34 / 34
32:エピローグ
しおりを挟む不便な片脚を引きずりながら、どうにか部屋の掃除を終えた俺は、半ば崩れ落ちるようにソファーに腰を下ろす。
散らかしていたつもりはなかったのだが、手をつけ始めてみると気になる箇所が次々に出てきてしまい、思ったよりも時間がかかった。
そろそろ買い物も終わっている頃だろうかと、テーブルに放置していたスマホを手に取る。届いていた新着通知は、葵衣からのものだった。
「もうそこまで来てんのか」
了解とだけ返してスマホを置くと、つけっぱなしにしていたテレビでは、今日の占いというコーナーが始まっていた。
占いなどもうこりごりだと感じはしたのだが、俺にとって今日は特別な日でもあった。
あの日、自分にとって人生最後の日になると思っていた。
柚梨の代わりにと思った気持ちは嘘ではないし、実際あのまま連れて行かれていたとしても悔いは無かっただろう。
柚梨を守ることができるなら、本望だと思った。
それでも、あんな体験をしたからこそ、これからは後悔がないよう生きていこうと思い直したのだ。その第一歩が、俺にとっては柚梨の存在だった。
これまでは、一番身近な友人だった幸司に対しても、自分の気持ちを偽って生活をしてきていた。
そんな俺にとって、これはとてつもなく大きな一歩なのだ。
「……今日こそ、言うぞ」
自分にとって、柚梨はただの幼馴染みではない。今回の件で、それをより強く実感することとなった。
彼女の返事はわからないが、そこは重要ではない。改めてきちんと、自分の気持ちを伝えたいと思ったのだ。
だからこそ、占いはこりごりだし信じていないとはいえ、運勢が最下位では士気が高まらない。そう感じて、俺はテレビから視線を外せずにいた。
『今日最高の運勢なのは……おめでとう、てんびん座のアナタです!』
「お」
アナウンサーの女性が挙げたのは、まさに俺の星座だった。
最下位ではなければ良いとは思ったが、まさかの最高の運勢という結果に自然と気持ちも高まる。
『ラッキーカラーは赤! 今日は赤い物を持ってお出かけください』
「赤……赤かあ」
部屋の中に何か赤いものは無かっただろうかと、整頓された室内を見回す。
あまり色数の多くない室内では、該当しそうなアイテムは見つかりそうにない。
すると、テーブルの上のスマホから電子音が聞こえてきた。
今日の予定は葵衣たちも含めた、四人でのクリスマスパーティーだけだ。連絡を寄越してくるのは、十中八九その中の誰かだろうということは容易に想像がつく。
とはいえ、先ほど到着間近だという連絡が入っていたばかりだ。
まさか、仮にも怪我人に荷物運びを手伝わせるような催促ではないだろうが、どのような用事かと首を傾げながら再びスマホを取り上げた。
「…………え」
ロックを解除して開かれた画面を見て、俺は言葉を失う。
画面の中央には、とっくにアンインストールしたはずの、May恋アプリのアイコンが表示されていた。
そんなはずはないと、ソファーに凭れていた上体を起こして画面を見直す。
ギプスをはめた脚が鈍く痛んだが、そんなことを気にしている場合ではない。何度見直しても、そこにあるのは確かにあのアプリだ。
(何で……確かにアンインストールして消えたはずなのに……)
全身から、一気に冷や汗が噴き出す。それと同時に、アプリが勝手に起動を始める。
操作を試みるが、ホーム画面に戻ることも、電源を切ることもできない。
表示されたのは、あのGPS機能を搭載したマップだった。あの時と違うのは、二つのハートが既に重なった場所にあるということだ。
それを認識すると同時に、自宅のチャイムが鳴り響く。
「!?」
心臓が跳ね上がり、再び画面を見てみるが、ハートは重なり合ったままだ。
(……いや、柚梨たちだ。そうに決まってる)
もうすぐ着くと連絡が入ってから時間が経っている。彼らがここに到着してもおかしくない時間だと、俺は自分に言い聞かせた。
松葉杖を小脇に抱えて、ゆっくりと玄関に近づいていく。
手狭なアパートなので、リビングから玄関までの距離などたかが知れている。けれど、今はその距離が果てしないもののように感じられた。
恐る恐る、俺はドアスコープを覗いてみる。
一瞬あの怪異の顔が脳裏を過ぎったが、そこにいたのは紛れもなく柚梨の姿だった。
「樹~? 買ってきたよ」
なかなか応答しない俺を不審に思ったのか、ドアの向こうから声を掛けてくる。あの恐ろしい呻き声も聞こえてはこない。
スマホを見ると、そこはもういつものホーム画面に戻っていた。アプリのアイコンも見当たらなくなっている。
きっと、何らかの誤作動だったのだろう。もしくは、幻覚を見たのかもしれない。
安堵の息を吐き出すと、俺は鍵を開けて彼女を迎え入れた。
「ごめん、松葉杖に手こずってた。二人は?」
「車停めたらすぐ来るよ。……何かあった?」
出迎えた俺の顔色が悪いことに気がついた柚梨は、心配そうに眉尻を下げる。
最悪の可能性が脳裏に浮かびはしたが、本当に全部終わったのだ。
怪我で不自由なストレスもあって、まだ神経が過敏になっているのだろう。あれからもう半月も経っているんだ。
「いや、何もないよ。ちょっと腹減ったかもな、とりあえず上がれよ」
「そう? じゃあ、お邪魔します」
柚梨を迎え入れる時、閉じかけたドアの向こうには晴れ晴れとした青空が広がっていた。
見慣れた日常が戻ってきたのだから、もう影に怯える必要などない。
何も起こらない生活が当たり前なのだ。
そう気を取り直して、俺は室内へと踵を返す。
俺たちの後を追うように引きずられた、廊下の黒い液体の跡には、気づかないふりをして。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる