自身だったのかもしれない。
画面の中で、カーソルがまだ点滅を続けている。
天王寺はもう一度、キーボードに指をかけた。
けれど、入力する言葉が見つからない。
今、自分が書くべきなのは報告書ではない気がしていた。
本当に伝えるべきことは、
あの人に対して、自分の中に何があって、
どうしてそれが「怖い」と思ってしまったのか──
それを、伝える勇気を持てるかどうか。
それだけのことに、今、全てがかかっている気がした。
机の上には、開きっぱなしのノートパソコン。
画面には、プロジェクトの報告書の下書きが表示されている。
カーソルが点滅を続けているのに、天王寺の手はしばらく止まったままだった。
背筋を伸ばしたままの姿勢で、画面を見つめている。
けれど、目の奥は何も捉えていなかった。
指はキーボードの上に浮かんだまま、動かない。
報告書の中で「課題と成果」に分類した言葉が、にじむように滲んで見えた。
思い出していたのは、梅田の声だった。
あの時、会議室のあと。
ラウンジで、自分を追いかけてきたあのまっすぐな目。
言葉に迷いながらも、ためらわず「好きや」と伝えてきた声の震え。
真剣だった。
取り繕ったり、試したりするそぶりは一切なかった。
本気だったのだと、今ならはっきり分かる。
それでも、自分は笑って否定した。
彼の思いを正面から受け取れず、
言葉を遮るように、「どうせ顔からでしょ」と吐き捨てた。
指先が、ようやくキーボードに触れた。
一文字打って、すぐにバックスペースで消す。
何をどう書けばいいのか、自分でも分からなかった。
胸の奥にざわつきが残っていた。
それは罪悪感とも違う、もっと厄介なものだった。
たしかに、怖かった。
彼の目に映る「自分」が、思いがけず優しくて、
自分自身よりも、自分を肯定してくれているように見えたから。
だからこそ、突き放すしかなかった。
あのまま受け取っていたら、自分は崩れてしまっていたかもしれない。
顔ではなく、中身を見てくれたのかもしれない。
本当にそうだったかもしれない。
けれど、信じることが、どうしてもできなかった。
視界の端に、カーテンの隙間から差し込む夜の光が見える。
マンションの外廊下を通る人の足音が、かすかに耳に届いた。
天王寺は、そっと目を閉じた。
脳裏によぎるのは、大学時代の記憶。
恋に落ちた先輩の、優しかった顔と、
自分を縛ろうとした目と、
その夜、拳を振り上げたときの、泣き崩れる姿。
「誰にも見せんな、その顔」
「俺だけのもんにしたかっただけやのに」
「お前が綺麗すぎるから、俺が狂ったんや」
そんな言葉に、何度も何度も蓋をしてきた。
あの夜を最後に、恋というものから遠ざかった。
もう誰にも、心も顔も晒さないと決めた。
表情を消して、目立たず、見られずに生きていく。
そうすれば、もう誰も壊れない。
自分も、壊されない。
……はずだった。
でも、梅田のあの目は。
真っ直ぐで、優しくて、あたたかくて。
そのくせ、不器用で、迷っていて、
けれど何よりも真剣だった。
(あの人は、違うかもしれないって……思ってしまった)
胸の奥に、わずかな揺れが走った。
それは、「かもしれない」という可能性にすぎない。
けれど、その小さな可能性に、自分の心が確かに反応しているのを自覚してしまった。
それが、苦しかった。
椅子に体を預け、天井を見上げる。
白い天井には何の模様もない。
けれど、そこに投影されるように思い出されるのは、
桜川直人の、あの低い声だった。
「本当に壊れてるのは、そろそろ自分だって気づけよ」
その言葉が、今は真っ直ぐに突き刺さる。
自分を守るつもりで、
見られないようにして、
触れられないようにして、
笑わないようにして、
誰も信じないようにして。
けれどそれは、守ってきたのではなく、
ただ自分をどこにも出さないようにしていただけだった。
壊されるのが怖くて、
そのくせ、壊れそうになっていたのは、
自分自身だったのかもしれない。
画面の中で、カーソルがまだ点滅を続けている。
天王寺はもう一度、キーボードに指をかけた。
けれど、入力する言葉が見つからない。
今、自分が書くべきなのは報告書ではない気がしていた。
本当に伝えるべきことは、
あの人に対して、自分の中に何があって、
どうしてそれが「怖い」と思ってしまったのか──
それを、伝える勇気を持てるかどうか。
それだけのことに、今、全てがかかっている気がした。
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