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第七章
利用と正しさ
「そうなのか?」
思わず目を丸くして問い掛けると天井を見ていたゴードンが俺の方を向く。その表情は心底呆れているそれで、表情だけでは飽き足らず溜息まで吐いた。
「当たり前だろうが。リュシアン様があんたに毒を飲ませることを了承するはずがねえだろ。俺の首が飛ぶわ」
「……確かに、俺が死ぬと迷惑が掛かるしな」
またゴードンが溜息を吐いた。
「元王族ってだけでこんな計画立てられるわけねえだろ」
吐き捨てるように言われた言葉に瞬きをしているとゴードンが首を振る。
「そこら辺はリュシアン様に聞いてくれ。俺から話すことじゃねえ。……で、なんだ。あーそうだ、どうしてあんたを利用したのかって話をすりゃいいか?」
「できれば」
「一回目にあんたが毒を飲んだ時点で実行犯はラナだと思ってた。けど証拠がなくてな、捕まえられなかったんだわ。けどそのまま泳がせても埒が明かねえなと思って、ラナの恋愛感情を利用した」
菜園は静かだ。だからゴードンの声がよく聞こえる。
親指で首元を指され、その意図が分からず首を傾げる。
「いつかあんたがここで首元緩めただろ。そん時痕が見えた。ここであんたにそんなことできるのはリュシアン様しかしねえし、ちょうどあんたの話も聞いてたしな。利用しない手はないと思った」
いつのことだと記憶を掘り返していればふとエルダーに注意された日を思い出す。
「で、その日のうちにラナにそれとなく伝えたんだよ。あたかも反リオル派を装ってな。そしたらその次の日にはあんたラナになんか言われただろ」
「……、どうして知って」
「鉢合わせするように仕組んだ。使用人が少ねえからな、ここは。やろうと思えばあんたとラナを二人きりにするのなんて簡単だ。少し時間をずらせばいい」
あの時のことを思い出す。
確かにあの日は予定よりゴードンが来るのが遅れたからラナと二人きりになった。そして攻撃的なことを言われた。
ただ今思い返してみれば、あの言葉の端々には嫉妬が滲み出ていたように思う。それも事前にゴードンが俺とリュシアンの間に親密な繋がりがあると伝えているのだとしたら、辻褄が合うような気もした。
「ラナがあんたになんか言ったってのはすぐにわかった。フィル様は絶望的に嘘が下手だからな。まあそれでだ、あの女は笑える程行動力があると踏んで、今回の計画を実行に移したってわけだ」
一切の躊躇なく呆気ない程簡単に開示されていく情報に少し困惑する。
けれどラナを追い詰めるための計画だということは一貫しているから、そこだけは理解ができた。
「毒は、どこから」
「俺の部屋にある。この領地はいろんな奴が出入りするからなぁ、昔のツテを辿ればどうとでもだ」
「ラナが俺じゃなくリオルに毒を盛る可能性だってあっただろう」
「いや、あの女はあんただけを狙ってたよ。リオル様よりもあんたの方がずっと脅威だっただろうからな、あいつにとっては。それにあんたなら、ラナも遠慮なく毒を盛れる」
断言するように言われて言葉を飲み込んだ。
ただの推測にしかすぎないはずなのに、その言葉には説得力があった。
「……ラナの嫉妬心を煽って標的をリオルから俺に変えさせた、ということか?」
その言葉にゴードンが軽く口端を上げて頷いた。
「ご明察」
「俺が死んでもいいと思っていたのか」
言葉尻が少し震えた。
リオルやリュシアンが犠牲になるよりも俺が犠牲になった方が絶対にいいとわかっている。けれどそんな言葉が口から出たのは、多分俺が思っている以上に今悲しいと感じているからだ。
「……死なれたら困るとは思ってた。公爵家にとって不利益だからな。だから言っただろ、賭けだったって」
何も言えなくて黙っているとゴードンが小さく息を吐いた。
どこか遠くを見ながら「なあ」と声を掛けられた。
「あんたには優先順位ってあるか?」
その問いの意味がわからず、ゴードンの横顔をただ見ていた。
「俺にはある。俺の最優先はな、エルダー様なんだよ。あの人の最優先を叶えてやりたかった。そのためにあんたを利用した」
「……」
「今回の計画の大まかなあらすじはエルダー様にも言ってた。もちろん反対してたけどな。けどまぁ、膿は早くに出し切っちまった方がいい。だから強行したわけだが」
中途半端なところで言葉を止めたゴードンが、ふと菜園の入口の方を見た。
そこにはエルダーがいる。扉の向こうだからこちらの会話は聞こえていないだろうが、それでもきっとエルダーは今俺たちが話している内容を知っているのだろうと思った。
「あの人にまで余計なもん背負わせちまったなぁ」
遣る瀬なさそうな声だった。
けれど後悔はしていない様子だと思った。
「……このことをリュシアンは?」
「知ってる。あんたが倒れたその日のうちにゲロった。てっきりその場でこの世ともおさらばくらいすんのかと思ってたら、見ての通り元気なわけよ」
軽く笑いながらゴードンが言って、組んでいた足を解き地面を見る。
「ならクビになるかと思ったらそんなこともねえ。……それなりの罪は犯した気がするんだけどなぁ、俺」
疲れた様子で吐き出された言葉は、まるで裁きを待っている囚人のようだった。けれど俺には、なぜリュシアンが何も言わないのかわかる気がした。
「何も間違っていないからじゃないか」
「は……?」
ぽかんと俺を見るゴードンに言葉を続ける。
「公爵家に仕えるものとして間違ったことはしていないだろう、ゴードンは。公爵家にとって最優先で守られるべきはリオルだ。リオルを守るために俺を利用したのは、間違ってない」
エルダーは俺にも価値があると言ってくれた。
けれど価値と優先度は違う。
俺は公爵家で監視されている身分を持たない人間だ。それとリオルを比べた時、守られるべきは誰がどう考えてもリオルだ。それが公爵家の人間であるなら尚更。
「フォークナー家の跡取りを守った人を裁くことなんてできない。むしろ素晴らしいことをしたんだ、あなたは」
は、とゴードンが息を漏らした。
思わず目を丸くして問い掛けると天井を見ていたゴードンが俺の方を向く。その表情は心底呆れているそれで、表情だけでは飽き足らず溜息まで吐いた。
「当たり前だろうが。リュシアン様があんたに毒を飲ませることを了承するはずがねえだろ。俺の首が飛ぶわ」
「……確かに、俺が死ぬと迷惑が掛かるしな」
またゴードンが溜息を吐いた。
「元王族ってだけでこんな計画立てられるわけねえだろ」
吐き捨てるように言われた言葉に瞬きをしているとゴードンが首を振る。
「そこら辺はリュシアン様に聞いてくれ。俺から話すことじゃねえ。……で、なんだ。あーそうだ、どうしてあんたを利用したのかって話をすりゃいいか?」
「できれば」
「一回目にあんたが毒を飲んだ時点で実行犯はラナだと思ってた。けど証拠がなくてな、捕まえられなかったんだわ。けどそのまま泳がせても埒が明かねえなと思って、ラナの恋愛感情を利用した」
菜園は静かだ。だからゴードンの声がよく聞こえる。
親指で首元を指され、その意図が分からず首を傾げる。
「いつかあんたがここで首元緩めただろ。そん時痕が見えた。ここであんたにそんなことできるのはリュシアン様しかしねえし、ちょうどあんたの話も聞いてたしな。利用しない手はないと思った」
いつのことだと記憶を掘り返していればふとエルダーに注意された日を思い出す。
「で、その日のうちにラナにそれとなく伝えたんだよ。あたかも反リオル派を装ってな。そしたらその次の日にはあんたラナになんか言われただろ」
「……、どうして知って」
「鉢合わせするように仕組んだ。使用人が少ねえからな、ここは。やろうと思えばあんたとラナを二人きりにするのなんて簡単だ。少し時間をずらせばいい」
あの時のことを思い出す。
確かにあの日は予定よりゴードンが来るのが遅れたからラナと二人きりになった。そして攻撃的なことを言われた。
ただ今思い返してみれば、あの言葉の端々には嫉妬が滲み出ていたように思う。それも事前にゴードンが俺とリュシアンの間に親密な繋がりがあると伝えているのだとしたら、辻褄が合うような気もした。
「ラナがあんたになんか言ったってのはすぐにわかった。フィル様は絶望的に嘘が下手だからな。まあそれでだ、あの女は笑える程行動力があると踏んで、今回の計画を実行に移したってわけだ」
一切の躊躇なく呆気ない程簡単に開示されていく情報に少し困惑する。
けれどラナを追い詰めるための計画だということは一貫しているから、そこだけは理解ができた。
「毒は、どこから」
「俺の部屋にある。この領地はいろんな奴が出入りするからなぁ、昔のツテを辿ればどうとでもだ」
「ラナが俺じゃなくリオルに毒を盛る可能性だってあっただろう」
「いや、あの女はあんただけを狙ってたよ。リオル様よりもあんたの方がずっと脅威だっただろうからな、あいつにとっては。それにあんたなら、ラナも遠慮なく毒を盛れる」
断言するように言われて言葉を飲み込んだ。
ただの推測にしかすぎないはずなのに、その言葉には説得力があった。
「……ラナの嫉妬心を煽って標的をリオルから俺に変えさせた、ということか?」
その言葉にゴードンが軽く口端を上げて頷いた。
「ご明察」
「俺が死んでもいいと思っていたのか」
言葉尻が少し震えた。
リオルやリュシアンが犠牲になるよりも俺が犠牲になった方が絶対にいいとわかっている。けれどそんな言葉が口から出たのは、多分俺が思っている以上に今悲しいと感じているからだ。
「……死なれたら困るとは思ってた。公爵家にとって不利益だからな。だから言っただろ、賭けだったって」
何も言えなくて黙っているとゴードンが小さく息を吐いた。
どこか遠くを見ながら「なあ」と声を掛けられた。
「あんたには優先順位ってあるか?」
その問いの意味がわからず、ゴードンの横顔をただ見ていた。
「俺にはある。俺の最優先はな、エルダー様なんだよ。あの人の最優先を叶えてやりたかった。そのためにあんたを利用した」
「……」
「今回の計画の大まかなあらすじはエルダー様にも言ってた。もちろん反対してたけどな。けどまぁ、膿は早くに出し切っちまった方がいい。だから強行したわけだが」
中途半端なところで言葉を止めたゴードンが、ふと菜園の入口の方を見た。
そこにはエルダーがいる。扉の向こうだからこちらの会話は聞こえていないだろうが、それでもきっとエルダーは今俺たちが話している内容を知っているのだろうと思った。
「あの人にまで余計なもん背負わせちまったなぁ」
遣る瀬なさそうな声だった。
けれど後悔はしていない様子だと思った。
「……このことをリュシアンは?」
「知ってる。あんたが倒れたその日のうちにゲロった。てっきりその場でこの世ともおさらばくらいすんのかと思ってたら、見ての通り元気なわけよ」
軽く笑いながらゴードンが言って、組んでいた足を解き地面を見る。
「ならクビになるかと思ったらそんなこともねえ。……それなりの罪は犯した気がするんだけどなぁ、俺」
疲れた様子で吐き出された言葉は、まるで裁きを待っている囚人のようだった。けれど俺には、なぜリュシアンが何も言わないのかわかる気がした。
「何も間違っていないからじゃないか」
「は……?」
ぽかんと俺を見るゴードンに言葉を続ける。
「公爵家に仕えるものとして間違ったことはしていないだろう、ゴードンは。公爵家にとって最優先で守られるべきはリオルだ。リオルを守るために俺を利用したのは、間違ってない」
エルダーは俺にも価値があると言ってくれた。
けれど価値と優先度は違う。
俺は公爵家で監視されている身分を持たない人間だ。それとリオルを比べた時、守られるべきは誰がどう考えてもリオルだ。それが公爵家の人間であるなら尚更。
「フォークナー家の跡取りを守った人を裁くことなんてできない。むしろ素晴らしいことをしたんだ、あなたは」
は、とゴードンが息を漏らした。
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