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後片付けは明日で良い
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308 後片付けは明日で良い
急に抱きしめられても困る。
油断していた。
しかしエリママに聞いていた通りだ。
「どっしりと構えていればいいのよ。表情になんて出しちゃダメよ。普通な顔して出迎えなさい。きっと向こうからあなたのことをぎゅっと抱きしめてくれるだろうから」
そうは言っても、玄関先でこんなに。
平静を装うとか、そんな。
少し顔に傷がついてるな。どこかで擦ってしまったか。そういえば怪我はしていないのか?どうなんだろう。
私はそっと顔についた擦り傷を魔法で治してあげた。
お茶の準備も出来ているんだけどな。
何だか大きい子供みたいだ。
話を聞くのは後にしよう。きっと面白い話が聞けるに違いない。
ケイが帰り道でもらって来たという串焼きを温め直して食事にする。
ケイが作った方が美味いと思うが頂いたものだし大事に食べなければ。
一口食べたところでケイが台所に行く。マヨネーズに何か混ぜてるな。
「芥子マヨネーズだよ。ちょっと付けると美味しいと思うんだ」
確かに。ほんのちょっと付けるだけで全く違う。酸味とこの少し後から来るほんのり辛いのがいいな。
夕飯を食べながらケイは森であったことを話してくれる。
リックにとっては確かに息抜きになったようだったが、ケイやオイゲンが想像していたような感じではなかったらしい。
リンの可愛いところを100個も聞かされたそうだ。
むむむ。
リックもやるな。100個もさらっと言えてしまうのか。私はケイの可愛いところをいくつあげられるか考えてみる。
50個くらいならばすぐに思いつくのだが、100個ともなると少し考える時間が必要だ。紙に書き出してみないと重複してしまいそうだし。
「気配察知もね。少し慣れたからかな。オイゲンにいろいろコツみたいなものを聞いたら少し楽に使えるようになったよ。スキルって人それぞれやり方や効果が違うものなんだね」
「うむ。私の剣術ように、誰かに教えられて修練を積むならばスキルはその師のものに似てくるのだと思うが、冒険者の戦い方は人それぞれだからな。ほとんどの者が独学で学んでいるし、スキルもまた人の数だけ様々な形に変化していくのだろう」
「料理の場合はどうなんだろうね」
「包丁の使い方などという単純なものではないからな。誰にでも慣れ親しんだ味というものもあるだろうし。故郷の味というのは死ぬまで覚えているもののようであるからな。簡単にスキルとしてまとめられるものでもあるまい」
そう言うと少しケイは困った顔になる。
あまり自分の故郷のことを話したくないのだろうか?
ゼン殿との話ではなさそうに思える。
話したいことがあるのに話すのを我慢している。出来るだけ表情に出さないように。
最近ケイはそんな顔をすることが増えた気がする。
もうそんなに無理をしなくていいのだ。
人には言えない秘密があるのだとしても、それはいつか話せる時に話してくれればいい。
しかし他人の目を気にして自分がやりたいと思うことを我慢する必要はもう無いのだ。
誰かに見つからないよう怯える必要なんてない。堂々と自分のやりたいことをすればいい。
周りに味方はすでに大勢いるのだから。
ケイは知らないだろうがあの時ギルドには100人近く冒険者たちが集まったのだそうだ。よほどセシルの人望があるのかと思えば、炊き出しの小僧のためだとか言って、皆、勢い勇んで集まったらしい。
貸切に来たお客たちは出される料理を絶賛していたぞ。いつかお城で会った庭師の老人もとても喜んでいた。
クライブなどはすこぶる上機嫌だ。皆から弟子を褒められて、怒っているのかなんなのか難しい表情になっている。
私は知ってる。クライブは嬉しい時にどんな表情をしていいのかわからないのだ。
怖い顔が悩むとさらに怖くなる。
それをいつもより多めに酒を飲んで誤魔化していた。
もう遠慮なんてしなくて良いのだ。
ケイのことを大切に思う人たちは存外に多いのだぞ。おかしな貴族に攫われたとしても奪還することなど容易いことだ。それだけの戦力がお前のために集まってくれるのだぞ。
そう言いたかったけれど言い出せなかった。
王都に着く前の日、テントの中でのこと。
「その時は王都を出よう。どこか田舎で2人で働きながらひっそりと暮らさない?」
私の手配書の件が解決していなかったらそうしようとケイは言った。
私がそばにいるならどこに住んでても幸せだと彼は言う。
私は泣きそうになる顔を見られたくなくって寝たふりをした。
確かに良いな。
海が見える街で2人で定食屋を営むのだ。裕福でなくてもいい。いつか子供も生まれて家族になって、男の子と女の子、両方欲しいな。皆で一緒に食卓を囲むのだ。
大皿で出された料理を皆で取り合いながら。
幸せとは、そんな未来を想像することができる、今のこの瞬間のことなのかもしれない。
夢があるとは、希望があるとはなんと幸せなことなのだろう。
しかし、あのエルフとまた出会ったのには驚いた。予定を変えて王都に立ち寄ることにした?小熊亭にも来るのだろうか。
見るからにそれなりの地位にある立場の人間だと思うが……。
まあ特別、面倒なことにはならないだろう。
クライブもいることだしな。
今日はなんだか疲れたと言ってケイはシャワーを浴びにいく。
干していた布団をベッドに敷いて、果実水を作ってみた。
サンドラに今日教えてもらったレシピだ。初めて作ったからどうだろうか。保冷庫から氷を出してコップに入れておく。
寝室の小さなテーブルにそれを置き、私はケイと入れ違いでシャワーを浴びた。
シャワー浴びて戻って来たらケイは椅子に座ってうとうととしている。
果実水は全部飲んだみたいだ。その手に持っているコップの中の氷が小さくカランと音を立てる。
そのコップを受け取りテーブルに置いた。
寝ぼけたケイの手を取りベッドに導いて、そして今夜もケイを抱きしめて眠る。
後片付けは明日で良い。
果実水のコップがテーブルの上でカランと音を立てた。
急に抱きしめられても困る。
油断していた。
しかしエリママに聞いていた通りだ。
「どっしりと構えていればいいのよ。表情になんて出しちゃダメよ。普通な顔して出迎えなさい。きっと向こうからあなたのことをぎゅっと抱きしめてくれるだろうから」
そうは言っても、玄関先でこんなに。
平静を装うとか、そんな。
少し顔に傷がついてるな。どこかで擦ってしまったか。そういえば怪我はしていないのか?どうなんだろう。
私はそっと顔についた擦り傷を魔法で治してあげた。
お茶の準備も出来ているんだけどな。
何だか大きい子供みたいだ。
話を聞くのは後にしよう。きっと面白い話が聞けるに違いない。
ケイが帰り道でもらって来たという串焼きを温め直して食事にする。
ケイが作った方が美味いと思うが頂いたものだし大事に食べなければ。
一口食べたところでケイが台所に行く。マヨネーズに何か混ぜてるな。
「芥子マヨネーズだよ。ちょっと付けると美味しいと思うんだ」
確かに。ほんのちょっと付けるだけで全く違う。酸味とこの少し後から来るほんのり辛いのがいいな。
夕飯を食べながらケイは森であったことを話してくれる。
リックにとっては確かに息抜きになったようだったが、ケイやオイゲンが想像していたような感じではなかったらしい。
リンの可愛いところを100個も聞かされたそうだ。
むむむ。
リックもやるな。100個もさらっと言えてしまうのか。私はケイの可愛いところをいくつあげられるか考えてみる。
50個くらいならばすぐに思いつくのだが、100個ともなると少し考える時間が必要だ。紙に書き出してみないと重複してしまいそうだし。
「気配察知もね。少し慣れたからかな。オイゲンにいろいろコツみたいなものを聞いたら少し楽に使えるようになったよ。スキルって人それぞれやり方や効果が違うものなんだね」
「うむ。私の剣術ように、誰かに教えられて修練を積むならばスキルはその師のものに似てくるのだと思うが、冒険者の戦い方は人それぞれだからな。ほとんどの者が独学で学んでいるし、スキルもまた人の数だけ様々な形に変化していくのだろう」
「料理の場合はどうなんだろうね」
「包丁の使い方などという単純なものではないからな。誰にでも慣れ親しんだ味というものもあるだろうし。故郷の味というのは死ぬまで覚えているもののようであるからな。簡単にスキルとしてまとめられるものでもあるまい」
そう言うと少しケイは困った顔になる。
あまり自分の故郷のことを話したくないのだろうか?
ゼン殿との話ではなさそうに思える。
話したいことがあるのに話すのを我慢している。出来るだけ表情に出さないように。
最近ケイはそんな顔をすることが増えた気がする。
もうそんなに無理をしなくていいのだ。
人には言えない秘密があるのだとしても、それはいつか話せる時に話してくれればいい。
しかし他人の目を気にして自分がやりたいと思うことを我慢する必要はもう無いのだ。
誰かに見つからないよう怯える必要なんてない。堂々と自分のやりたいことをすればいい。
周りに味方はすでに大勢いるのだから。
ケイは知らないだろうがあの時ギルドには100人近く冒険者たちが集まったのだそうだ。よほどセシルの人望があるのかと思えば、炊き出しの小僧のためだとか言って、皆、勢い勇んで集まったらしい。
貸切に来たお客たちは出される料理を絶賛していたぞ。いつかお城で会った庭師の老人もとても喜んでいた。
クライブなどはすこぶる上機嫌だ。皆から弟子を褒められて、怒っているのかなんなのか難しい表情になっている。
私は知ってる。クライブは嬉しい時にどんな表情をしていいのかわからないのだ。
怖い顔が悩むとさらに怖くなる。
それをいつもより多めに酒を飲んで誤魔化していた。
もう遠慮なんてしなくて良いのだ。
ケイのことを大切に思う人たちは存外に多いのだぞ。おかしな貴族に攫われたとしても奪還することなど容易いことだ。それだけの戦力がお前のために集まってくれるのだぞ。
そう言いたかったけれど言い出せなかった。
王都に着く前の日、テントの中でのこと。
「その時は王都を出よう。どこか田舎で2人で働きながらひっそりと暮らさない?」
私の手配書の件が解決していなかったらそうしようとケイは言った。
私がそばにいるならどこに住んでても幸せだと彼は言う。
私は泣きそうになる顔を見られたくなくって寝たふりをした。
確かに良いな。
海が見える街で2人で定食屋を営むのだ。裕福でなくてもいい。いつか子供も生まれて家族になって、男の子と女の子、両方欲しいな。皆で一緒に食卓を囲むのだ。
大皿で出された料理を皆で取り合いながら。
幸せとは、そんな未来を想像することができる、今のこの瞬間のことなのかもしれない。
夢があるとは、希望があるとはなんと幸せなことなのだろう。
しかし、あのエルフとまた出会ったのには驚いた。予定を変えて王都に立ち寄ることにした?小熊亭にも来るのだろうか。
見るからにそれなりの地位にある立場の人間だと思うが……。
まあ特別、面倒なことにはならないだろう。
クライブもいることだしな。
今日はなんだか疲れたと言ってケイはシャワーを浴びにいく。
干していた布団をベッドに敷いて、果実水を作ってみた。
サンドラに今日教えてもらったレシピだ。初めて作ったからどうだろうか。保冷庫から氷を出してコップに入れておく。
寝室の小さなテーブルにそれを置き、私はケイと入れ違いでシャワーを浴びた。
シャワー浴びて戻って来たらケイは椅子に座ってうとうととしている。
果実水は全部飲んだみたいだ。その手に持っているコップの中の氷が小さくカランと音を立てる。
そのコップを受け取りテーブルに置いた。
寝ぼけたケイの手を取りベッドに導いて、そして今夜もケイを抱きしめて眠る。
後片付けは明日で良い。
果実水のコップがテーブルの上でカランと音を立てた。
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