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§ 嵐の前のひと騒ぎ。
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「え? 真由美ちゃん、結婚するの?」
「そうなのよー。先週ウェディングドレスの試着に行ってきたの。あの子、かわいいから、どんなドレスでも着映えがするでしょう? なかなか決められなくて大変だったのよ」
叔母が嬉しそうに画面をスワイプしていくたびに、違うドレスを着た従姉妹がいる。
いったい何着試着したのか、着替えだけでも大変な労力がいるだろう。その写真の多さを見て、ドレスの似合うに合わないよりも、その枚数に感心してしまった。
「お婿さんはね、真由美と同じ会社の人なの。家にもよく遊びに来てくれてね、いまどきの人にしては珍しいくらいすごくしっかりした良い人なのよ。ほら、ここに写ってるこの人がそう。どう? 素敵な人でしょう」
「…………」
無理やり画面を見せられ、しばし言葉を失う。
無言を肯定と確信し、私の顔を満足そうに覗き込む叔母に、作り笑いを浮かべ大きく頷いて見せた。
「歩夢は? もう二十八にもなるってのに、まだ彼氏のひとりもいないの?」
ほら、始まった。
「おい、久しぶりなんだ。今日は歩夢の話はいいだろう?」
「兄さん、なに言ってるの? めったに会わないからこそ言ってやらないと! だいたいね、兄さんがそうやって甘やかすから歩夢はいつまでもフラフラしてるんでしょう? 就職のときだってそうよ。ウチの子みたいにちゃんと大手に勤めればよかったのに、横文字のなんだかよくわからない変な会社なんかに就職するからあんなことになって……」
「康子、もういいから。そんな古い話、蒸し返しても歩夢がかわいそうでしょう?」
「なにがかわいそうよ? こういうことはね、誰かがちゃんと言ってあげなきゃダメなの。母さんまで甘やかしてどうするの? ふたりともそんなんだから、この子はクビになったり、引きこもりになったり、結婚もできずにいまだにフラフラしてるんじゃないの? いいトシしていつまでもこれじゃ、義姉さんだって浮かばれないわよ」
「そうだ、歩夢。台所散らかしっぱなしにしてきちゃったの。悪いけど、片付けてきてくれる?」
「うん」
祖母はいつものように私を逃す。
父も祖母も、この叔母の物言いに呆れているだけ。私の顔が見えなくなれば、言い飽きることも、よく心得ている。
促された私は、台所を通り抜け、言いつけどおり二階への階段を上がった。父と祖母に向かってまくしたてる叔母の声は、私の部屋までは届かない。
子供の頃から暮らした六畳の和室は、めったに帰らないいまでも、祖母の手により埃ひとつなく、整然としている。
私は西向きの窓の横にある本棚の一番下から、アルバムを取り出して、ベッドの縁に腰をかけた。
アルバムの一ページ目を開くと、茶色っぽく変色した小さな足型がある。生後すぐの私のものだ。
次のページをめくれば、小さな私を抱く寝間着姿の若い母がいる。
はかなげに微笑んでいる彼女は、いまの私よりずっと若い。このときの母は、自分に残された時間の期限を知っていたのだろうか。
そしてまた、次、その次と、ページをめくっていけば、私を抱くその腕は、父と祖母に変わる。
歩き出した私の後ろにはもう、母の姿は無い。
「そうなのよー。先週ウェディングドレスの試着に行ってきたの。あの子、かわいいから、どんなドレスでも着映えがするでしょう? なかなか決められなくて大変だったのよ」
叔母が嬉しそうに画面をスワイプしていくたびに、違うドレスを着た従姉妹がいる。
いったい何着試着したのか、着替えだけでも大変な労力がいるだろう。その写真の多さを見て、ドレスの似合うに合わないよりも、その枚数に感心してしまった。
「お婿さんはね、真由美と同じ会社の人なの。家にもよく遊びに来てくれてね、いまどきの人にしては珍しいくらいすごくしっかりした良い人なのよ。ほら、ここに写ってるこの人がそう。どう? 素敵な人でしょう」
「…………」
無理やり画面を見せられ、しばし言葉を失う。
無言を肯定と確信し、私の顔を満足そうに覗き込む叔母に、作り笑いを浮かべ大きく頷いて見せた。
「歩夢は? もう二十八にもなるってのに、まだ彼氏のひとりもいないの?」
ほら、始まった。
「おい、久しぶりなんだ。今日は歩夢の話はいいだろう?」
「兄さん、なに言ってるの? めったに会わないからこそ言ってやらないと! だいたいね、兄さんがそうやって甘やかすから歩夢はいつまでもフラフラしてるんでしょう? 就職のときだってそうよ。ウチの子みたいにちゃんと大手に勤めればよかったのに、横文字のなんだかよくわからない変な会社なんかに就職するからあんなことになって……」
「康子、もういいから。そんな古い話、蒸し返しても歩夢がかわいそうでしょう?」
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「そうだ、歩夢。台所散らかしっぱなしにしてきちゃったの。悪いけど、片付けてきてくれる?」
「うん」
祖母はいつものように私を逃す。
父も祖母も、この叔母の物言いに呆れているだけ。私の顔が見えなくなれば、言い飽きることも、よく心得ている。
促された私は、台所を通り抜け、言いつけどおり二階への階段を上がった。父と祖母に向かってまくしたてる叔母の声は、私の部屋までは届かない。
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私は西向きの窓の横にある本棚の一番下から、アルバムを取り出して、ベッドの縁に腰をかけた。
アルバムの一ページ目を開くと、茶色っぽく変色した小さな足型がある。生後すぐの私のものだ。
次のページをめくれば、小さな私を抱く寝間着姿の若い母がいる。
はかなげに微笑んでいる彼女は、いまの私よりずっと若い。このときの母は、自分に残された時間の期限を知っていたのだろうか。
そしてまた、次、その次と、ページをめくっていけば、私を抱くその腕は、父と祖母に変わる。
歩き出した私の後ろにはもう、母の姿は無い。
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