不肖ながら、お嬢様は渡しません

松本雀

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静穏の食卓──『誤認逮捕と朝の赦し』

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──料理とは、どこか魔術に似ている。

素材という単純な物体に、適切な技術と情熱を注ぎ込むことで、まったく別の何かへと変貌させるのだから。

早朝の伯爵邸の台所で、私はまず食材を慎重に選んだ。卵は新鮮で表面がざらざらとしているものを、ベーコンは程よく脂が乗り、美しい薄紅色のものを。鋭利な包丁で最初は静かに、次はリズミカルにまな板を叩き、野菜を切り分けていく。

フライパンに火を入れ熱すると、バターが静かに溶け出し、香ばしく柔らかな匂いが立ち上った。そこへ溶き卵を流し入れ、火加減を丁寧に調整しながら、フライパンをゆったりと旋回させていく。柔らかな卵液がふわりと膨らみ始めたところで、手際よく端を折り畳むと、鮮やかな黄金色のオムレツへと仕上がっていった。

完成した料理を温めた皿へ慎重に移し、最後に細かく刻んだパセリを軽やかに振りかける。その鮮やかな色彩と香りが、朝の静かな空間を優しく満たしていった。

私が調理を担当し、サンゼールとイワンが給仕をする。彼らの無駄のない洗練された所作を見ると、安心感とともに誇らしささえ感じた。

「やっぱり、うちのクロードの朝食が一番だな!」

食卓に着いた男爵様が、明らかに誇らしげな声で私を讃える。隣に座るアルフォンス伯爵も、そのオムレツを一口食べるなり、深く頷いた。

「……なるほど、これは実に素晴らしい。うちのシェフにもぜひ作り方を教えてほしいものだな」

伯爵が感心してそう呟くと、男爵様がわずかに胸を張るのが見えた。その様子を見ながら私は軽く頭を下げ、丁寧に応じる。

「恐縮です、伯爵様。いつでも喜んでお教えいたします」

アトラは穏やかな微笑みを浮かべ、静かに食卓を見守っている。その隣ではティタ嬢が、いつもよりも控えめに、どこかはにかんだ微笑みを見せていた。その珍しい表情に、私はわずかな驚きを覚えつつも、静かな満足感に包まれていた。

だが、明らかに食欲を失い沈痛な顔をしている人物がひとり。

騎士団長ウィルだ。

「誤認逮捕って酷いよなあ、クロード。俺、一応準男爵様だぜ?」

意地の悪い質問をするのは、白いスーツ姿でオムレツを楽しそうに食べているアポロである。

「……申し訳ない」

「そう言えば昔、私と間違えてレンのことを退治しようとしましたね。以前と比べて随分と対象が大物になりました。今や人間の貴族様ですよ」

「うぐ……!」

ウィルは頭を抱えてうめき声を漏らす。申し訳なさそうなその姿は、見ていて痛々しいほどだ。

「冗談ですよ。あなたに非はありません。命令系統の問題です。責任感が強すぎるのも考えものですよ、ウィル」

「そうだぜ、団長サマ。俺はむしろ感謝してるんだ。おかげで情報がたくさん入ったからな。また宜しく頼むぜ」

アポロの飄々とした口調が場を和らげるようにも見えたが、ウィルはますます肩を落とす。私は小さく息を吐きながら、穏やかな口調で釘を刺した。

「アポロ様、そのくらいにしていただけませんか? 大切な友人をこれ以上虐めるのは、ご遠慮願います」

私が柔らかな口調で制止すると、アポロは肩をすくめて軽く笑った。

「お前さんは相変わらずだな、クロード。もう少し俺と仲良くしてくれてもいいんだぜ?」

「あなたと仲良くするには、まだまだ時間が必要なようです」

私は軽く返し、男爵様の紅茶を新しく注ぐ。朝食の終わりは近い。だが、この奇妙な調和に満ちた朝は、それ自体がひとつの勝利だった。

──守るべきものを守り抜いた後に訪れる平穏。それが何よりも大切であることを、私は改めて噛み締めていた。
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