それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ それは、ホントに不可抗力で。

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 外堀を埋められた感は否めない。

 もともと、田中先輩にも打診されていた異動話だ。今回のことで、総務に居座る道は、完全に絶たれてしまった。
 この倉庫から出ていくとき、唯一の行き先は、開発部。
 尊と再会してしまった以上、遅かれ早かれ、いずれはこうなっていた……と。

 もう、逃げられないな。

「まあ、いいや。だったら、ここに居座ってやる!」

 小さなデスクに座り、私はうーんと思いっきり伸びをした。
 もっとも、居座るもなにも、私にとってここほど快適な場所はない。

 書類倉庫。

 整然と書類だけが並ぶ、清々しい空間。会社に居ながらにして、煩わしい人間関係から解放される、まさに、私にとっては天国。

 書類倉庫の仕事は、毎朝の掃除以外に、たまに上から運ばれて来る書類の整理と、持ち出し返却のチェック。それも、せいぜい日に数件のみ。あとは、特にすることもなく、ただただ一日中ひとりで番人に徹するだけと、暇なことこの上ない。
 もちろん、定時上がりで、残業も一切無し。時間が来れば、さっさと帰宅できる。

 一般的には、こんな閑職に追いやられたら、人生詰んだと悲嘆にくれるだろうが、私は違う。

 日がな一日ほとんど誰に会うこともなく、好きに時間を使いながら収入を得られるこんな都合のいい仕事は、世の中どこを探したってあるわけがない。なんなら、定年までずっとここにいたいくらいだ。

 ずる賢いつもりのあいつは、そんなこととはつゆ知らず、ここへ閉じ込めれば懲りて泣きついてくるだろう、そうすれば、公私ともに逆らわず、おとなしくなるとでも踏んだに違いない。

「尊も甘いね。私のこと、なーんにも知らないんだから」

 あ、でも、当然か。私だって、あいつのことなんて、何も知らない。
 結婚だってそう。結婚とは、イコール生活。お互いいい大人で、それぞれ確立した生活があるのだから、そんなに簡単にはいかない。いくら三年前に挙げた結婚式が正式なものであったとしても、他人同然のふたりが、惚れた腫れただけでどうにかなるものではない。

 まあ、いい。そんなこと、いまはどうだって。

「天国だあっ! わっはははははは!」

 とりあえずこの状況が楽し過ぎて、笑いが止まらない。

「さて、ちょっと探検でもするかな」

 今日はどうせ暇でやることなんて何も無いのだからと、資料の棚をチェック。何かおもしろそうなもの、あるかな。

 資料棚の間を歩き回り、背表紙を指で撫で、時折ファイルをパラパラめくりながら、順に見ていく。
 ファイルの背表紙には、IDが振られ、わかりやすく整理されている。古いファイルはまだわかるが、新しいものにまでこんなに手をかけて整理するくらいなら、全部電子化してサーバに入れてしまえばいいものを、と、思ったが、途中でおもしろいことに気づいた。

 この倉庫はいつも、厳重に施錠されている。入退室やファイルの持ち出しと返却のチェックがかなり厳重なのを加味すると、たぶんこれらのファイルはほぼすべて、すでに電子化されているだろう。

 ただ、二重三重のバックアップの意味合いと、電子化によりもたらされる不便を回避するために、こうしてここに保存されているのだ。

 事実、過去の顧客や開発の資料をここから持ち出し、業務で利用することも多い。その都度、いちいちマシンを操作してプリントするよりも、こんなアナログ方式のほうが、場合によっては手っ取り早いこともあるわけ。

 しかも、こんなふうに用途別とも思える整理の仕方をされているのであれば……。

 誰の発案なのかは知らないが、IT企業のくせにこれはなるほど、おもしろい考え方をするものだ。

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