12 / 91
不肖ながら、お嬢様は渡しません
しおりを挟む
──恋慕というものは、どうしてこれほどに人を愚かにするのだろうか。
いや、私は人ではない。元蜘蛛に過ぎない。だからこそ、愚かになる資格すら本来なら持ち合わせていないはずだった。
それでも──私は愚かであることを選んでしまったのだ。
心が疼くたび、自問自答を繰り返す。
なぜ私は彼女の笑顔にこだわるのか。
彼女が幸せであれば、それだけでよいはずではなかったのか?
しかし、その“幸せ”が自分以外の誰かと結ばれる未来だとしたら──私はそれを祝福できるのか?
その問いの答えは、いつだって沈黙だ。だが沈黙の裏には、ただ一つの叫びが隠されている。
「嫌だ」
その感情は甘くもなく、苦くもなく、ただどす黒い執着の色をしていた。
それは絡みつく蜘蛛の糸のように、私を動けなくしている。
「……クロード?」
お嬢様の澄んだ声が、森の静寂を優しく切り裂いた。
背筋に電流が走る。喉が、張り巡らせた糸に絡め取られたように詰まる。
ゆっくりと振り返った先にいたのは──お嬢様。
どうして? なぜこの場に?
いや、そんなことはどうでもいい。
問題はただひとつ──聞かれてしまった。
彼女の前で、私は執事としての体面を失い本音を露呈してしまった。
だが、それでも頭は必死に糸を編み直そうとする。本能に逆らうように。
目の前のお嬢様の目は、驚きと不安、そして微かな戸惑いを宿していた。
私の鼓動は早鐘を打つ。心臓という器官の限界を試すかのように。
「……お、お嬢様……?」
情けない声が口をついた瞬間、私は己を呪った。
それは忠実なる執事の声ではなく、ただ動揺しきった一人の愚かな男の声だった。
──落ち着け、取り繕え!
私は鋭い視線を騎士と大蜘蛛に送った。
『絶対に、何も言うな。口を割れば命はない』
その目はあらゆる言語よりも雄弁だったはずだ。
「……」
騎士は目を泳がせながら、ぎこちなく口を開いた。
「あ、ああ……そうだな。別に、なんというか……その……うん、そういうことだ……」
「そ、そうだ! 話し合いだよ! 誤解だらけの……ハ、ハートフルなやりとりだったんだ!」
大蜘蛛までもが無理やり笑顔らしきものを作り、複眼を揺らして同調する。
──明らかに怪しい。
お嬢様は騎士と大蜘蛛を交互に見つめた後、私に視線を戻し、首を傾げた。
「……さっきの言葉、聞こえたけど……あれって、告白?」
──死ぬ。
私は確実に死ぬと確信した。呼吸が浅くなり、意識が遠のく。この場に蜘蛛の巣が張ってあったなら、間違いなく自ら絡まっていた。
「……い、いえ、それは……」
何とか言葉を繋ぎながらも、汗が背中を伝っている感覚がする。
その時、お嬢様はふっと目を細め、わざとらしく、けれど愛らしくこう言った。
「クロードがはっきり言わないなら……私、騎士様と結婚しちゃおうかな?」
──何かが切れた音がした。
「……不肖ながら……」
声が震えた。だが、構わない。心臓も頭脳も関係ない。ただ、この言葉だけは、命より重く伝えなければならない。
「 お 嬢 様 は 渡 し ま せ ん ! 」
森中に響き渡る大声。私の存在すべてを込めた言葉。
騎士は驚愕で口を開け、大蜘蛛は思わず後退した。
そして──お嬢様は、驚いた後、柔らかな微笑みを浮かべた。
「……クロード……!」
その笑顔は、私にとって生きる理由そのものだった。
いや、その笑顔を見るためだけに、私は“執事”として生きることを選んだのだ。
──もし、この選択が愚かだと言われようとも、それでいい。
この笑顔のために愚かでいることを、私は決して恥じはしない。
いや、私は人ではない。元蜘蛛に過ぎない。だからこそ、愚かになる資格すら本来なら持ち合わせていないはずだった。
それでも──私は愚かであることを選んでしまったのだ。
心が疼くたび、自問自答を繰り返す。
なぜ私は彼女の笑顔にこだわるのか。
彼女が幸せであれば、それだけでよいはずではなかったのか?
しかし、その“幸せ”が自分以外の誰かと結ばれる未来だとしたら──私はそれを祝福できるのか?
その問いの答えは、いつだって沈黙だ。だが沈黙の裏には、ただ一つの叫びが隠されている。
「嫌だ」
その感情は甘くもなく、苦くもなく、ただどす黒い執着の色をしていた。
それは絡みつく蜘蛛の糸のように、私を動けなくしている。
「……クロード?」
お嬢様の澄んだ声が、森の静寂を優しく切り裂いた。
背筋に電流が走る。喉が、張り巡らせた糸に絡め取られたように詰まる。
ゆっくりと振り返った先にいたのは──お嬢様。
どうして? なぜこの場に?
いや、そんなことはどうでもいい。
問題はただひとつ──聞かれてしまった。
彼女の前で、私は執事としての体面を失い本音を露呈してしまった。
だが、それでも頭は必死に糸を編み直そうとする。本能に逆らうように。
目の前のお嬢様の目は、驚きと不安、そして微かな戸惑いを宿していた。
私の鼓動は早鐘を打つ。心臓という器官の限界を試すかのように。
「……お、お嬢様……?」
情けない声が口をついた瞬間、私は己を呪った。
それは忠実なる執事の声ではなく、ただ動揺しきった一人の愚かな男の声だった。
──落ち着け、取り繕え!
私は鋭い視線を騎士と大蜘蛛に送った。
『絶対に、何も言うな。口を割れば命はない』
その目はあらゆる言語よりも雄弁だったはずだ。
「……」
騎士は目を泳がせながら、ぎこちなく口を開いた。
「あ、ああ……そうだな。別に、なんというか……その……うん、そういうことだ……」
「そ、そうだ! 話し合いだよ! 誤解だらけの……ハ、ハートフルなやりとりだったんだ!」
大蜘蛛までもが無理やり笑顔らしきものを作り、複眼を揺らして同調する。
──明らかに怪しい。
お嬢様は騎士と大蜘蛛を交互に見つめた後、私に視線を戻し、首を傾げた。
「……さっきの言葉、聞こえたけど……あれって、告白?」
──死ぬ。
私は確実に死ぬと確信した。呼吸が浅くなり、意識が遠のく。この場に蜘蛛の巣が張ってあったなら、間違いなく自ら絡まっていた。
「……い、いえ、それは……」
何とか言葉を繋ぎながらも、汗が背中を伝っている感覚がする。
その時、お嬢様はふっと目を細め、わざとらしく、けれど愛らしくこう言った。
「クロードがはっきり言わないなら……私、騎士様と結婚しちゃおうかな?」
──何かが切れた音がした。
「……不肖ながら……」
声が震えた。だが、構わない。心臓も頭脳も関係ない。ただ、この言葉だけは、命より重く伝えなければならない。
「 お 嬢 様 は 渡 し ま せ ん ! 」
森中に響き渡る大声。私の存在すべてを込めた言葉。
騎士は驚愕で口を開け、大蜘蛛は思わず後退した。
そして──お嬢様は、驚いた後、柔らかな微笑みを浮かべた。
「……クロード……!」
その笑顔は、私にとって生きる理由そのものだった。
いや、その笑顔を見るためだけに、私は“執事”として生きることを選んだのだ。
──もし、この選択が愚かだと言われようとも、それでいい。
この笑顔のために愚かでいることを、私は決して恥じはしない。
16
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる