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06:アオイ
しおりを挟む指定された約束の日、俺は予定していた時刻よりも、少しだけ早めに目的のカフェに到着していた。
店の中に入っていることをチャットで伝えて、店員には待ち合わせだと伝える。
解放的な窓際の隅の席に案内された俺は、ホットコーヒーを注文してからスマホを開く。
こちらの容姿などは伝えてあるが、彼女側の情報は一切ないと言っていい。
どのような人物がやってくるのか想像もつかないが、人の多い店内で問題が起こることはないだろう。
それなりに席は埋まっており、学校帰りの女子学生や、噂話で盛り上がるシニア層が目立つ。
男一人で訪れている客の姿は見当たらず、少々居心地の悪さを覚えた。
(そもそも……本当に来てくれるんだろうか)
先方の都合に合わせるようにして決めた予定であるとはいえ、見ず知らずの赤の他人だ。
マッチングアプリでの出会いでは、予定をすっぽかされることも珍しくないと聞く。
絶対に来るとは限らない相手を待つのは不安ではあったが、その心配は必要なかった。
「河瀬樹ってアンタ?」
背後から名前を呼ばれて、飲みかけていたコーヒーを噴き出しそうになる。
不躾な口調で投げられた問いに、驚きつつ背後を振り返る。
そこにいたのは、肩にかかる派手な金髪を緩く巻いた女子高生の姿だった。
「アレ、違った?」
「ッいや……俺が河瀬です!」
ブンブンと音が鳴りそうなほど首を左右に振り、俺は慌てて名乗りを上げる。
面食らったのは、彼女がまさかの女子高生で、派手な見た目をしていたこともある。
しかし、それ以上にその背後に立つもう一人の人物の存在が、圧倒的な威圧感を放っていたからだ。
2メートル近いのではないかと思われる体格の良いその男は、顎髭を生やし、眉間から左頬にかけての大きな傷跡が目立っていた。
いわゆるカタギと呼ばれる職業の人間には、到底見えない。
(……俺、もしかして高い壺とか買わされるんじゃ……っていうか、高校生ってアプリに登録できないんじゃ……?)
自分の名前を知っていたのだから、彼女がアオイで間違いはない。
けれど、こんな男を連れてくるなんて話は一言も聞いていなかった。マッチングアプリの中には、怪しげな勧誘をする人物や業者が混じっていたりするとも聞く。
様々な疑問が脳内を駆け巡るが、とてもそれらを聞き出せるような心境ではない。
待ち合わせは一人だと伝えていたので、俺は二人掛けの席に通されていた。
女子高生は俺の向かいに腰を下ろしたが、男の方は隣の空いているテーブルを勝手に引き寄せると、そちらに腰掛ける。
「じゃあ手始めに自己紹介。アタシは瀬戸葵衣。コッチは常磐丈介で、……関係については、まあ後で話す」
「はあ……」
カツアゲでもされるのではないかと思ったが、逃げ腰になっている俺に構わず、葵衣は店員を呼んで注文をしている。
その間ジロジロと視線を向けるのも失礼な気がして、俺は手元のコーヒーカップに目線を落としたままでいた。
「……で、親友が死んだって言ったっけ?」
注文を終えて役目を果たしたメニュー表を店員に手渡すと、葵衣は頬杖をつきながら直球に質問を投げかけてくる。
どう切り出せばいいかと悩んでいたのだが、どうやら彼女が話題を主導してくれるらしい。
顔を上げて素直に頷くと、どのように説明すべきか俺は視線を巡らせた。
「……つい数日前の話です。連絡が取れなくなって、家まで様子を見に行ったらアイツの死体があって……その、死に方が、なんていうか……」
「目と口を大きく開いて、舌を垂らして、首が捻じれてた?」
「……!」
あの日、幸司の部屋で見たままのその姿を言い当てられて、俺は葵衣を見る。
連続不審死の事件については、ネット上でも様々な憶測記事が流れていた。
その中にはデマも含まれていただろうし、信頼に足る情報かどうかは難しいところだ。
けれど、現状では『不審死』とだけされており、遺体の目撃者か警察関係者しか知り得ない情報を彼女は知っている。
それはつまり、葵衣が事件についての情報を知っていることを意味していた。
「アンタは何で、アプリが関係してると思ったの?」
「それは、たまたま事件の記事が目について……それに、アイツの死に方がどう見ても普通じゃないと思ったんです」
あの死に方を知っているのであれば、俺と同じように普通ではないと感じたはずだ。
「アイツ……幸司っていうんですけど、幸司が死ぬ少し前にアプリをやり始めたって話をしてて……偶然にしてはできすぎてるっていうか」
言葉ではどう説明して良いかわからない。それでも、あの遺体を前にした時の感覚は、同じものを目にした人間になら伝わるのではないだろうか?
説明をしているうちに、二杯の紅茶とパフェが運ばれてきた。
葵衣の前にパフェと紅茶が置かれ、丈介の前にも紅茶が置かれる。店員が下がると、葵衣は当然のようにパフェを丈介の前へと移動させた。
(そっちが食べるのか……)
思わず物珍しい顔をして丈介を見てしまったが、向けられた鋭い視線と目が合うと慌ててそれを逸らす。
そんな様子を気にかけるわけでもなく、カップに軽く口をつけた葵衣は、バッグの中からスマホを取り出した。
派手にデコられているのではないかと思ったが、案外シンプルな紫色のカバーがつけられているのみだ。
「このアプリ、コミュニティでも色んな噂があるんだよね。実は霊界に繋がってるとか、マッチングすると霊に憑りつかれるとか。大半はデマなんだけどさ」
オカルトコミュニティの掲示板を開きながら、葵衣は新規の書き込みを流し読みしていく。
憶測でも作り話でも、ここに書き込みをしている人間たちは、盛り上がれば何でも良いのだろう。
「アプリで出会ってトラブルが起こるっていうのも、別に珍しくないし。ニュースとかで聞くでしょ、アプリで知り合った相手とホテル行ったら殺されたみたいなヤツ」
「ああ……たまに、見かけることはあるけど」
「けど、このMay恋アプリに関しては、『特定の条件を満たすと死者の世界と繋がることができる』って噂があんの」
それまでくだらない噂話について語っているような口ぶりだった葵衣だが、声色が真剣なものへと変化する。
スマホをテーブルに置くと、画面に向けていた視線を真っ直ぐこちらへと向けてきた。
「別名『冥恋アプリ』って呼ばれてる。冥土の冥に恋って書いてさ」
「冥恋アプリ……」
「古くからの風習で、冥婚ってヤツがある」
突然割って入った低音に、驚いて丈介を見る。
それなりに量があったはずのパフェは、葵衣と話をしている間に綺麗に平らげられてしまっていた。
手前に引き寄せた紅茶のカップに、丈介は角砂糖を二つ落としていく。
「冥婚……?」
「未婚のまま死んだ人間と、生きた人間を結婚させるっつー習俗だよ。死後婚だとか幽婚だとか、呼び方は色々ある」
「アタシらは、その冥婚みたいな力がアプリに影響してるんじゃないかって考えてる」
そんな風習があるということすら、俺は知らなかった。死んだ人間と結婚をさせるなんて、考えただけでも異質なものであることが理解できる。
もしも、あのアプリにもそういった風習の影響のようなものがあるのだとすれば。死者の世界と繋がるという噂も、単なる噂というわけではないのだろうか?
「お二人は、何でこのアプリの事件について調べてるんですか? というか、そもそも何で俺の書き込みに反応くれたのかなって思ってたんですけど」
ダメ元での書き込みだっただけに、俺自身もこんなに早く情報を持つ人間に出会えるとは思っていなかった。
それに、話を聞く限りでは、自分よりもずっと前から事件について調べているように聞こえる。
丈介が隣を一瞥すると、葵衣は少し考えてから口を開く。
「……アタシの兄貴が、一ヵ月前に死んだんだ。アンタの親友と同じように」
「お兄さんが……」
その兄の遺体を発見したのは、恐らく葵衣なのだろう。だからこそ、幸司の遺体の状況についてもよく知っていたのだ。
彼女もまた、身近な人物を異常な死に方で失った一人だった。
「丈介は兄貴のダチで、兄貴が死んだ本当の理由を一緒に探してくれてる。アタシらにとっても、アンタはやっと掴んだ手がかりかもしれないんだ」
一緒に真相についてを探ってほしい。そう言う葵衣の表情は、真剣そのものだった。
断る理由などない。
もとより、俺だって親友の死の真相についてを知りたくてこの場にいるのだから。
「……わかりました。俺にも協力させてください」
改めて申し出ると、葵衣は綺麗に口角を上げてみせる。
始めは予想外の人物がやってきて驚いたが、よく見れば美しい顔立ちをしている少女だと思った。
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