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秘めごとはティーカップの底に──『侯爵夫人の冗談半分、秘密半分』
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──人は冗談を言うとき、冗談だとわかってほしいと願う生き物だ。
だが、貴族のそれは少しばかり質が悪い。なにしろ、その場にいる誰もが、どこまでが本気かを測りかねて、笑うタイミングを失うのだから。
侯爵夫人がソーサーを指先で撫でながら、優雅に茶を口元に運ぶ。まるで何でもない日常のように、しかしまるで舞台の幕が上がるかのように、さらりとこう言った。
「今度は私の屋敷に遊びにいらしてね、クロード。できれば……主人がいない時に」
静寂が、音もなく室内を包み込む。
伯爵は咳払いをしかけて喉を詰まらせ、男爵様は紅茶を飲み損ねて少しむせた。少年執事が何かを言いかけて口を閉じ、サンゼールが俯きながらカップの位置を直す。
──どう答えるのが礼儀か。
即答すれば軽薄、逡巡すれば下心。
だが、私は執事である。優雅と誠実を着こなす職業だ。
「それは畏れ多いことでございます、夫人。できれば、侯爵様がご在宅の際に伺わせていただきたく思います」
「まあ。つれないのね」
にっこりと笑って、私は一礼する。
「つれなさの裏には、多少の計算がございます。お美しい夫人へ親しげに紅茶を淹れる私の姿を、ぜひ侯爵様に見せつけたいと思いまして」
侯爵夫人は一瞬だけ目を見開き、それからおかしそうに唇を吊り上げた。紅茶ではなく、シャンパンが弾けたような笑みだった。
からかいに乗った私の応対が、期待通りだったのだろう。
「ふふ……本当に、あなたは洒落がわかる人ね」
侯爵夫人は一口お茶を含んだ後、カップを置いた。
その動作が、あまりに優雅だったため、私はつい次の言葉を予測し損ねた。
「楽しみにしているわ。その時は、貴方の可愛い奥方も連れていらしてね」
──その瞬間、私の中で何かがきゅっと縮んだ。
「……はい」
私が言える返事は、それが精一杯だった。
執事の看板を背負って何年にもなる。紅茶の温度で相手の心を読み、会話の間で次の一手を測る。しかしながら、この一言には──あまりに不意を突かれた。
侯爵夫人はそれを見透かしたように微笑む。
「まさかあなたが照れるなんて。素敵ね」
夫人の微笑みは、悪戯っぽさと品の良さが絶妙に交じっていた。私は、耳の端が少し熱を帯びるのを感じながらも、姿勢を崩さずに答える。
「……妻の同行については、前向きに検討いたします」
「奥方様と一緒のあなたがどんな顔をするのか、今から楽しみだわ」
──まったく、伯爵よりも喰えないお方だ。
「流石のクロードも、娘が絡むと形無しだな」
そう呟いた男爵様の声は、からかい半分、慈しみ半分だった。その言葉に返すことなく私は視線を窓の外へ移す。
私の心に浮かんだのは、彼女が朝食の際に不器用にジャムを塗っていた姿だった。パンの耳についたジャムを拭って、私に「はい、あなた」と言ってくれた、あの笑顔。
……だめだ。思い出すだけで、頬が緩む。
かつての私は、夜の闇が明けるのが嫌いだった。だが、今は違う。この光景のためなら、何度でも朝を迎えていい。
──蜘蛛から人間になったからといって、内面まで直ぐに変われるわけではない。
けれども、彼女と共にいる為ならば、私は何時でも人間らしく在る努力をしよう。
「お手柔らかに願います、侯爵夫人。妻の隣では、どうしても私は少々“甘く”なりますので」
そう言いながらも、少しだけ嬉しいと思っている自分がいた。
私が侯爵夫人に一礼し、伯爵にも視線を投げると、彼は気まずそうに咳払いをした。
この一幕が終わっても、次の茶会はまた訪れる。
──次は、愛する妻と並んで。
できれば男爵様には、胃薬を持ってきていただこう。
だが、貴族のそれは少しばかり質が悪い。なにしろ、その場にいる誰もが、どこまでが本気かを測りかねて、笑うタイミングを失うのだから。
侯爵夫人がソーサーを指先で撫でながら、優雅に茶を口元に運ぶ。まるで何でもない日常のように、しかしまるで舞台の幕が上がるかのように、さらりとこう言った。
「今度は私の屋敷に遊びにいらしてね、クロード。できれば……主人がいない時に」
静寂が、音もなく室内を包み込む。
伯爵は咳払いをしかけて喉を詰まらせ、男爵様は紅茶を飲み損ねて少しむせた。少年執事が何かを言いかけて口を閉じ、サンゼールが俯きながらカップの位置を直す。
──どう答えるのが礼儀か。
即答すれば軽薄、逡巡すれば下心。
だが、私は執事である。優雅と誠実を着こなす職業だ。
「それは畏れ多いことでございます、夫人。できれば、侯爵様がご在宅の際に伺わせていただきたく思います」
「まあ。つれないのね」
にっこりと笑って、私は一礼する。
「つれなさの裏には、多少の計算がございます。お美しい夫人へ親しげに紅茶を淹れる私の姿を、ぜひ侯爵様に見せつけたいと思いまして」
侯爵夫人は一瞬だけ目を見開き、それからおかしそうに唇を吊り上げた。紅茶ではなく、シャンパンが弾けたような笑みだった。
からかいに乗った私の応対が、期待通りだったのだろう。
「ふふ……本当に、あなたは洒落がわかる人ね」
侯爵夫人は一口お茶を含んだ後、カップを置いた。
その動作が、あまりに優雅だったため、私はつい次の言葉を予測し損ねた。
「楽しみにしているわ。その時は、貴方の可愛い奥方も連れていらしてね」
──その瞬間、私の中で何かがきゅっと縮んだ。
「……はい」
私が言える返事は、それが精一杯だった。
執事の看板を背負って何年にもなる。紅茶の温度で相手の心を読み、会話の間で次の一手を測る。しかしながら、この一言には──あまりに不意を突かれた。
侯爵夫人はそれを見透かしたように微笑む。
「まさかあなたが照れるなんて。素敵ね」
夫人の微笑みは、悪戯っぽさと品の良さが絶妙に交じっていた。私は、耳の端が少し熱を帯びるのを感じながらも、姿勢を崩さずに答える。
「……妻の同行については、前向きに検討いたします」
「奥方様と一緒のあなたがどんな顔をするのか、今から楽しみだわ」
──まったく、伯爵よりも喰えないお方だ。
「流石のクロードも、娘が絡むと形無しだな」
そう呟いた男爵様の声は、からかい半分、慈しみ半分だった。その言葉に返すことなく私は視線を窓の外へ移す。
私の心に浮かんだのは、彼女が朝食の際に不器用にジャムを塗っていた姿だった。パンの耳についたジャムを拭って、私に「はい、あなた」と言ってくれた、あの笑顔。
……だめだ。思い出すだけで、頬が緩む。
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けれども、彼女と共にいる為ならば、私は何時でも人間らしく在る努力をしよう。
「お手柔らかに願います、侯爵夫人。妻の隣では、どうしても私は少々“甘く”なりますので」
そう言いながらも、少しだけ嬉しいと思っている自分がいた。
私が侯爵夫人に一礼し、伯爵にも視線を投げると、彼は気まずそうに咳払いをした。
この一幕が終わっても、次の茶会はまた訪れる。
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できれば男爵様には、胃薬を持ってきていただこう。
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