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第3章 修学旅行に行ったらば
10 自覚
しおりを挟む風呂は二人で入っても十分な大きさだった。
燈司は俺をちゃかすように「昔みたいに一緒に入る?」と言ってきたが、俺はカッと顔に熱が集まり全力で首を横に振ってしまう。そんな俺の様子に、燈司は気を悪くするでもなく「意識しすぎ」と言って笑っていた。
それから、風呂はじゃんけんで勝ったほうが先に入ることになった。俺はパーを出して、グーを出した燈司に勝ってしまったからだ。譲ろうとも思ったが、二人で決めたルールだからとそれに従うことにした。
部屋に置いてあったパジャマはフリーサイズだったが、俺には少し小さかった。
燈司を待ちながら俺は大きな窓の近くの謎スペースの椅子に腰を下ろす。花火が上がると言っていたが、急に曇りだしたため、今日は中止になってしまったらしい。燈司は見たかっただろうなーと思ったが、俺はいつも運が悪いから、きっと俺の運に引っ張られて花火が中止になってしまったんだろう。
「お風呂出たよー」
「おかえり、燈司……っ」
「どうしたの? 凛」
頭に水色のタオルを被った燈司は、またこてんと首を傾げた。
俺とは違いパジャマのサイズがオーバーサイズな燈司は、くるぶしまでパジャマで隠れていた。しかし、その艶やかな黒髪からしたたり落ちる雫に、いつもは白い肌が紅潮して頬が染まっている様子。うるんだ黒い瞳を見ていると、思わず起立してしまう。
「ゆ、湯加減、どどうだった?」
「凛、温泉のスタッフ? 大丈夫だったよ。ありがとう。でも、ちょっと長湯しちゃった」
パタパタと、部屋に置いてあったスリッパをはいてこちらに向かって来る燈司。
俺の身体はなぜか緊張してガチガチに筋肉が固まっている。
体育の時間、パンイチ姿の燈司を見ているはずなのに。湯上りの燈司を見て、どうしてこんなにもドギマギしているのだろうか。
そんな俺とは対照的に燈司は俺の横を通り過ぎて窓のほうへやってくる。ひたりと窓に手を突き「花火なくなっちゃった?」と俺に質問を投げた。
「あーうん、多分。曇ってたし。悪いな、俺、運なくて」
「凛のせいいじゃないと思うけど。凛?」
「な、なんだよ。燈司」
燈司は、こちらを振り返ることなく窓に映った俺を見て名前を呼んだ。
はっきりと窓に映ってないことを祈ったが、窓越しに燈司と目が合ってしまう。
「俺のパジャマ変?」
「変じゃない! すっげえ、似合ってる!」
「そっか。じゃあ、似合ってるから俺のこと見てたんだ」
ふふふ、と燈司は笑うと、ようやくこちらを向いた。その瞬間、ひらりと彼の頭に乗っていたタオルが落ちる。
その笑みは、りんご飴を食べていた時の無邪気なものとは違い、どこか大人っぽく見えた。唇がしんなりと風呂上がりだから潤っているからだろか。それとも、服が? 何が要因かはわからないものの、燈司が魅力的に見えた。俺の知っている燈司のはずなのに。
「凛、もう二か月経っちゃったよ。まだわかんない?」
「お前の恋人………………なあ、ほんとはいないんじゃねえの?」
多分、これがファイナルアンサー。
俺が答えると、燈司は目を伏せた。それが答えであると言っているように。
「大正解」
「じゃあ、何でそんな嘘を……?」
「さあ、何ででしょう。これ以上ヒントを上げちゃうと、さすがに分かっちゃうかなーって思って」
燈司はまた俺の横を通って、子どものようにベッドにダイブした。ボフン! と柔らかなベッドが燈司を包み込む。燈司は、顔を上げずに細くも筋肉がしっかりとついた足をばたつかせた。
二か月ちょっとかかって出た答えがこれだ。
でも、確実に燈司の恋人にしたい人に近づいている。
「とにかく、意識してもらいたかったんだよ。じゃなきゃ、進めないし。もしかしたら、相手が違う人と進んじゃうかもだし。不安なんだよ……ごめん」
そう燈司は謝ると、ばたつかせていた足をベッドに下ろした。
暫くの間、死んだように動かなくなってしまい、寝てしまったのか? と、俺は燈司に近づく。
濡れたまま寝るのは風邪をひく。まだ修学旅行は三日もある。
俺がそろりそろりと近づき、ベッドに膝を乗せる。そして、燈司の足まで来たとき、ガバっと起きた燈司が「隙あり!」と枕を投げてきたのだ。
ボホンッ! と、音を立て俺の顔面に白い枕がクリーンヒットする。しかし、その枕は意外と硬くて重い枕で、顔にじんわりとした痛みが広がっていく。
「あっ、ごめん。凛。これ重いやつだ」
「だぁ……大丈夫、大丈夫……って、お返しだ!!」
「わあっ!?」
俺は完全にベッドに乗り上げ、枕を投げられた仕返しだと燈司を押し倒す。
さすがに男子高校生二人がベッドの上で暴れれば、スプリングも軋むらしく、かなりベッドが沈んだ。
「り、凛……?」
勢い余って、燈司を押し倒してしまう。俺の影が燈司に落ち、彼の顔を黒く染めている。
燈司は、胸の真ん中できゅっと手を握っていた。
狼狽え――いや、驚きと期待に満ちた目で燈司は俺を見上げている。そんな燈司と目が合った瞬間、俺の心臓はドクンと動いた。
(ああ、分かった。俺――)
乾いたのどを潤すように、唾をぐっと飲み込んだ。
何か言ったほうがいいのか、言うべきか。ベッドに押し倒してしまった幼馴染は、いつもは王子さまのようにかっこよくて紳士なのに、そのときだけはお姫さまに見えた。キラキラと輝いているお姫さま。俺の身体にすっぽり入るサイズのお姫さまだ。
俺は、このままではまずいと燈司の上から退こうと思った。だが、俺が足をゆっくりと後ろに引いた瞬間、燈司の手が俺の服の裾を掴む。
「………………お、俺、ちゃんといるから。好きな人。その人のこと好きだから」
「……お、おう」
「分かった?」
燈司は恥ずかしそうに俺を見上げ、ちょっとだけ目を吊り上げた。なのに、眉は八の字に曲がっているから不思議だ。
俺は、燈司の上から退く。その後しばらくして燈司も起き上がってベッドサイドに腰を掛けた。お互い気まずい時間が続いたが、中止になったと思っていた花火がドーンと打ちあがる。黒い窓に大輪が咲き、同じタイミングで俺たちは顔を上げた。
「運、悪くないじゃん。凛」
「そう、だな」
ぬるっと立ち上がった燈司は、裸足のまま窓に走っていく。そして、顔をくっつける勢いで窓の外に咲く夜の花を静かに眺めていた。
キレイ……とこぼした燈司の顔のほうが、俺はきれいに見えたのだ。
(俺が燈司のことキラキラして見えたのは、燈司が特別な幼馴染っていうだけじゃなかったんだ)
幼馴染という特別じゃない、また別の特別。
燈司の周りだけ、世界が輝いて見える。それは、童話で王子さまがお姫さまに出会ったときに運命を感じるようなものか。
(俺は、燈司が好きなんだ)
好きという特別だから。
だから、俺はもやもやしていた。好きだから。とられたくないから。
きっと、燈司もそうだ。自惚れじゃない。
でも、今この瞬間、好きだということができなかった。身体はバカみたいに大きいのに、勇気がちっぽけすぎて。
俺は、好きという言葉を口にできずにいた。
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