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11.共に生きる
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背後から派手なクラクションが鳴って、二人は振り返る。
線路沿いに、緑のワゴンが留まっていた。
「名倉!」
あたふたと車を降りて近づいてくる。
「全くもう!駅に降りないでくれって言ったじゃないですか。そこまで記者たちが迫ってますよ。さっさと乗って」
改札を滑るように抜け、ワゴンに乗り込む。
「……で、決着は着いたんですか?琴美さん、いや、優子さん?どっちが?」
「ママよ。でもきっとこれからは歌を歌うと思うわ」
「じゃあ、琴美さん、ですね。今後どうするかは社長と相談して……」
「なるようにしかならないわ。あなたにも苦労かけるけど、よろしくね」
「はあ……」
「名倉さん、大丈夫だって。私も居るじゃない」
そう言って有紗は携帯を取り出す。菜々美(ななみ)からLINEが入っていた。
”ちょっとどうしよう!新学期早々、テストがあるんだって。やっばいよー!”
顔文字も入れず、短く返す。
"仕方ないよ、がんばろ!"
「何?友達から?」
「うん。菜々美って友達から。ママは知ってる?ま、少しずつ覚えていけばいいんだけど」
「そうね……」
「大丈夫だってー。がんばろ!それしかないじゃん」
様子を見計らって、名倉が口を開く。
「では今日の予定ですが、今から帰れば午後からは……」
有紗が言いづらそうに、口を挟む。
「あの。私もう一度だけ、ありささんの家に行って挨拶して行きたいの。ママも行こう」
「え?あ、そう、そうね。カメラも返さなきゃ」
車は向きを変え、ありさの生家へと向かう。
「有紗さん、結局優子さんはどうなったんですか?」
「事故の時に命をつなぐため、一時的に生まれた人格だと思う。それが消えないまま、今まで長引いただけ。それが正解なら、さっき消えたと思う」
「本当なんですか?もう一回病院で診てもらった方が」
「大丈夫だって。……まあ、でも念のため行ってみてもいいのかも」
不安を跳ね返すように、有紗はふざけた声で言った。
「有紗さん、そんな人でしたっけ?」
「え、何か変?」
「いえ。琴美さんも大変だったでしょうが、有紗さんもどこか変わったと言うか。ちょっと不思議です」
「そうかな?前からこうだよ」
有紗は母の肩にもたれると、窓の外に流れていく田畑の風景に目をやった。
さっき雪がちらついていたのに、今はもうまばゆい光に照らされている。
土の表面で氷の粒が溶け、きらきらと反射して見せる。春、間近に繰り返されてきた、何気ない風景。
昨日も一昨日も……そして二十年前も見た。
天に唾吐く、とはこのことだ。私はありさの幻に言った。母をおいてなぜ死んだと。
でも勝手に死んだのは私だ。
琴美をこの世に置き去りにして。
言葉は人を縛る。
確かにあの時の私にはもう、余裕なんてなかった。ただ琴美にすがるだけで。
壮絶な生への執着から、琴美にあんな決意までさせてしまった。
私の甘えのせいでこんなにも長い間、琴美の人生はゆがんでしまった。それを今こうして知ることになるとは……。
結局私たちは、どちらも一人では生きられないのだ。離れた途端私は病で死に、琴美は外界を拒絶して眠り続けた。再会するまでに二十年もかかってしまった。
ところで優子は本当に消えたのだろうか?いや、出てきたとしても私が許さない。幼い頃からの冷えた扱いは、子供心に相当堪えた。もう二度と会いたいとは思わない。
もし万一、優子が出てきたときには……いっそ私が彼女を。……いや。
琴美を全力で守る。
「有紗、いろいろあったけどいっぱい心配かけてごめんね」
琴美が私の髪を撫でて言う。
琴美。私の大事な親友。
本当は今すぐにでも二十年の眠りに対して、許しを乞いたい。
だけど私の中で娘としての”有紗”が叫ぶ。ほんの少しの間だけ、親子としての日々を過ごしてみたい、と。
私は甘えるように腕を組んだ。
「……大丈夫だよ。これからは、ううん、これからも一緒にがんばって生きていこうね。また歌も一緒に歌おう、ママ」
「そう……そうね。母娘デュエットしよう」
琴美は会話が速くなると、ついていけないのか舌足らずになる。
そんなとこも変わらないんだ。
って、私が急かしてるんだな。ごめんごめん。
いつか、私がありさであることを言えるといい。
私のこの身体は、琴美からの音楽センスと歌声が伝わっている。
二人で歌えるのも、代えがたい贈り物。
「有紗さん、着きましたよ?」
「あ、はあい」
懐かしい家。
門から続く垣根も、入ってすぐの大きなくるみの木も。
時が形をたわめたけれど、記憶の中の風景と少しも変わりない。そして今、母が外へ出てくる。ゆったりとした歩み、時々首を傾げる癖も変わっていない。
長い間、一人にしてしまっててごめんね。私は親不孝な娘です。
これから私はたくさんのやり残した宿題、たくさんの罪滅ぼしを抱えて歩んでいく。
上手くやっていけるだろうか?
「ほら有紗、早く出なさい。自分で来たいって言ったんでしょ?」
「うん!」
車を降りて空を見上げる。
何とかなるだろう。二人でならきっと。
有紗でもありさでもある私。
琴美、これからは一緒に生きようね。誰にも邪魔させない。
二十年前の続きを、これからたくさんしよう。
やわらかな光をつかみ取るように、空へ手を伸ばした。
(「共生」・終わり)
線路沿いに、緑のワゴンが留まっていた。
「名倉!」
あたふたと車を降りて近づいてくる。
「全くもう!駅に降りないでくれって言ったじゃないですか。そこまで記者たちが迫ってますよ。さっさと乗って」
改札を滑るように抜け、ワゴンに乗り込む。
「……で、決着は着いたんですか?琴美さん、いや、優子さん?どっちが?」
「ママよ。でもきっとこれからは歌を歌うと思うわ」
「じゃあ、琴美さん、ですね。今後どうするかは社長と相談して……」
「なるようにしかならないわ。あなたにも苦労かけるけど、よろしくね」
「はあ……」
「名倉さん、大丈夫だって。私も居るじゃない」
そう言って有紗は携帯を取り出す。菜々美(ななみ)からLINEが入っていた。
”ちょっとどうしよう!新学期早々、テストがあるんだって。やっばいよー!”
顔文字も入れず、短く返す。
"仕方ないよ、がんばろ!"
「何?友達から?」
「うん。菜々美って友達から。ママは知ってる?ま、少しずつ覚えていけばいいんだけど」
「そうね……」
「大丈夫だってー。がんばろ!それしかないじゃん」
様子を見計らって、名倉が口を開く。
「では今日の予定ですが、今から帰れば午後からは……」
有紗が言いづらそうに、口を挟む。
「あの。私もう一度だけ、ありささんの家に行って挨拶して行きたいの。ママも行こう」
「え?あ、そう、そうね。カメラも返さなきゃ」
車は向きを変え、ありさの生家へと向かう。
「有紗さん、結局優子さんはどうなったんですか?」
「事故の時に命をつなぐため、一時的に生まれた人格だと思う。それが消えないまま、今まで長引いただけ。それが正解なら、さっき消えたと思う」
「本当なんですか?もう一回病院で診てもらった方が」
「大丈夫だって。……まあ、でも念のため行ってみてもいいのかも」
不安を跳ね返すように、有紗はふざけた声で言った。
「有紗さん、そんな人でしたっけ?」
「え、何か変?」
「いえ。琴美さんも大変だったでしょうが、有紗さんもどこか変わったと言うか。ちょっと不思議です」
「そうかな?前からこうだよ」
有紗は母の肩にもたれると、窓の外に流れていく田畑の風景に目をやった。
さっき雪がちらついていたのに、今はもうまばゆい光に照らされている。
土の表面で氷の粒が溶け、きらきらと反射して見せる。春、間近に繰り返されてきた、何気ない風景。
昨日も一昨日も……そして二十年前も見た。
天に唾吐く、とはこのことだ。私はありさの幻に言った。母をおいてなぜ死んだと。
でも勝手に死んだのは私だ。
琴美をこの世に置き去りにして。
言葉は人を縛る。
確かにあの時の私にはもう、余裕なんてなかった。ただ琴美にすがるだけで。
壮絶な生への執着から、琴美にあんな決意までさせてしまった。
私の甘えのせいでこんなにも長い間、琴美の人生はゆがんでしまった。それを今こうして知ることになるとは……。
結局私たちは、どちらも一人では生きられないのだ。離れた途端私は病で死に、琴美は外界を拒絶して眠り続けた。再会するまでに二十年もかかってしまった。
ところで優子は本当に消えたのだろうか?いや、出てきたとしても私が許さない。幼い頃からの冷えた扱いは、子供心に相当堪えた。もう二度と会いたいとは思わない。
もし万一、優子が出てきたときには……いっそ私が彼女を。……いや。
琴美を全力で守る。
「有紗、いろいろあったけどいっぱい心配かけてごめんね」
琴美が私の髪を撫でて言う。
琴美。私の大事な親友。
本当は今すぐにでも二十年の眠りに対して、許しを乞いたい。
だけど私の中で娘としての”有紗”が叫ぶ。ほんの少しの間だけ、親子としての日々を過ごしてみたい、と。
私は甘えるように腕を組んだ。
「……大丈夫だよ。これからは、ううん、これからも一緒にがんばって生きていこうね。また歌も一緒に歌おう、ママ」
「そう……そうね。母娘デュエットしよう」
琴美は会話が速くなると、ついていけないのか舌足らずになる。
そんなとこも変わらないんだ。
って、私が急かしてるんだな。ごめんごめん。
いつか、私がありさであることを言えるといい。
私のこの身体は、琴美からの音楽センスと歌声が伝わっている。
二人で歌えるのも、代えがたい贈り物。
「有紗さん、着きましたよ?」
「あ、はあい」
懐かしい家。
門から続く垣根も、入ってすぐの大きなくるみの木も。
時が形をたわめたけれど、記憶の中の風景と少しも変わりない。そして今、母が外へ出てくる。ゆったりとした歩み、時々首を傾げる癖も変わっていない。
長い間、一人にしてしまっててごめんね。私は親不孝な娘です。
これから私はたくさんのやり残した宿題、たくさんの罪滅ぼしを抱えて歩んでいく。
上手くやっていけるだろうか?
「ほら有紗、早く出なさい。自分で来たいって言ったんでしょ?」
「うん!」
車を降りて空を見上げる。
何とかなるだろう。二人でならきっと。
有紗でもありさでもある私。
琴美、これからは一緒に生きようね。誰にも邪魔させない。
二十年前の続きを、これからたくさんしよう。
やわらかな光をつかみ取るように、空へ手を伸ばした。
(「共生」・終わり)
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