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第3章 修学旅行に行ったらば
08 大不正解
しおりを挟む「見て見て、凛。こっから昼間の遊園地見えるよ」
「おー確かに。ライトアップがきれいだな」
「だね……まだ閉園時間じゃないから人もいるね。この後花火上がるんじゃなかったっけ?」
ホテルの部屋に入るとまず出迎えたのは大きな窓だった。そこから、昼間に回った遊園地が見える。広大な敷地を持った遊園地も、七階から見下ろせば、小さなものに見える。
部屋の奥の窓にタタタッと走っていってしまった燈司を目で追いながら、俺は燈司の分のキャリーケースをコロコロと転がして部屋の中に入る。
重たい扉がガチャンと鈍い音を立てて閉まる。
肩にかけていたバッグをしわ一つない真っ白なベッドに放り投げる。
燈司は、窓の外を見ながら子供のようにはしゃぎ身体を左右に動かしていた。
せっかく燈司と同じ部屋になれたというのに、俺の心は浮かないままだ。昼間の理人と燈司の光景が頭をちらつく。
「燈司、明日朝から朝食ビュッフェだから早くねよーぜ」
「珍しい。凛がそんなこと言うなんてさ。ちょっとは夜更かししようよ」
「優等生のお前が何言ってんだ」
いつも通りの会話だったはずだ。
しかし、燈司の小さな顔に不安の色が浮かぶ。
「凛、どうかした?」
「どうかしたって、どう?」
「……なんか、いつもより元気がないっていうか。疲れてるって感じではないし、なんだろうなって」
燈司は片手を窓に当て、半分だけこちらに身体を向ける。
仲が明るいために、窓には燈司の姿がはっきりと映っていた。
「そんなふうに見えるか? いつも通りだぞ?」
「違う。違うよ……俺、凛のこと見てきたからわかる。なんか、ちょっと悲しそう」
どういったらいいか、分からなくなり燈司はうつむき気味にそういうと、つるつると窓に手を伝わせ横に腕を下ろした。
幼馴染だからわかる。
それは、俺も同じだったはずだ。
自分らしくないという自覚はあった。こんなふうにくよくよとする性格ではない。むしろ、気にしないほうだ。かといって、傷つかない人間ではなかった。
球技大会で身長が高いくせに役に立たないとか、ああいうちょっとしたことに身体がチクチクするタイプではある。でも、そんなの些細なことだ。
今はもっと、胸の奥のほうから針を刺されているような感覚だ。ミシン針じゃなくてもっと大きなドリルみたいな。歯医者のドリルで心に穴をあけられているような感覚、黒板をひっかくような不快感。
それでもやっぱり、俺の頭の中心に燈司がいる。
「俺と部屋嫌だった?」
「は!? 何でそうなんだよ。俺は、お前がいいから狩谷と言い争いになって」
「そうだよね……もしいやだったら、あの時言うよね。心変わり、なんて凛がするわけないし」
「そうだよ。つか、お前のほうが狩谷といっしょがよかったんじゃねえのかよ」
感情に任せて言ってしまった。
燈司の丸い目がこちらに向く。うつむいていた顔を上げて、不思議そうに俺のほうを見ていた。
今日は二回も失敗した。感情的になって、言っちゃいけないことを口にしている気がする。
「俺が、理人と?」
燈司の身体が前のめりになる。小さな口を、二回ほど開閉させ、小首をかしげている。
ここで聞かなきゃ聞けないと思った。口の中は乾いて、喉が張り付いている。
「……お前の恋人、狩谷だろ」
え? と、静まり返った部屋の中にこだまする天使のテノールボイス。
俺は口を結び、ズボンの線に沿って指を動かしていた。回答によっては、きっと今以上に取り乱してしまうかもしれない。
(何でだよ。恋人のこと、知りたかったって、俺、初めそれだけだったのに……)
なんでも知っているはずの幼馴染の「恋人ができたんだ」という告白から俺は変だ。あれ以上の衝撃はないと思ったのに、あいつかもしれない、こいつかもしれないと疑っていくうちに、自分が苛立っていくのを覚えた。
燈司に恋人。燈司が好きな人。
幸せそうに語る燈司の顔は好きだ。でも、その話の中心に俺はいない。それが許せなかった。
人の喜びはたぶん、喜べるタイプのはずだったのに。
(そうか、俺にとって燈司はただの幼馴染じゃなくて――)
沈黙の後、燈司は首を優しく横に振った。黒いまつ毛が彼の顔に影を落とす。サラサラとした艶やかな黒髪が左右に揺れる。
形のいい口を開いて、燈司は俺を見た。
まっすぐな黒々とした目に吸い込まれそうだ。
「違うよ。凛。大不正解」
「不正解……?」
尋ね返せば、うん、と力強く首を振る。燈司の顔は何故か怒っているように見えた。
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