それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ 墨に近づけば黒くなる。

20

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「フォームの送信先も変更してる?」
「え? してるはず……あっ!」

 送信先どころではない。メールフォームのページに記述されているメールアドレスは、ずっと以前から仕事にも使用していたもの。

 やってしまった。

「そいつ、このメアド覚えてたんじゃないのか?」

 尊の手からマウスをひったくり、メールアプリを起動してゴミ箱をチェックすると。
 ある。たしかにある。まだ設定期限内で削除されていないメールが数通。それを開けば明らかに安田の署名があった。

「…………」

 ガックリと肩を落とすと、尊に「ばーか」と、後頭部を小突かれた。

「ったくおまえは……。仕事とメシと酒以外のことはいつも頭からすっぽりと抜けてるからな」

 まあそこがおもしろいんだけどと笑われる。おもしろくない。

「うう……」

 小突かれた頭も心も痛いが、反論の余地も無し。

「簡単な話だな。買収のために目星をつけたアプリを当たっていたら、そこで見つけたのがおまえのメアドだったってわけだ。で、おまえは、どうするつもりなんだ?」
「どうするって?」
「売却の意思があるのか、元の会社へ戻りたいのかって訊いてるんだよ」
「そんなこと!」
「訊くまでもないか」
「あたりまえでしょう?」
「しかし、わざわざ直接接触してくるような奴だから、たぶん、そう簡単には諦めてくれないぞ」
「わかってる。それ、江崎さんにも言われた」
「江崎? あいつもいたのか?」
「うん。江崎さん偶然居合わせて、安田さんを追っ払ってくれたの。それで、話、聞いてたらしくて、尊に相談したほうがいいぞって。江崎さんって案外好い人だね?」
「ああ、そうだな。思い込みが激しくて嗜好が偏ってはいるが……、頭の回転は速いし、悪い奴ではないな」
「うん」

 そうだね。かなり偏っている。

「それでどうする? この話、俺に任せるか?」
「え?」
「おまえの悪いようにはしないさ」

 何をする気なのだろう。と、想像がつかなくもないが。
 ニヤッと笑ういかにも腹黒そうなこの顔が、頼もしく見えるのは、こいつに慣れてしまったからだろう。

「ねえ、いいかげん離れてよ。重いし暑苦しい」
「そうか? 俺は腰が痛い」

 大の男がべったり張り付いている鬱陶しさに慣れるには、まだ少し時間がかかりそうではある。

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