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生まれた時から
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300 生まれた時から
目覚ましの音が鳴る。その音で私は目を覚ます。
先ほどまで心地よい夢を見ていたような……。もう少しこのまままどろんでいたい。
もぞもぞと動き出し目覚ましを止めるケイ。薄目を開けてその姿を覗き見る。
目覚ましを止めたその手がまるで赤子が眠りにつくようにゆっくりとたたまれていく。
握り拳が口元に来たあたりで静かにケイは私の胸元にゆっくりとうずまってきた。
それを大切なこわれものを扱うような気持ちで受けとめて私はケイを抱きしめる。
どうしよう。
なんだか幸せだ。
私の腕の中で静かに寝息を立てるケイを堪能したあと、ゆっくりと起こさぬようにベッドを抜け出す。
もう少し眠ると良い。だいたい普段からなんだかんだと働きすぎなのだ。
いっぱい溜まっているからと帰ってからもガンツの包丁を研ぎ、次の日には仕入れに行くから早起きするなどと。
そういえばサンドラにも怒られてしまったな。張り切るのは良いが体を休める時間も作れと。
私も少し反省した。
楽しそうだからと言って見ているだけではいけないのだな。
見守るというのはきっとそういうことではないのだ。
外に出て素振りを始める。
いつ間やっている通り、規定の回数をこなして汗を拭く。
日課となっているこの鍛錬をやめるつもりはないが、私はもう、剣の腕で身を立てることは考えていない。
何もできないと思っていたこの手は、もっといろんなことが出来ると教えてもらったから。
この手は……誰かに優しくすることだって出来るのだ。
不器用で何もできないと思っていた。
剣を振る以外に何の取り柄もない傷だらけで醜い手だ。年頃の女ならもっと優しい、柔らかい手をしているに違いない。
いつもそう感じていたが、それで良いと思っていたし、それで誰かを守ることが出来るのならば構わないと思っていた。
初めて王都に来た時に馬車の中で手を繋いで欲しいとねだったことがある。
私の手をとって導いて欲しい。
あの頃の私はそんなことを考えていた気がする。
だけどケイは私の手をとり優しく包み込んでも、けして私を導いたりなどしなかった。
いつでも私のことを気遣い、自由にさせてくれた。
調子に乗った私はこの手でケイを守るのだと鼻息を荒くしていたように思う。
実際守られていたのは私だったのだが。
彼の手によって私にもたらされたものを数え出すとしたならきりが無い。
私はその手で確かに守られていた。
不思議に思って寝ている彼の手をしみじみ眺めたことがある。
なんてことはない普通の手だ。
所々に包丁で傷つけたであろう古傷があり、私のような剣ダコは無いものの、どちらかというと無骨な、ごく普通の男性の手のひらだった。
エリママに勧められてはんどくりーむというものを塗り始めた。
エリママが言うには手が痛んでいてかわいそうだということらしい。
エリママのような優しい手になれるのであればと毎晩欠かさず手に塗っている。
自分の手のひらを見る。
少し変わったな。
変わったのは私の心なのか。
手は自分の心を表すと言う。私の手は相変わらず無骨なものだが水仕事が増えたからだろうか。
少し、私の母の手に似てきたように思う。
不思議なものだ。
この手でケイの手をとり2人で歩くことにも慣れてしまった。
繋いだ彼の手は、いつも優しく私の手を包み込む。
その時間は嫌いでは無い。
導いて欲しいとか守って欲しいとかその他の感触に何かを願うことももはや無い。
ただ繋がっている心地よさと安らぎを感じるだけだ。
部屋に戻り汗を拭って着替えをする。
私の愛しい人はまだ夢の中だ。
むにゃむにゃ言ってる口が可愛い。
鏡を見ながら髪を整えて、彼に買ってもらったペンダントをつける。
彼の手は、誰かに何かを与えることが出来る手なのだ。
私の手とは違う、暖かいものを与えられる手。
固く握りしめて敵を排除する私の手とは違う。
優しい手だ。
憧れた人に師事して手解きを受けるよりも、ただ隣で不器用にその人の真似をすることが真にその人を理解する方法だと祖父は言った。
私はケイの隣に……ケイのそばにいたい。
寝顔も良いな。ついじっくりと眺めてしまった。緩んだ口元から涎を流す姿さえ愛しく思う。
お茶でも淹れようか。
何が良いかな。
愛おしいという気持ちを最近知った。
手を繋ぎ、安らぎを感じることも、その腕で抱きしめて優しく気持ちを伝え合うことも。きっとそれは誰かに教えられたわけじゃなくて、生まれた時から覚えているのだろう。
そうでなければこうまで自然に身体は動かないし、心はこんなにも動かない。
私は恋をして、彼を愛し始めている。
やかんを火にかけてお湯が沸くのを待つ。
けれどもその時間がもどかしくてつい寝ている彼のところに向かってしまうのだ。
静かに寝息を立てる彼のおでこに優しくキスをする。
しまった。起こしてしまったか……。
こんな日があってもいい。
私は……。
こんな日常が永遠に続くことを望んでいる。
目覚ましの音が鳴る。その音で私は目を覚ます。
先ほどまで心地よい夢を見ていたような……。もう少しこのまままどろんでいたい。
もぞもぞと動き出し目覚ましを止めるケイ。薄目を開けてその姿を覗き見る。
目覚ましを止めたその手がまるで赤子が眠りにつくようにゆっくりとたたまれていく。
握り拳が口元に来たあたりで静かにケイは私の胸元にゆっくりとうずまってきた。
それを大切なこわれものを扱うような気持ちで受けとめて私はケイを抱きしめる。
どうしよう。
なんだか幸せだ。
私の腕の中で静かに寝息を立てるケイを堪能したあと、ゆっくりと起こさぬようにベッドを抜け出す。
もう少し眠ると良い。だいたい普段からなんだかんだと働きすぎなのだ。
いっぱい溜まっているからと帰ってからもガンツの包丁を研ぎ、次の日には仕入れに行くから早起きするなどと。
そういえばサンドラにも怒られてしまったな。張り切るのは良いが体を休める時間も作れと。
私も少し反省した。
楽しそうだからと言って見ているだけではいけないのだな。
見守るというのはきっとそういうことではないのだ。
外に出て素振りを始める。
いつ間やっている通り、規定の回数をこなして汗を拭く。
日課となっているこの鍛錬をやめるつもりはないが、私はもう、剣の腕で身を立てることは考えていない。
何もできないと思っていたこの手は、もっといろんなことが出来ると教えてもらったから。
この手は……誰かに優しくすることだって出来るのだ。
不器用で何もできないと思っていた。
剣を振る以外に何の取り柄もない傷だらけで醜い手だ。年頃の女ならもっと優しい、柔らかい手をしているに違いない。
いつもそう感じていたが、それで良いと思っていたし、それで誰かを守ることが出来るのならば構わないと思っていた。
初めて王都に来た時に馬車の中で手を繋いで欲しいとねだったことがある。
私の手をとって導いて欲しい。
あの頃の私はそんなことを考えていた気がする。
だけどケイは私の手をとり優しく包み込んでも、けして私を導いたりなどしなかった。
いつでも私のことを気遣い、自由にさせてくれた。
調子に乗った私はこの手でケイを守るのだと鼻息を荒くしていたように思う。
実際守られていたのは私だったのだが。
彼の手によって私にもたらされたものを数え出すとしたならきりが無い。
私はその手で確かに守られていた。
不思議に思って寝ている彼の手をしみじみ眺めたことがある。
なんてことはない普通の手だ。
所々に包丁で傷つけたであろう古傷があり、私のような剣ダコは無いものの、どちらかというと無骨な、ごく普通の男性の手のひらだった。
エリママに勧められてはんどくりーむというものを塗り始めた。
エリママが言うには手が痛んでいてかわいそうだということらしい。
エリママのような優しい手になれるのであればと毎晩欠かさず手に塗っている。
自分の手のひらを見る。
少し変わったな。
変わったのは私の心なのか。
手は自分の心を表すと言う。私の手は相変わらず無骨なものだが水仕事が増えたからだろうか。
少し、私の母の手に似てきたように思う。
不思議なものだ。
この手でケイの手をとり2人で歩くことにも慣れてしまった。
繋いだ彼の手は、いつも優しく私の手を包み込む。
その時間は嫌いでは無い。
導いて欲しいとか守って欲しいとかその他の感触に何かを願うことももはや無い。
ただ繋がっている心地よさと安らぎを感じるだけだ。
部屋に戻り汗を拭って着替えをする。
私の愛しい人はまだ夢の中だ。
むにゃむにゃ言ってる口が可愛い。
鏡を見ながら髪を整えて、彼に買ってもらったペンダントをつける。
彼の手は、誰かに何かを与えることが出来る手なのだ。
私の手とは違う、暖かいものを与えられる手。
固く握りしめて敵を排除する私の手とは違う。
優しい手だ。
憧れた人に師事して手解きを受けるよりも、ただ隣で不器用にその人の真似をすることが真にその人を理解する方法だと祖父は言った。
私はケイの隣に……ケイのそばにいたい。
寝顔も良いな。ついじっくりと眺めてしまった。緩んだ口元から涎を流す姿さえ愛しく思う。
お茶でも淹れようか。
何が良いかな。
愛おしいという気持ちを最近知った。
手を繋ぎ、安らぎを感じることも、その腕で抱きしめて優しく気持ちを伝え合うことも。きっとそれは誰かに教えられたわけじゃなくて、生まれた時から覚えているのだろう。
そうでなければこうまで自然に身体は動かないし、心はこんなにも動かない。
私は恋をして、彼を愛し始めている。
やかんを火にかけてお湯が沸くのを待つ。
けれどもその時間がもどかしくてつい寝ている彼のところに向かってしまうのだ。
静かに寝息を立てる彼のおでこに優しくキスをする。
しまった。起こしてしまったか……。
こんな日があってもいい。
私は……。
こんな日常が永遠に続くことを望んでいる。
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