【完結】元つく二人の珍道中!〜(元)魔王と聖女の全国行脚美食旅〜

白(しろ)

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第二章 西の国の花の祭り編

恐怖と嬉しさ

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「……」

 振り向いた先にいたのはリヴィウス一人だった。てぷは、と問おうとしてもリヴィウスの赤い目がステラを射抜いていて目を逸らすことも、声を上げることも出来なかった。……リヴィウスの表情は、怒ってはいないように思う。
 けれどそれ以外はわからない。今のステラには余計に。
 目の前でリヴィウスの同胞を殺めてしまった。彼は魔族の王であった人だ。いくら他に興味がないといっても、同胞を目の前で殺されて心穏やかな生き物なんてこの世に存在するはずがない。
 先程までの圧倒的な力を前にしても感じなかった恐怖が、じわじわと足元から這い寄ってくるのがわかった。恐怖と後悔とが半々、否そこには不安が大きく混ざっているようにも思う。

(……ああ、私は怖いのか)

 この感情の理由を、ステラは自分でも驚くほど簡単に理解することが出来た。
 嫌われたくなかったのだ、彼に。魔王でも魔族でもなくなった、けれども人間と手放しでは言えないようなその人に、ステラは嫌われたくない。けれどたった今、リヴィウスの目の前で同胞を亡き者にしてしまったステラを、果たしてリヴィウスはどう思うだろうか。
 けれどステラの口からは許しを乞うような言葉は出なかった。出すべきではないと思った。なぜならステラは自身に過失はないと思っているから。だから謝るようなことはできないし、するべきではない。
 だけど今、ステラは次に掛けられる言葉に確かに恐怖していた。

「……、」

 さく、と土を踏む音がした。
 リヴィウスが一歩、また一歩と近付いてくる。感情のわからない顔で距離を詰めて、そして見上げなければならない程の距離にまで近付いた。
 それでもリヴィウスは何も言わない。ただ綺麗に澄んだ目でステラを見下ろしている。

「……リヴィ?」

 その沈黙に耐えきれず、ステラがリヴィウスの名前を舌に乗せたと同時にまた距離が縮まった。

「リ、リヴィっ?」

 リヴィウスの腕が、体温が、ステラの全身に触れている。驚いて見上げようとしても後頭部を大きな手に包まれて顔が胸元に押し付けられた。背中、というよりも体に回った逞しい腕に力が入って苦しいくらいに抱き締められて、いよいよステラは困惑するのだが、ふと聞こえた音にぴたりと動きを止める。
 ドクドクと、確かに動いている心臓の音が聞こえる。
 それに体温も高い気がする。

「…リヴィ」

 もう一度名前を呼ぶと、ほんの少しだけ腕の力が緩まる。それでようやく顔を上げられるようになると、見上げた先にあった表情にステラはゆっくりと目を見開いた。
 息が少し上がっている。体温が高いのは、心臓の音が早いのは、急いでくれていたからだ。眉間に深く皺が寄り、よく見れば赤い宝石の瞳が不安気に揺れているのは、ステラの思い過ごしでなければ彼がステラを心配してくれていたからだ。

「……心配、してくれたんですか…?」

 その思い過ごしを声に出すとまた後頭部に添えられた手に力が入って胸元に顔を埋めさせられた。

「……心配というのがどういう感情かわからないが」

 吐息が髪に触れる。

「お前が落ちたとわかった時も、今も、ずっと不愉快だ」
「不愉快…?」
「俺の目の届く範囲にいろ。お前がいないと落ち着かない」

 絞り出すような声で紡がれた言葉にステラはぱちりと瞬きをした。そして、感じていた恐怖が驚くほど簡単に溶けていくのを感じる。その代わり湧いてくるのはふわふわとした砂糖のような甘さの嬉しさだった。

「…不愉快ですか」
「千年生きてきた中でも上位に入るほど不愉快だ」

 苦々しく告げられた言葉と眉間に深く刻まれた皺が説得力を増す。その顔を見ながらステラはほとんど無意識に呟いた。

「……私は、今あなたの同胞を手に掛けました。それは」

 リヴィにとって不愉快ではないのか、と続けようとした言葉はリヴィウスの心底意味が分からないという表情の前に声にならずステラの中に消えていく。

「…ああ、いたな。そういえば」

 一拍の間のあと、なんて事の無いように告げられた言葉にステラは目を瞬かせた。認識すら、されていなかったのだろうか? モンスターとも冒険者とも違う、あれだけわかりやすい瘴気と魔力を発していたのに、殺気すら向けていたのに、リヴィウスにはあれが何かすらわかっていなかったというのだろうか。
 そんなステラの困惑の理由に思い至ったのかリヴィウスが短く息を吐いた。

「どうでもいい。同胞が生きようが死のうが、そこに存在しようがしまいが俺には心底興味がない。もう俺たちは負けたからな」

 きっとこの言葉にはそれ以外の意味は含まれていない。額面通り受け取ってもいい言葉だと、ステラは思う。けれどどこか釈然としないのは、やはりステラが人間だからなんだろうなと、そう思った。
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