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記憶の残滓編
episode185
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食堂から追い立てられるように出てきた少女は、食堂よりもさらに薄暗い部屋に入ると、後ろ手に扉を閉めた。
明かりとり用に小さく四角くくり抜いた、窓がわりの穴があいているだけの、元々納屋に使っていた狭い部屋。ひんやりと冷たく、牢獄を思わせる部屋だった。
少女のために用意された、特別な個室。
ここは修道院とは名ばかりの、男女が同衾する小さな孤児院である。幾人かの修道女と、身寄りのない孤児たちが一緒に暮らしている。
孤児たちは男女別々の大部屋で寝起きしているが、少女は個室を与えられていた。
別に少女の待遇が特別なものではなかったが、物心が着く頃になると、この部屋で寝るよう修道女たちから言いつけられている。
ほかの孤児たちが、少女と一緒だと嫌がるからだ。
少女は粗い毛で織られた毛布の上に、うずくまるように座ると、感情の色の伺えない黄緑色の瞳を前方にひたと据えた。
その瞳は薄暗いこの部屋ではない、別の場所を視ていた。
黄緑色の瞳に、虹の光彩が広がり光る。やがて、部屋の中の空気が振動し、小さく透明な波紋が空間に広がった。やがて少女の周りには、不可思議なものがいくつも現れ、少女の周りを楽しげに飛び始めた。
それは青い色の蝶の羽をしているが、大人の人差し指くらいの大きさしかない少女の身体の背にあるのだ。
ヒラヒラと羽を動かすたびに、青い光の粒子がキラキラと舞った。
それまで感情の色も見えなかった少女の顔に、子供らしい明るい笑みが、ゆっくりと広がっていった。
突然現れた白銀の毛並みを持つ仔犬が、それを見上げて嬉しそうに尻尾を揺らす。
少女は仔犬の頭を優しく撫でる。掌に伝わる毛皮の柔らかさと温もりが、少女の表情を和らげた。
「ひとりでも、さみしくないもん」
囁くように、小さな声で少女は呟く。仔犬はその言葉を悲しむように、少女の足に頬を何度も擦り付けた。
「フェンリルといっしょだから、さみしくないよ」
言葉を少し訂正しながら、少女は再び仔犬の頭をそっと撫でてやった。
「フェンリルも、あるけらのこたちも、アタシをいじめないもん」
心がチクチクと痛む。言葉に出して言っても言わなくても、常に心が痛かった。
物心着く頃には、少女はいじめられていた。大人の修道女たちも、孤児たちと一緒になっていじめるのだ。
――なんでいじめるの?
いじめられる原因が、当初は判らず少女は困惑した。
他の孤児たちと一緒に寝起きさせてもらえない、食堂に行くとゆっくり食事をさせてもらえない。
そして、片方しか翼がないことを、罪悪のように責め立ててくる。
そう、少女が片翼であることが、いじめの最大の原因だった。
アイオン族はその背に2枚の翼が生えているのが特長だ。翼は飾りではなく、鳥のように自在に飛ぶことができる。その翼が片方しかないということは、アイオン族にとって障害児ということになる。
本来なら守られるべき存在なのに、どういうわけか少女はそのことで、いじめを受け続けていた。
それは、何十年も前に撤廃された、悪しき法の名残だ。いつまでも暗い影を、国民に落とし続けている。少女はその最大の被害者といってもいい。
そんなことは、少女には判らない。判っていることは、心が痛い。それだけだった。
明かりとり用に小さく四角くくり抜いた、窓がわりの穴があいているだけの、元々納屋に使っていた狭い部屋。ひんやりと冷たく、牢獄を思わせる部屋だった。
少女のために用意された、特別な個室。
ここは修道院とは名ばかりの、男女が同衾する小さな孤児院である。幾人かの修道女と、身寄りのない孤児たちが一緒に暮らしている。
孤児たちは男女別々の大部屋で寝起きしているが、少女は個室を与えられていた。
別に少女の待遇が特別なものではなかったが、物心が着く頃になると、この部屋で寝るよう修道女たちから言いつけられている。
ほかの孤児たちが、少女と一緒だと嫌がるからだ。
少女は粗い毛で織られた毛布の上に、うずくまるように座ると、感情の色の伺えない黄緑色の瞳を前方にひたと据えた。
その瞳は薄暗いこの部屋ではない、別の場所を視ていた。
黄緑色の瞳に、虹の光彩が広がり光る。やがて、部屋の中の空気が振動し、小さく透明な波紋が空間に広がった。やがて少女の周りには、不可思議なものがいくつも現れ、少女の周りを楽しげに飛び始めた。
それは青い色の蝶の羽をしているが、大人の人差し指くらいの大きさしかない少女の身体の背にあるのだ。
ヒラヒラと羽を動かすたびに、青い光の粒子がキラキラと舞った。
それまで感情の色も見えなかった少女の顔に、子供らしい明るい笑みが、ゆっくりと広がっていった。
突然現れた白銀の毛並みを持つ仔犬が、それを見上げて嬉しそうに尻尾を揺らす。
少女は仔犬の頭を優しく撫でる。掌に伝わる毛皮の柔らかさと温もりが、少女の表情を和らげた。
「ひとりでも、さみしくないもん」
囁くように、小さな声で少女は呟く。仔犬はその言葉を悲しむように、少女の足に頬を何度も擦り付けた。
「フェンリルといっしょだから、さみしくないよ」
言葉を少し訂正しながら、少女は再び仔犬の頭をそっと撫でてやった。
「フェンリルも、あるけらのこたちも、アタシをいじめないもん」
心がチクチクと痛む。言葉に出して言っても言わなくても、常に心が痛かった。
物心着く頃には、少女はいじめられていた。大人の修道女たちも、孤児たちと一緒になっていじめるのだ。
――なんでいじめるの?
いじめられる原因が、当初は判らず少女は困惑した。
他の孤児たちと一緒に寝起きさせてもらえない、食堂に行くとゆっくり食事をさせてもらえない。
そして、片方しか翼がないことを、罪悪のように責め立ててくる。
そう、少女が片翼であることが、いじめの最大の原因だった。
アイオン族はその背に2枚の翼が生えているのが特長だ。翼は飾りではなく、鳥のように自在に飛ぶことができる。その翼が片方しかないということは、アイオン族にとって障害児ということになる。
本来なら守られるべき存在なのに、どういうわけか少女はそのことで、いじめを受け続けていた。
それは、何十年も前に撤廃された、悪しき法の名残だ。いつまでも暗い影を、国民に落とし続けている。少女はその最大の被害者といってもいい。
そんなことは、少女には判らない。判っていることは、心が痛い。それだけだった。
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