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§ 墨に近づけば黒くなる。
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「なにしてるんだ?」
背後から私の肩に顎を乗せ、私の手の中を覗き込んでいる。尊の髪から滴る滴が、私の頬を濡らす。
「ちょっと? 濡れてる! ちゃんと拭いてから出てきなさいよ」
指輪の箱を机に置き、腕を解いて尊の肩にかかるバスタオルをむしり取った。突き飛ばすように椅子に座らせたあと、首が前後左右に振れてもお構いなしに、ゴシゴシと揉み、髪の水分を取る。
なんか楽しい。
「お……っ、乱暴だなあ。もっと優しく拭いてくれよ」
「贅沢言わない」
おとなしくされるがままになっているその様子に満足していると、突如腰に伸ばされた腕に引き寄せられ、バランスを崩して尊の膝の上に倒れ込んだ。
がっしりと腰を掴まれ身動きがとれない。文句を言おうと口を開きかけたが、バスタオルの隙間から覗いた真剣な眼差しに怯んだ。
「な、なによ? どうしたの?」
「手。出せ。指輪、はめてやる」
「えっ? い、いいよぉ、いまは」
「いいから。左手、出せ」
「いや、だって。もう入らないかも知れないし……」
「ごちゃごちゃうるさい」
「うぅ……」
私の無駄な抵抗は、強引に押しつけられた尊の唇の中に消されてしまった。
尊の手に手首をつかまれ、逃げられない。
取り出した指輪を薬指にそっと通し、ゆっくり慎重に付け根へと進めるその指先を、息を飲んでじっと見つめる。
「ほら、入った」
指輪は抵抗もなくすんなりと、私の左手薬指へ収まってしまった。
どうしたんだ。しっかりしろ自分。仕事部屋で、風呂上がり半裸の男の膝の上で、ロマンチックなムードの欠片も無いこんなシチュエーションで、感動なんかするなよ。
指輪をはめた薬指に口づけをして、嬉しそうに瞳を覗き込む尊の笑顔に、涙が出そうになるのをぐっと怺えた。
「もう二度と外すなよ」
「え? でも、会社では……」
「会社でも、だ。これは、虫除けだな」
「虫除け?」
「そう。虫除け。変な虫が寄ってくるからな」
「でも……」
「でもなに?」
「いや。いい」
変な虫といえば、大沢。結婚の事実を告げたとき、ひとを馬鹿にして大笑いしていたあの顔が頭を過る。
こんなものを嵌めていても、既婚者だなんて誰も信じてくれないよと言ったところで、果たして尊はそれを信じるだろうか。さすがに信じないだろうな、との結論にいたり、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ところで、話は変わるが……」
「ん?」
「この部屋、なに?」
感動の儀式はもう終わりか。一、二分前までの甘く蕩ける笑顔はどこへ行った。頭の切り替えが、早過ぎる。
背後から私の肩に顎を乗せ、私の手の中を覗き込んでいる。尊の髪から滴る滴が、私の頬を濡らす。
「ちょっと? 濡れてる! ちゃんと拭いてから出てきなさいよ」
指輪の箱を机に置き、腕を解いて尊の肩にかかるバスタオルをむしり取った。突き飛ばすように椅子に座らせたあと、首が前後左右に振れてもお構いなしに、ゴシゴシと揉み、髪の水分を取る。
なんか楽しい。
「お……っ、乱暴だなあ。もっと優しく拭いてくれよ」
「贅沢言わない」
おとなしくされるがままになっているその様子に満足していると、突如腰に伸ばされた腕に引き寄せられ、バランスを崩して尊の膝の上に倒れ込んだ。
がっしりと腰を掴まれ身動きがとれない。文句を言おうと口を開きかけたが、バスタオルの隙間から覗いた真剣な眼差しに怯んだ。
「な、なによ? どうしたの?」
「手。出せ。指輪、はめてやる」
「えっ? い、いいよぉ、いまは」
「いいから。左手、出せ」
「いや、だって。もう入らないかも知れないし……」
「ごちゃごちゃうるさい」
「うぅ……」
私の無駄な抵抗は、強引に押しつけられた尊の唇の中に消されてしまった。
尊の手に手首をつかまれ、逃げられない。
取り出した指輪を薬指にそっと通し、ゆっくり慎重に付け根へと進めるその指先を、息を飲んでじっと見つめる。
「ほら、入った」
指輪は抵抗もなくすんなりと、私の左手薬指へ収まってしまった。
どうしたんだ。しっかりしろ自分。仕事部屋で、風呂上がり半裸の男の膝の上で、ロマンチックなムードの欠片も無いこんなシチュエーションで、感動なんかするなよ。
指輪をはめた薬指に口づけをして、嬉しそうに瞳を覗き込む尊の笑顔に、涙が出そうになるのをぐっと怺えた。
「もう二度と外すなよ」
「え? でも、会社では……」
「会社でも、だ。これは、虫除けだな」
「虫除け?」
「そう。虫除け。変な虫が寄ってくるからな」
「でも……」
「でもなに?」
「いや。いい」
変な虫といえば、大沢。結婚の事実を告げたとき、ひとを馬鹿にして大笑いしていたあの顔が頭を過る。
こんなものを嵌めていても、既婚者だなんて誰も信じてくれないよと言ったところで、果たして尊はそれを信じるだろうか。さすがに信じないだろうな、との結論にいたり、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ところで、話は変わるが……」
「ん?」
「この部屋、なに?」
感動の儀式はもう終わりか。一、二分前までの甘く蕩ける笑顔はどこへ行った。頭の切り替えが、早過ぎる。
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