白馬のプリンスくんには、どうやら好きな人がいるらしい

兎束作哉

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第3章 修学旅行に行ったらば

07 狩谷のちょっかい

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 遊園地のトイレは、どうやら女子トイレじゃなくても並ぶらしい。
 急に襲ってきた尿意に耐えきれず、トイレ休憩! と宣言し、駆け込んだ。俺が入る前は並んでいなかったが、パレードがちょうど終わったらしくぞろぞろと男子トイレも女子トイレにも列ができた。こういう遊園地のトイレって、女子トイレのほうが並ぶと思っていたが、トイレが少ないのか一気に列ができてしまった。
 俺の後に、燈司や、秀人と光晴たちもトイレに行きたくなったのことで、俺と理人だけが外で待つことになった。


(何でこいつと二人きり……!!)


 りんご飴のときは何も茶々を入れてこなかったが、やはり隣にいられると落ち着かない。片や燈司の幼馴染、片や燈司の従兄。でも、俺たちの関係はただの同級生だ。


「なーんか、オレ。警戒されてる?」
「バッカ、警戒なんてしてねえよ。陽キャ野郎」
「酷い、酷い。まあ、凛はどっちかっていったら陽キャになり切れない弄られキャラだけどなー」


 ニマニマと、眉を上げ目を細めてこちらを見てきた理人の顔には悪意があった。
 だからこいつのことが嫌いなんだ、と俺は靴の中で指を丸めつつ燈司たちが出てくるのを待った。しかし、トイレ待ちの列はゆっくりとしか進まない。


「狩谷さ……燈司、最近変わったこととかねえ?」
「いきなりの質問。ん? 幼馴染の凛でも気づかないことか?」
「いちいち嫌味を挟むな。ほら、俺が大会で夜練あって、燈司と帰れないとき、お前と帰ってたらしいじゃん。従兄のお前、なんか知ってることとかあんのかなーって」


 ふーんと、理人は全く興味のなさそうな反応を示し、頭の後ろで腕を組む。
 理人の服は、モカ色のジャケットに、明るい紺色のダメージジーンズ。中に着ているTシャツも、ベルトの上に引っ掛けており、モデルをやっていてもファッションセンスをしている。俺とは大違いだ。
 あからさまに聞きすぎたか? と思いつつも、俺はどうなんだと理人のほうを見る。
 理人は昔から従兄ということもあって燈司と距離は近かった。だが、最近は見せつけるように距離が近いし、ハグも多い。おまけに、露骨に俺から燈司を遠ざけるような行動をとっているように思う。俺の勘違いだったら恥ずかしいが。
 理人は俺のほうを見て、何やら含みのある笑みを浮かべた後鼻を鳴らした。


「燈司、恋人出来たらしいな」
「はっ!? 何でお前がそれを知ってんだよ」


 あ、と気づいたころにはすべて言ってしまっていた。口を押さえると、先ほど拭き取り切れなかったシナモンシュガーが手につく。
 理人はしてやったりと、口角を上げており、俺はまんまとハメられてしまったらしい。いや、理人は燈司から聞かされていたのだろう。何故なら従兄だから。

 燈司は、俺だけにその話をしていると思っていた。燈司の性格上信用できる人にしか話さないだろうし、そもそも、広まるようなことがないようにと慎重になるはずだ。秀人たちに言わないのは、あいつらは口が軽そうだからだと思う。燈司は、俺に言うときも何度もくぎを刺したし。
 幼馴染の秘密を知ってしまった。そして、恋人の顔が気になって仕方がなかった。俺だけに、その情報を伝えてくれたんだと、二人だけの秘密だと思い込んでいた。
 でも、燈司にとって信用できるのは俺だけじゃない。理人もその一人だ。


「だ、誰なんだよ。お前は、燈司に聞かされてる?」
「さあ? クラスメイトっては聞いてる、てか、知ってる」


 全身の毛がブワッと立ち上がる。心臓が早鐘をうつ。元からしわが寄っていた服の中央がさらに引っ張られ、しわになる。
 呼吸の仕方が一瞬だけわからなくなった。
 理人は気づいたのか。それとも、燈司に教えられたのか。それだけのことだが変わってくる。


「誰、知ってんのか。何で。燈司に聞いた?」
「ん~そこは秘密。凛は鈍いなあ」
「はぐらかすな。知ってるなら……いや、いい」


 理人の胸ぐらをつかみそうになって腕を下ろした。
 もしこの姿を誰かが見たら喧嘩をしているのではないかと疑われる。それに、燈司がトイレから帰ってきてそんな光景を見たら、きっとあいつの顔が真っ青になる。それは嫌だ。
 理人は、絶えず笑みを浮かべ、俺をあざ笑うように顎を突き出して見下ろしていた。マウントを取られた気分だ。


(もしくは、狩谷が燈司の恋人……?)


 だから、最近やたらと距離が近いのか。だったら、燈司の好きな人を知っていてもおかしくない。
 理人の目は、そう訴えかけてきている目だというのだろうか。


「凛、待った?」
「……あーまあ、大丈夫。待ってない」
「その間、何? あ、理人もただいま」
「お帰り、とーじ。なあなあ、ちょっと見てほしいものがあるんだけどさー」


 トイレから帰ってきた燈司はいつも通りだった。だから俺もいつも通りふるまうよう努めた。手のひらには汗がにじんでおり、到底燈司に触れられない。
 理人はまたわざとらしく、燈司を呼びつけスマホを出した。燈司は何々? と興味津々にスマホを覗き込む。二人の距離は肩と肩が触れ愛密着しているように見える。時々燈司が「わぁ」と声を出して、目を輝かせていた。
 トイレから、秀人と光晴、修二が戻ってくる。全員そろったので、次の目的地に移動するか、となったが、俺は拳を握ったまま動けなかった。


「凛ちゃんどーしたよ」
「凛ちゃん、汗ヤバいけど……あ……あー察し」


 秀人と光晴に挟まれ身体を揺さぶられる。脳みそも一緒に揺れる感じがして気持ち悪かった。俺は何でもない、と言おうとしたが、その前に光晴が気付いてしまった。


「……大丈夫。チャンスあると思う」


 光晴はポンポンと俺の背中を叩き、秀人はじっと理人のほうを見ていた。
 二人の慰めが、じぃんと胸に来て泣きそうになったのはなんでだろうか。俺は、べたべたの手のひらを開いてまた胸の中央で拳を握り込んだ。

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