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第一章 二人の旅路
そして新たな旅へ
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宿屋にやってきて三日目の朝、二人は室内にあるテーブルに向かい合うように腰掛けていた。テーブルの上には地図と思わしき紙と何かをメモするために開かれたノート、それと少しくたびれた本が広がっていた。相変わらず天気は良く、外から入り込んでくる風がカーテンを揺らして心地よい涼しさが頬を撫でる。
「船は問題なく出そうだね」
「ああ、天気が崩れる心配もないって船乗りが言ってたな」
「よし。金も問題無いし、武器は今日返ってくるし、必要なものも揃ってるし僕達の方も問題ないかな」
「通貨はこっちと同じなのか、ヒノデの国は」
テーブルに広がった地図の東の方角にある島が赤い丸で囲われていた。そこは二人が次の旅の目的地と決めたヒノデの国で、二人は今出発にあたっての最終確認を行っていた。
ヒノデの国というのはラファエルの認識からすると数百年前の日本のようなイメージだった。なぜかというとその国からの特産だという品々はとても和風で、中には着物まであった。更には数年前まで鎖国していたというのだから「日本みたいだ」という認識はより強くなり、今回遂に行くことを決意したのだ。
今まで行かなかったのは単純にタイミングが合わなかったというのが最もたる理由だ。ヒノデの国へ行くための船はこの街からしか出ておらず、しかも定期便があるというわけでもなければその旅費も結構馬鹿にならない。その上ヒノデの国には最近まで鎖国していたこともありギルドがあるかどうかもわからず、滞在中は最悪稼ぎがなくなることになる。
普段から贅沢はしない二人だが、それでも万が一長期滞在となった場合を考えると迂闊に行けるような場所ではなかったのだが、つい先日二人はA級の魔物を討伐した。討伐した報奨金にプラスして素材も売り捌いた甲斐があってまとまった金が手に入ったことが二人の、否ラファエルの背中を押した。
「そこは問題ないっぽいよ。確かに独自通貨らしいんだけどね。商売やってる人と話したけど、ヒノデの国の人達も流通ができるようになってこっちの通貨の需要が高まってるらしいし。言葉は僕達と同じだから最初に必要な分だけ換金したら良いらしいよ」
「そうか。じゃあ案外なんとかなりそうだな」
旅をはじめた頃、こういった調べ物は全てアルフレッドの役目だった。それはラファエルがどれだけ活発で腕が立つようになったとしても彼は貴族で、そんな役割をさせるべきではないとアルフレッドがいつでもかってでていた。それにラファエルは人との距離感を測るのが苦手でつい近くなり過ぎる。旅をはじめた当初はそのせいでどれだけの渡らなくていい危ない橋を渡ったか知れない。
だが旅も二年経つと人とは成長するもので今では調べ物や値切り交渉だってお手の物だ。距離感さえ測り間違えることがなければどれだけ怪しい見た目をしていてもラファエルは人懐っこく、善人には好かれた。今ではラファエルが訪れると孫子供を愛でるように大量の野菜や特産品を渡してくる老人が国中の至るところにいたりする。
「うん。あ、でも食事が合わない可能性もあるから干し肉くらい持っていっとく?」
ラファエルの言葉にアルフレッドが一瞬何を言われたかわからない、というような顔をした。その顔も瞬きの間にはいつものキリッとした顔に戻っていたがその口調は呆れ気味だ。
「…飯は食えればそれでいいだろ。俺たちがどんな生活してると思ってんだ」
一度狩りに出ると寝食がまともに摂れないハンターにラファエルの質問は愚問だった。そんなことはラファエル自身も分かりきっているのだが、今回ばかりには聞かずにいられなかった。なぜなら。
「生魚食べるらしいよ、ヒノデの国」
アルフレッドの目がくっと開かれた。
そうこの国、というかこの世界では基本的に料理には必ず火が通っている。生食はまずしないのだ。そもそも野菜や果物以外の食材を生で食べるという発想が無く、料理とは全て火が通って調理されているものを指すと思っているし、実際そうでない物をラファエルは見たことがなかった。
けれどラファエルの認識が間違いなければこれから向かうヒノデの国は間違いなく食への探求が凄まじい場所だということが予想される。そしてラファエルの想像通りヒノデの国が日本と似ているのなら、生で食べるのはきっと魚だけではないはずだ。
「……それは、体には問題ねえのか…?」
「その国の人達はそれが当たり前だから大丈夫じゃないかな…?」
「…一応干し肉持っていくか」
もちろん主食が生魚ではないだろうことはラファエルにも予想が出来ている。だがそれをここで伝えるわけにはいかない。それに確証も得られていないのだから、もしかしたら自分の予想とは大きく外れる生活習慣が見られるかもしれない。
けれどもし、自分の予想通りの街並みや生活が行われているのだとしたら。
ラファエルの中に期待と不安が入り混じった考えが浮かぶ。
──自分以外にも前の記憶を持った人がいるかもしれない。
浮かんだ考えの答えは誰も教えてくれない。だから、その答えを探しにいく。
「そうしよう。でもどんなところなのか楽しみだね、アルフ」
「そうだな。珍しい魔物がいたら記録とかしとくか」
「お、いいね」
話がまとまると二人はテーブルを雑に片付けて貴重品だけを持って立ち上がる。もちろんラファエルは全身を隠す不審者スタイルだがアルフレッドは日本でいうジーパンにTシャツに似たラフさで部屋の扉を開ける。これから預けていた武器を回収し、明日に向けての英気を養いに行くのだ。
その日の晩は二人ともしっかりと睡眠を取り、翌日清々しい表情で宿屋を出ることになるのだがその際女将から生暖かい目で見られたし、初日あれだけ騒いでいた宿娘達が誰も別れの挨拶に来ないのを不思議に思っていたらアルフレッドに「行くぞ」と声を掛けられてそのまま腰を抱かれるように外へと向かった。
「三日間お世話になりました!またこの街に来たら寄りますねー!」
「お待ちしております。いってらっしゃいませ」
△▼△
二人の背が見えなくなるまで見送って女将は息を吐くがその口元には笑みが乗っていた。そして後ろを振り返ると何やら悔しげな顔をした宿屋自慢の看板娘達がいて呆れたように首を振り、気付けをするがごとく肉付きのいい手のひらを二回叩く。
「なんだいあんた達だらしないねえ!さあシャキッとしな!今日もお客様はたくさんいらっしゃるんだからね!」
「わかってるけど女将さんアタシ悔しい!」
「私もよ!」
ここは宿娘が器量良し揃いだと評判の宿屋でもあったし、それを目当てに来る客がほとんどだと言ってもいい。それなのに、と宿娘の中でも一際派手な娘が二人が出ていった扉を指さした。
「私達があんな怪しいヤツに負けただなんて…!」
この宿屋の娘達はとても強かだった。否、宿屋ならずこの国の女性はとても強かだ。自分の好みの人を見つければ積極的にアピールしていく強かさがあった。だからA級ハンターで美丈夫なアルフレッドに狙いを定めるのは当然で、彼女達はラファエルの知らない間に猛攻を繰り広げていたわけだが全てが暖簾に腕押し糠に釘。全く相手にされないのに夜に部屋の前を通れば高確率で情事の音がする。
誰も抜け駆けをしておらず、更には誰かを連れ込んだ形跡もないと来たら残るのはあの全身を覆い隠した怪しい人物だけ。声を聞く限り男のような気もするが、線の細さは背の高い女性といっても通じる。
顔もわからない人に負けたのかと娘達は悔しさに地団駄を踏みそうになるも女将はまた一つため息を吐いた。
「あんた達まだまだ若いねえ…」
女将の声に娘達が目をキョトンと丸くしている。
「あの服はね、」
続いた言葉に娘達の反応は様々だが、数秒経てば皆同じような顔をした。
「…それは、なんか嫌かも」
「…でも自分に向けられてないなら、ねえ…?」
「…うん、それならそれで…」
彼女達が小さな声でボソボソと呟き、やがて再び二人が出ていった扉を見る。その表情は女将やマルルゥと同じ、うっすらと笑みを浮かべた生暖かいものだった。
「船は問題なく出そうだね」
「ああ、天気が崩れる心配もないって船乗りが言ってたな」
「よし。金も問題無いし、武器は今日返ってくるし、必要なものも揃ってるし僕達の方も問題ないかな」
「通貨はこっちと同じなのか、ヒノデの国は」
テーブルに広がった地図の東の方角にある島が赤い丸で囲われていた。そこは二人が次の旅の目的地と決めたヒノデの国で、二人は今出発にあたっての最終確認を行っていた。
ヒノデの国というのはラファエルの認識からすると数百年前の日本のようなイメージだった。なぜかというとその国からの特産だという品々はとても和風で、中には着物まであった。更には数年前まで鎖国していたというのだから「日本みたいだ」という認識はより強くなり、今回遂に行くことを決意したのだ。
今まで行かなかったのは単純にタイミングが合わなかったというのが最もたる理由だ。ヒノデの国へ行くための船はこの街からしか出ておらず、しかも定期便があるというわけでもなければその旅費も結構馬鹿にならない。その上ヒノデの国には最近まで鎖国していたこともありギルドがあるかどうかもわからず、滞在中は最悪稼ぎがなくなることになる。
普段から贅沢はしない二人だが、それでも万が一長期滞在となった場合を考えると迂闊に行けるような場所ではなかったのだが、つい先日二人はA級の魔物を討伐した。討伐した報奨金にプラスして素材も売り捌いた甲斐があってまとまった金が手に入ったことが二人の、否ラファエルの背中を押した。
「そこは問題ないっぽいよ。確かに独自通貨らしいんだけどね。商売やってる人と話したけど、ヒノデの国の人達も流通ができるようになってこっちの通貨の需要が高まってるらしいし。言葉は僕達と同じだから最初に必要な分だけ換金したら良いらしいよ」
「そうか。じゃあ案外なんとかなりそうだな」
旅をはじめた頃、こういった調べ物は全てアルフレッドの役目だった。それはラファエルがどれだけ活発で腕が立つようになったとしても彼は貴族で、そんな役割をさせるべきではないとアルフレッドがいつでもかってでていた。それにラファエルは人との距離感を測るのが苦手でつい近くなり過ぎる。旅をはじめた当初はそのせいでどれだけの渡らなくていい危ない橋を渡ったか知れない。
だが旅も二年経つと人とは成長するもので今では調べ物や値切り交渉だってお手の物だ。距離感さえ測り間違えることがなければどれだけ怪しい見た目をしていてもラファエルは人懐っこく、善人には好かれた。今ではラファエルが訪れると孫子供を愛でるように大量の野菜や特産品を渡してくる老人が国中の至るところにいたりする。
「うん。あ、でも食事が合わない可能性もあるから干し肉くらい持っていっとく?」
ラファエルの言葉にアルフレッドが一瞬何を言われたかわからない、というような顔をした。その顔も瞬きの間にはいつものキリッとした顔に戻っていたがその口調は呆れ気味だ。
「…飯は食えればそれでいいだろ。俺たちがどんな生活してると思ってんだ」
一度狩りに出ると寝食がまともに摂れないハンターにラファエルの質問は愚問だった。そんなことはラファエル自身も分かりきっているのだが、今回ばかりには聞かずにいられなかった。なぜなら。
「生魚食べるらしいよ、ヒノデの国」
アルフレッドの目がくっと開かれた。
そうこの国、というかこの世界では基本的に料理には必ず火が通っている。生食はまずしないのだ。そもそも野菜や果物以外の食材を生で食べるという発想が無く、料理とは全て火が通って調理されているものを指すと思っているし、実際そうでない物をラファエルは見たことがなかった。
けれどラファエルの認識が間違いなければこれから向かうヒノデの国は間違いなく食への探求が凄まじい場所だということが予想される。そしてラファエルの想像通りヒノデの国が日本と似ているのなら、生で食べるのはきっと魚だけではないはずだ。
「……それは、体には問題ねえのか…?」
「その国の人達はそれが当たり前だから大丈夫じゃないかな…?」
「…一応干し肉持っていくか」
もちろん主食が生魚ではないだろうことはラファエルにも予想が出来ている。だがそれをここで伝えるわけにはいかない。それに確証も得られていないのだから、もしかしたら自分の予想とは大きく外れる生活習慣が見られるかもしれない。
けれどもし、自分の予想通りの街並みや生活が行われているのだとしたら。
ラファエルの中に期待と不安が入り混じった考えが浮かぶ。
──自分以外にも前の記憶を持った人がいるかもしれない。
浮かんだ考えの答えは誰も教えてくれない。だから、その答えを探しにいく。
「そうしよう。でもどんなところなのか楽しみだね、アルフ」
「そうだな。珍しい魔物がいたら記録とかしとくか」
「お、いいね」
話がまとまると二人はテーブルを雑に片付けて貴重品だけを持って立ち上がる。もちろんラファエルは全身を隠す不審者スタイルだがアルフレッドは日本でいうジーパンにTシャツに似たラフさで部屋の扉を開ける。これから預けていた武器を回収し、明日に向けての英気を養いに行くのだ。
その日の晩は二人ともしっかりと睡眠を取り、翌日清々しい表情で宿屋を出ることになるのだがその際女将から生暖かい目で見られたし、初日あれだけ騒いでいた宿娘達が誰も別れの挨拶に来ないのを不思議に思っていたらアルフレッドに「行くぞ」と声を掛けられてそのまま腰を抱かれるように外へと向かった。
「三日間お世話になりました!またこの街に来たら寄りますねー!」
「お待ちしております。いってらっしゃいませ」
△▼△
二人の背が見えなくなるまで見送って女将は息を吐くがその口元には笑みが乗っていた。そして後ろを振り返ると何やら悔しげな顔をした宿屋自慢の看板娘達がいて呆れたように首を振り、気付けをするがごとく肉付きのいい手のひらを二回叩く。
「なんだいあんた達だらしないねえ!さあシャキッとしな!今日もお客様はたくさんいらっしゃるんだからね!」
「わかってるけど女将さんアタシ悔しい!」
「私もよ!」
ここは宿娘が器量良し揃いだと評判の宿屋でもあったし、それを目当てに来る客がほとんどだと言ってもいい。それなのに、と宿娘の中でも一際派手な娘が二人が出ていった扉を指さした。
「私達があんな怪しいヤツに負けただなんて…!」
この宿屋の娘達はとても強かだった。否、宿屋ならずこの国の女性はとても強かだ。自分の好みの人を見つければ積極的にアピールしていく強かさがあった。だからA級ハンターで美丈夫なアルフレッドに狙いを定めるのは当然で、彼女達はラファエルの知らない間に猛攻を繰り広げていたわけだが全てが暖簾に腕押し糠に釘。全く相手にされないのに夜に部屋の前を通れば高確率で情事の音がする。
誰も抜け駆けをしておらず、更には誰かを連れ込んだ形跡もないと来たら残るのはあの全身を覆い隠した怪しい人物だけ。声を聞く限り男のような気もするが、線の細さは背の高い女性といっても通じる。
顔もわからない人に負けたのかと娘達は悔しさに地団駄を踏みそうになるも女将はまた一つため息を吐いた。
「あんた達まだまだ若いねえ…」
女将の声に娘達が目をキョトンと丸くしている。
「あの服はね、」
続いた言葉に娘達の反応は様々だが、数秒経てば皆同じような顔をした。
「…それは、なんか嫌かも」
「…でも自分に向けられてないなら、ねえ…?」
「…うん、それならそれで…」
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