それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都

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§ 墨に近づけば黒くなる。

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「まあ、あの叔母さんの話は、無茶苦茶ではあったが、すべてがでたらめかと言われたら、そうでもないと思う」
「うん?」
「家を継ぐ継がないの話とかさ」
「継ぐの継がないのって言われても、ウチは一般的なサラリーマンだから継ぐものなんて特にないよ?」
「そうでもないだろう? 後を継ぐ人間がいなけりゃ、家名も絶えるわけだし……土地家屋とか墓とか……」
「家名はそうだけど……、でも家やお墓のことって、名字が無くなったって関係ない問題だと思うけど?」
「まあな。でも、あの叔母さんには叔母さんなりの思い入れがあるのかも知れないだろう?」
「思い入れねぇ……。自分は出ちゃったくせに?」
「それはそうだが、だからこそ、将来実家が無くなる可能性に寂しさを感じるのかも知れないな」
「それって、すごい勝手な話」

 そう、ずいぶんと身勝手な話だ。叔母自身が嫁に出た頃には兄がいたし、先のことを考える必要も無かったのだろうが、だからっていま、人の結婚を邪魔する権利は無いはず。

「あれ?」

 叔母が嫁いだ相手は一人息子。その一人娘である真由美は嫁に……。

「どうした?」
「あ? なんでもない」

 要するに、いつものやつか。あの叔母は……。

「俺の家も昔、兄貴が継ぐ継がないでかなり揉めたぞ」
「それは、尊の家はウチと違って商売してるからでしょ」
「ああ。家名だけの問題なら、べつに揉めやしなかっただろうけどな。親父はやっぱり店を継いで欲しかったらしくてさ。兄貴はそのつもりがあったのかは知らないが、鮨職人になった。だが、義姉さんはパティシエでね。継ぐとなれば、義姉さんもいずれ仕事を辞めて家業に専念しなきゃならなくなるだろう? それで、兄貴が継がないって言いだしてさ」

 お義姉さん、パティシエだったんだ。それで、デザートがあんなに……。

「お義兄さんが?」
「うん。兄貴は義姉の夢を応援するってプロポーズしてたらしい。それで」
「へぇ……お義兄さん、格好良い」

 お義兄さん、男前だ、と、顔を思い浮かべ、ニヤけた瞬間に叩かれた。

「ぶたなくたっていいじゃない……」
「散々揉めたが、結局、子供ができたのを機に義姉が仕事を辞めて家に入ったわけ。いまじゃ和気藹々と楽しそうにやってるけど、義姉さん、当時は大変だっただろうな」
「うん……」
「まあ、兄貴が継いでくれて助かったよ。どのみち俺には無理だったからなぁ」
「尊が継ぐって話もあったの?」

 尊が鮨屋だなんて……びっくり。

「ああ? 俺? あるわけないだろう?」
「なんで?」
「料理は壊滅的だからな。誰も俺に期待なんかしねえよ」

 俺が自由気ままな次男で良かったな、と、尊が笑った。

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