それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ 嵐の前のひと騒ぎ。

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「……む。あゆむ」

 呼ばれた気がして目を開くと、私を覗き込む父の顔があった。

「あ、寝ちゃってた。叔母さんたちは? もう帰ったの?」
「ああ、さっきな。おまえ、昼、食べ損なってお腹が空いただろう?」
「うーん、そうでもない。寝てたからかな?」

 上体を起こし、伸びをしながらベッドの縁に座り直した。どれくらい寝ていたのか。腰高の窓からは西日が射し込んでいる。

「ばあさんが夕食の支度をしてるから、下りてきなさい」

 そう言いつつも父は、なぜか私の隣に腰を下ろした。

「下に行くんじゃないの?」
「行くが……、その前に、おまえと少し話がしてくてね。たまにはいいだろう?」
「うん? なに?」
「アルバム……、見てたのか?」
「うん」

 開いたままのアルバムをそっと閉じ、表紙の大きな花模様の縁を指先でなぞった。

「なあ歩夢。おまえ、付き合ってる人はいるのか?」
「え? いないよ? なんで?」

 アルバムから目を離し、父の瞳を見つめる。柔らかく微笑むその顔は、どこか少し寂しげに見える。

「いや、いないならいないでいいんだ」

 父はその視線をゆっくりと西日の射し込む窓へ向け、眩しそうに少し目を細めた。私もつられて父の視線の先を追う。窓の外には茜色に染まりかけた青い空と藍色に輝く雲。光のコントラストが美しい。

「歩夢」
「うん?」
「いずれはおまえにも、結婚したいと思えるような相手ができるんだろうなあ……」
「……フフ。どうだろうね?」
「どうだろうって、なんだそれは?」
「えー、だって、そんなありもしない話……」

 父の腕に腕を絡め、甘えるようにその肩に頭を乗せた。

「まあ、おまえはおまえの好きに生きれば良いと、お父さんは思っているがね」
「フフッ、さすがお父さん。よくわかってる」
「だけどな、歩夢。お父さんだって、いつまでもおまえの側にいられるわけじゃない。ばあさんだってそうだ。だから、親としては、将来おまえにも、おまえを守り支えてくれる相手がいたらと思うのは当然のことだと思うが、違うか? もっとも、だからといって無理に嫁げとは言わんがね」

 私を守り支えてくれる相手なんて、二度と無いよねそれは。

「……ごめんなさい」
「どうした? 悪いことをしてるわけじゃないんだから、謝る必要はないだろう?」
「それは、そうだけど……」

 そもそもおまえは子供の頃からぼーっとしているばかりで、危なっかしくてしょうがなかった。
 いまだって家の中でも迷子になれるし、道を歩けば平然と、電信柱にぶつかってその辺に転がっていそうで心配だと、小さい頃を引き合いに出し茶化されてしまっては、苦笑いするばかりで返す言葉も無くなってしまう。
 言いたいことはきっとたくさんあるだろうに、言葉を飲み込んで笑い話にしてくれるのも父の優しさなのだと思うと、なんだか切ない。

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