105 / 105
番外編
明日はどんな一日になるだろう
しおりを挟む
この世界に魔王として出現したその瞬間から、彼には己が辿る運命が視えていた。
ただはっきりとしているものではない。断片的なもので、例えるなら物語のようだった。事細かに描かれている訳ではなく、流れを追うように視えるその未来は出現したばかりの魔王にとっては煩わしいものでしかなかった。
だから始めの二百年はその物語に反発するように自らが先頭に立って人間を蹂躙するよう魔族たちに命令を下した。そうして人間が滅べば、物語が嘘であるという証明になるからだ。
けれどその二百年の間、幾度となく人間を窮地に追い込んだのに滅ぼすことは出来なかった。理由は簡単で、魔族にとって人間は食糧で無くなると困るからだ。
そうなるとわかっていたから魔王は人間が魔族の支配下でも繁殖出来るような策を練ったが、その計画は全て無駄に終わった。大半の魔族は知能が低いからだ。
そんなことが二百年以上続いたある日のことだ、魔王の目の前にちんちくりんなドラゴンが現れたのだ。
『お前とトモダチになりに来たんだぞ!』
あまりに短い前足を腰に当て、ふんぞりかえりながら言い切るこのドラゴンを魔王は知っていた。断片的な物語の中に出て来る登場人物の一人だ。
闇の精霊。それが目の前に現れたことで、魔王は痛感した。頭の中にしか存在しないと思っていた馬鹿らしい物語は現実に起こり得ることなのだと。足掻いても無駄なのだと思い知った。
それから魔王は人間を蹂躙するのをやめた。やめたところで文句を言う存在なんていやしない。それぞれが勝手に人間を殺し、惑わし、世界を混乱に陥れていく。もう好きにしてくれと魔王は思った。有り体に言えば、魔王はもう生きることにも闘うことにも飽きてきたのだ。
頭の中の物語が魔王が栄華を極める終わりならばもっと違っていたかもしれない。けれどこの物語の終わりは魔王の死だ。
死ぬために残りの数百年を生きねばならない空虚が魔王を襲い、無気力を加速させた。けれどそんな魔王の前に闇の精霊がひょこりと現れるのだ。
『お前はいっつもつまらなさそうな顔をしてるんだぞ』
「……貴様は気の抜けた顔だな」
『何だと! ボクはお前よりずっとずーっと年上なんだぞ! すごくすごいんだぞ!』
目を吊り上げてキャンキャンと吠える小さな存在を魔王は最初こそ煩わしく思っていた。けれど月日が経つにつれてその存在が当たり前になっていった。
「お前はどうして俺の元に来た。精霊は魔族を嫌うだろう」
『お前が独りぼっちだったからだぞ』
「……なに」
『濃い闇の魔力を辿って来たら、お前が寂しそうにしてたからトモダチになりに来たんだぞ。ふふん、どうだ。ボクがいるからもう寂しくないんだぞ』
魔王はす、と闇の精霊を吹き飛ばした。怒り心頭で戻ってきた闇の精霊との喧嘩はしょっちゅうで、でもその時間が魔王の退屈な時間を埋めたのは確かだった。そんな時間がどれ程過ぎただろうか、気が付けば出現して九百年以上の時が過ぎていた。
そんな時、ふと一つの気配を感じた。それは闇の精霊ではなく、目の奥を灼くような鮮烈な、だがそれでいて優しい光。頭の中の物語がパラパラと捲れて、そしてある場面で止まる。その場面と、時の流れを考えて魔王は目を細めた。
「……お前は勇者と聖女という存在を知っているのか」
『それがどうしたんだぞ?』
「生まれたぞ、どちらも」
闇の精霊の表情がわかりやすく強張った。それの意味するところを魔王だけは知っている。勇者が生まれるということは魔王を討伐しに来るということ。そしてそれには精霊の加護が必須条件だ。
「お前が勇者たちに加護を与えたとしても恨まないから安心しろ」
こんな軽口が言えるのも、魔王が未来を知っているからだ。
『……何でそんなこと言うんだぞ』
精霊の表情が翳った。
「何となくだ」
魔王は知っている。闇の精霊が勇者たちに加護を与えないということを。その結果勇者たちは窮地に陥るが、結果は魔王が倒されて終わるのだ。勇者たちの絆の前に散る、そんな楽しくも何ともない終わり方だ。
だが魔王はその終わりが待ち遠しくもあった。
闇の精霊に出会えたとはいえ、空虚な千年だったと思う。勇者たちに殺される為の千年を生き続けねばならないのはとても退屈で虚しかった。それが終わるのであればこんな喜ばしいことはないと思っていたのに、やっと終われたと思ったのに、馬鹿げたことが起きた。
『起きたのかお前―――!』
───
あの訳のわからない出来事から二年の月日が経とうとしていた。辺鄙な場所に建った家の庭に設置された椅子にリヴィウスが座り、テーブルにてぷが立っている。
『リヴィ、ステラと暮らすのは楽しいんだぞ?』
頻度は減ったけれど数百年前と変わらずリヴィウスの側にはてぷがいて、今ではステラという存在も出来た。
「悪くはない」
『そこは素直に楽しいって言うんだぞ。全くお前は相変わらず素直じゃないんだぞ』
やれやれと首を横に振る小さく、そしてここ数年で丸さに磨きが掛かった身体を見てリヴィウスは眉間に皺を寄せた。
一度勇者に殺され、聖女によって生き返ったリヴィウスにはもう未来は視えていない。これから先起こることがわからないというのは存外不便なのだなと、最近になってようやく思えるようになったがリヴィウスは今が気に入っていた。
何が起こるかわからない毎日は意外にも楽しい。三人で旅をしていた時はステラが攫われる度に未来視があればと思わないでもなかったが、そんなイレギュラーさえなければこの毎日は魔王であった頃とは比べ物にならないほど彩りに溢れている。
風に吹かれて揺れる木々も、そこらに咲いている花も、地面の色でさえ鮮やかに見えるのだ。
「リヴィ、てぷ様、そろそろご飯が出来るので手を洗って来てください」
家の窓から顔を出したステラの声に振り返る。途端にもう一段階世界の彩りが鮮やかになる。ステラの周りだけ発光しているように見えて、思わずリヴィウスは目を細めた。
『わかったぞー!』
はしゃぐてぷの声にステラが微笑んだ。深く豊かな青い目に柔らかな光が宿ったのを見て、リヴィウスの心臓あたりに柔らかなものが広がっていく。ステラの笑顔を見るといつもこうだ。
『? リヴィ、手を洗いに行くんだぞ』
ステラが調理の為に家に戻ると世界の彩度が元に戻る。不思議だ。やはり元とはいえど聖女だけあって光の魔力が漏れ出ているのだろうか。否、魔力なら自分が気が付かない筈がない。ということはやはりステラ自身が発光しているのだろうか、とまで考えてリヴィウスは首を傾げているてぷを見た。
「ステラはどうして発光しているんだ?」
『………はあ?』
見たことのない表情と、聞いたことのない声でてぷがリヴィウスを見た。
『別に光ってないんだぞ。魔力だって漏れてないし』
「? じゃあどうしてあんなに輝いている」
『…………』
てぷの表情が複雑なものに変わる。短い前足で腕組みもどきをして、何かを必死に考えている様子だった。それから待つこと数秒、てぷが信じられないとでも言うような顔でリヴィウスを見た。
『お前たちまだ番ってないんだぞ⁉︎』
「はあ?」
今度はリヴィウスが怪訝な顔をする番である。
「番っているが」
『はあ?』
「なんだ」
『ステラもそう言ってるんだぞ? でもステラなら番ったら絶対にボクに教えてくれる筈だから、言われてないってことはお前たちまだ番じゃないんだぞ』
「一緒に生きると誓ったぞ」
『んええ……? ……でも一回確かめてみるといいんだぞ。そしてら多分、ステラが教えてくれるんだぞ。多分』
そんなてぷの助言もあり、翌日ステラに確認をしたリヴィウスは驚くことになる。自分と人間の感覚の違いに戸惑いはあるが、ふと理解出来るところもあった。
人間の一生は魔族として生きてきたリヴィウスにとってはあまりに短い。だからこそ言葉を尽くし、形に残すのだろう。それが納得という形で理解できたのはつい先ほどだ。
リヴィウスは月明かりに照らされながら眠るステラを見つめて目を細めた。
魔王城で出会った時よりも随分と短くなった髪を片手で撫でながらその手で滑らかな頬に触れる。散々抱き潰してしまったせいかまるで起きる気配は無いものの、目尻を震わせる様を見て思わず口角が上がる。
「……愛らしいな」
そう声に出すとその言葉が納得として自分の中に降り積もっていく。とは言っても愛だの恋だの、リヴィウスにはよくわからない。
ただ自分の腕の中で眠るこの存在だけは優しくしてやりたいと思う。それが愛なのだと諭されたらきっとリヴィウスは素直に首を縦に振るだろう。それほどまでにこの胸を満たす柔らかな温もりは魔王であった自分を溶かしていく。
──リヴィウスは最期己がどう死ぬのかわかっていた。
だからステラが自分の前に立ち塞がることも、身を挺して魔王を殺すこともわかっていた。けれど正直、あの時はステラのことはよく見ていなかった。精々「死にたがりの聖女か」くらいの認識だった。
それなのにあの黄金の光に包まれている姿から始まり蘇生されたリヴィウスの前に現れた姿だったり、殺戮を繰り返して来た魔王に「誰も手に掛けて欲しくない」と願う姿だったり、そんな姿が一々リヴィウスの心を動かした。
気が付けば、手放させない存在になっていた。
「……とんでもない聖女だな、お前は」
魔王である自分に名前を付け、人間と同じような食事を与え、感情を教えた。何を取り上げてもとんでもない。思い返すだけで笑ってしまいそうだが、ステラの睡眠を最優先して何とか堪えた。
かつての敵の腕の中で無防備に眠る姿を見つめてリヴィウスは目を細めた。
生を楽しいと思ったことなんて一度もなかった。早く終われとすら思っていた。
けれど今は一分一秒でも長くこの腕の中の存在と共に生きたいと思う。そんな自分自身の変化がとても信じられないと思うが、これが真実だ。
ステラの額に掛かる髪をそっと指で払って額に口付ける。起こさないように慎重に抱き締めて、心地の良い温もりに目を閉じた。
明日はどんな一日になるだろう。
そんなふうに思えるのをどこか可笑しく思いながら、リヴィウスも眠りへと落ちていった。
ただはっきりとしているものではない。断片的なもので、例えるなら物語のようだった。事細かに描かれている訳ではなく、流れを追うように視えるその未来は出現したばかりの魔王にとっては煩わしいものでしかなかった。
だから始めの二百年はその物語に反発するように自らが先頭に立って人間を蹂躙するよう魔族たちに命令を下した。そうして人間が滅べば、物語が嘘であるという証明になるからだ。
けれどその二百年の間、幾度となく人間を窮地に追い込んだのに滅ぼすことは出来なかった。理由は簡単で、魔族にとって人間は食糧で無くなると困るからだ。
そうなるとわかっていたから魔王は人間が魔族の支配下でも繁殖出来るような策を練ったが、その計画は全て無駄に終わった。大半の魔族は知能が低いからだ。
そんなことが二百年以上続いたある日のことだ、魔王の目の前にちんちくりんなドラゴンが現れたのだ。
『お前とトモダチになりに来たんだぞ!』
あまりに短い前足を腰に当て、ふんぞりかえりながら言い切るこのドラゴンを魔王は知っていた。断片的な物語の中に出て来る登場人物の一人だ。
闇の精霊。それが目の前に現れたことで、魔王は痛感した。頭の中にしか存在しないと思っていた馬鹿らしい物語は現実に起こり得ることなのだと。足掻いても無駄なのだと思い知った。
それから魔王は人間を蹂躙するのをやめた。やめたところで文句を言う存在なんていやしない。それぞれが勝手に人間を殺し、惑わし、世界を混乱に陥れていく。もう好きにしてくれと魔王は思った。有り体に言えば、魔王はもう生きることにも闘うことにも飽きてきたのだ。
頭の中の物語が魔王が栄華を極める終わりならばもっと違っていたかもしれない。けれどこの物語の終わりは魔王の死だ。
死ぬために残りの数百年を生きねばならない空虚が魔王を襲い、無気力を加速させた。けれどそんな魔王の前に闇の精霊がひょこりと現れるのだ。
『お前はいっつもつまらなさそうな顔をしてるんだぞ』
「……貴様は気の抜けた顔だな」
『何だと! ボクはお前よりずっとずーっと年上なんだぞ! すごくすごいんだぞ!』
目を吊り上げてキャンキャンと吠える小さな存在を魔王は最初こそ煩わしく思っていた。けれど月日が経つにつれてその存在が当たり前になっていった。
「お前はどうして俺の元に来た。精霊は魔族を嫌うだろう」
『お前が独りぼっちだったからだぞ』
「……なに」
『濃い闇の魔力を辿って来たら、お前が寂しそうにしてたからトモダチになりに来たんだぞ。ふふん、どうだ。ボクがいるからもう寂しくないんだぞ』
魔王はす、と闇の精霊を吹き飛ばした。怒り心頭で戻ってきた闇の精霊との喧嘩はしょっちゅうで、でもその時間が魔王の退屈な時間を埋めたのは確かだった。そんな時間がどれ程過ぎただろうか、気が付けば出現して九百年以上の時が過ぎていた。
そんな時、ふと一つの気配を感じた。それは闇の精霊ではなく、目の奥を灼くような鮮烈な、だがそれでいて優しい光。頭の中の物語がパラパラと捲れて、そしてある場面で止まる。その場面と、時の流れを考えて魔王は目を細めた。
「……お前は勇者と聖女という存在を知っているのか」
『それがどうしたんだぞ?』
「生まれたぞ、どちらも」
闇の精霊の表情がわかりやすく強張った。それの意味するところを魔王だけは知っている。勇者が生まれるということは魔王を討伐しに来るということ。そしてそれには精霊の加護が必須条件だ。
「お前が勇者たちに加護を与えたとしても恨まないから安心しろ」
こんな軽口が言えるのも、魔王が未来を知っているからだ。
『……何でそんなこと言うんだぞ』
精霊の表情が翳った。
「何となくだ」
魔王は知っている。闇の精霊が勇者たちに加護を与えないということを。その結果勇者たちは窮地に陥るが、結果は魔王が倒されて終わるのだ。勇者たちの絆の前に散る、そんな楽しくも何ともない終わり方だ。
だが魔王はその終わりが待ち遠しくもあった。
闇の精霊に出会えたとはいえ、空虚な千年だったと思う。勇者たちに殺される為の千年を生き続けねばならないのはとても退屈で虚しかった。それが終わるのであればこんな喜ばしいことはないと思っていたのに、やっと終われたと思ったのに、馬鹿げたことが起きた。
『起きたのかお前―――!』
───
あの訳のわからない出来事から二年の月日が経とうとしていた。辺鄙な場所に建った家の庭に設置された椅子にリヴィウスが座り、テーブルにてぷが立っている。
『リヴィ、ステラと暮らすのは楽しいんだぞ?』
頻度は減ったけれど数百年前と変わらずリヴィウスの側にはてぷがいて、今ではステラという存在も出来た。
「悪くはない」
『そこは素直に楽しいって言うんだぞ。全くお前は相変わらず素直じゃないんだぞ』
やれやれと首を横に振る小さく、そしてここ数年で丸さに磨きが掛かった身体を見てリヴィウスは眉間に皺を寄せた。
一度勇者に殺され、聖女によって生き返ったリヴィウスにはもう未来は視えていない。これから先起こることがわからないというのは存外不便なのだなと、最近になってようやく思えるようになったがリヴィウスは今が気に入っていた。
何が起こるかわからない毎日は意外にも楽しい。三人で旅をしていた時はステラが攫われる度に未来視があればと思わないでもなかったが、そんなイレギュラーさえなければこの毎日は魔王であった頃とは比べ物にならないほど彩りに溢れている。
風に吹かれて揺れる木々も、そこらに咲いている花も、地面の色でさえ鮮やかに見えるのだ。
「リヴィ、てぷ様、そろそろご飯が出来るので手を洗って来てください」
家の窓から顔を出したステラの声に振り返る。途端にもう一段階世界の彩りが鮮やかになる。ステラの周りだけ発光しているように見えて、思わずリヴィウスは目を細めた。
『わかったぞー!』
はしゃぐてぷの声にステラが微笑んだ。深く豊かな青い目に柔らかな光が宿ったのを見て、リヴィウスの心臓あたりに柔らかなものが広がっていく。ステラの笑顔を見るといつもこうだ。
『? リヴィ、手を洗いに行くんだぞ』
ステラが調理の為に家に戻ると世界の彩度が元に戻る。不思議だ。やはり元とはいえど聖女だけあって光の魔力が漏れ出ているのだろうか。否、魔力なら自分が気が付かない筈がない。ということはやはりステラ自身が発光しているのだろうか、とまで考えてリヴィウスは首を傾げているてぷを見た。
「ステラはどうして発光しているんだ?」
『………はあ?』
見たことのない表情と、聞いたことのない声でてぷがリヴィウスを見た。
『別に光ってないんだぞ。魔力だって漏れてないし』
「? じゃあどうしてあんなに輝いている」
『…………』
てぷの表情が複雑なものに変わる。短い前足で腕組みもどきをして、何かを必死に考えている様子だった。それから待つこと数秒、てぷが信じられないとでも言うような顔でリヴィウスを見た。
『お前たちまだ番ってないんだぞ⁉︎』
「はあ?」
今度はリヴィウスが怪訝な顔をする番である。
「番っているが」
『はあ?』
「なんだ」
『ステラもそう言ってるんだぞ? でもステラなら番ったら絶対にボクに教えてくれる筈だから、言われてないってことはお前たちまだ番じゃないんだぞ』
「一緒に生きると誓ったぞ」
『んええ……? ……でも一回確かめてみるといいんだぞ。そしてら多分、ステラが教えてくれるんだぞ。多分』
そんなてぷの助言もあり、翌日ステラに確認をしたリヴィウスは驚くことになる。自分と人間の感覚の違いに戸惑いはあるが、ふと理解出来るところもあった。
人間の一生は魔族として生きてきたリヴィウスにとってはあまりに短い。だからこそ言葉を尽くし、形に残すのだろう。それが納得という形で理解できたのはつい先ほどだ。
リヴィウスは月明かりに照らされながら眠るステラを見つめて目を細めた。
魔王城で出会った時よりも随分と短くなった髪を片手で撫でながらその手で滑らかな頬に触れる。散々抱き潰してしまったせいかまるで起きる気配は無いものの、目尻を震わせる様を見て思わず口角が上がる。
「……愛らしいな」
そう声に出すとその言葉が納得として自分の中に降り積もっていく。とは言っても愛だの恋だの、リヴィウスにはよくわからない。
ただ自分の腕の中で眠るこの存在だけは優しくしてやりたいと思う。それが愛なのだと諭されたらきっとリヴィウスは素直に首を縦に振るだろう。それほどまでにこの胸を満たす柔らかな温もりは魔王であった自分を溶かしていく。
──リヴィウスは最期己がどう死ぬのかわかっていた。
だからステラが自分の前に立ち塞がることも、身を挺して魔王を殺すこともわかっていた。けれど正直、あの時はステラのことはよく見ていなかった。精々「死にたがりの聖女か」くらいの認識だった。
それなのにあの黄金の光に包まれている姿から始まり蘇生されたリヴィウスの前に現れた姿だったり、殺戮を繰り返して来た魔王に「誰も手に掛けて欲しくない」と願う姿だったり、そんな姿が一々リヴィウスの心を動かした。
気が付けば、手放させない存在になっていた。
「……とんでもない聖女だな、お前は」
魔王である自分に名前を付け、人間と同じような食事を与え、感情を教えた。何を取り上げてもとんでもない。思い返すだけで笑ってしまいそうだが、ステラの睡眠を最優先して何とか堪えた。
かつての敵の腕の中で無防備に眠る姿を見つめてリヴィウスは目を細めた。
生を楽しいと思ったことなんて一度もなかった。早く終われとすら思っていた。
けれど今は一分一秒でも長くこの腕の中の存在と共に生きたいと思う。そんな自分自身の変化がとても信じられないと思うが、これが真実だ。
ステラの額に掛かる髪をそっと指で払って額に口付ける。起こさないように慎重に抱き締めて、心地の良い温もりに目を閉じた。
明日はどんな一日になるだろう。
そんなふうに思えるのをどこか可笑しく思いながら、リヴィウスも眠りへと落ちていった。
343
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(9件)
あなたにおすすめの小説
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
劣等生の俺を、未来から来た学院一の優等生が「婚約者だ」と宣言し溺愛してくる
水凪しおん
BL
魔力制御ができず、常に暴発させては「劣等生」と蔑まれるアキト。彼の唯一の取り柄は、自分でも気づいていない規格外の魔力量だけだった。孤独と無力感に苛まれる日々のなか、彼の前に一人の男が現れる。学院一の秀才にして、全生徒の憧れの的であるカイだ。カイは衆目の前でアキトを「婚約者」だと宣言し、強引な同居生活を始める。
「君のすべては、俺が管理する」
戸惑いながらも、カイによる徹底的な管理生活の中で、アキトは自身の力が正しく使われる喜びと、誰かに必要とされる温かさを知っていく。しかし、なぜカイは自分にそこまで尽くすのか。彼の過保護な愛情の裏には、未来の世界の崩壊と、アキトを救えなかったという、痛切な後悔が隠されていた。
これは、絶望の運命に抗うため、未来から来た青年と、彼に愛されることで真の力に目覚める少年の、時を超えた愛と再生の物語。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
高貴なる生徒会長は、今日も副会長を慈しむ ~学園の貴公子と没落貴族のすれ違い救済ライフ~
夕凪ゆな
BL
「来週の木曜日、少しだけ僕に時間をくれないか」
学園の太陽と慕われるセオドリックは、副会長レイモンドに告げた。
というのも、来たる木曜日はレイモンドの誕生日。セオドリックは、密かに、彼を祝うサプライズを画策していたのだ。
しかし、レイモンドはあっさりと断る。
「……木曜は、予定がある」
レイモンドをどうしても祝いたいセオドリックと、独りで過ごしたいレイモンド。
果たして、セオドリックのサプライズは成功するのか――?
【オムニバス形式の作品です】
※小説家になろう、エブリスタでも連載中
※全28話完結済み
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
T_Tectorum様
初めまして、素敵な感想をありがとうございます!
ガチムチおねえさまはできる限り全作品で出そうという謎のこだわりを持って作品に取り組んでいるのでそう言っていただけてとても嬉しいです!
二人の愛が育まれていく過程にも素敵なコメントをありがとうございますー!
これからも何かしら書いていきますので、またご縁がありましたら読んでいただけますと幸いです!
この度は本当にありがとうございました!
にんじん様!長編2作品とも読破していただき本当にありがとうございます〜!
深夜までありがとうございます!その後ゆっくり眠れたでしょうか?
「作品につき一人は絶対にオネエを出す」という鋼の意思の元書いております。
今後も新作が出る度によほどのことがない限り出ます。
何卒よろしくお願いいたします!この度はありがとうございました!