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しおりを挟むあれから怖いくらいに何も起こらず、前期の授業が終わった。セイから見るフラウの動きにも特に異変はなく、変わらずタイムとは行動を共にしていたらしいが特別怪しい動きはなかったのだとか。
そして、リリーの“赤ちゃん言葉”問題の解決にもあまり進展はなかった。ギムリィやハレム、王子たちの力を持ってしても原因はわからずじまいだった。どの文献を読みあさってもリリーのような病の症例もなければ、“赤ちゃん言葉”のあの字もないのだ。ただ、全ての文献に目を通したわけでもないし、全国を渡り歩きその様な症状を尋ねることもできてはいない。なにせ数人の召使いたちが手伝ってくれているとはいえ、リリーの抱える問題を知っているのは数限られており、彼らが仕事の片手間に調べるのには限度があるのだ。なかなか手がかりの掴めない状況に焦燥感も募るが、それだけまだ治る可能性という希望が持て、リリーたちは複雑な気持ちだった。
前期の試験も全て終わり夏期休暇に入ったため、今リリーは屋敷の庭園の木陰で涼みながら本を読んでいる。至福のひとときだ。
兄二人は真面目ながら、自室で勉強中であるらしい。もう少ししたら休憩という名目でお茶に誘おうかなと思いながら、ページを進める。
「あっ!」
滑らかな木材で作られたチェアに身体を預けながら夢中になって読んでいると、ふと背後でガサリと草を踏む音が聞こえ掲げていた本がひょいと奪われてしまった。
「こらリリー、こんな暗い場所で長時間の読書はあまり関心しないぞ」
「お茶に誘ってくれるかな~って思って待ってたのに、いつまで待ってても来ないから来てみたら・・・・・・。僕たちのことを忘れて本に夢中になるなんて、まったく・・・・・・」
「ごぇんなしゃい・・・・・・」
リリーがしゅんっとなって兄二人に謝ると、それにほんわりと顔が緩んだ二人が『仕方ないな』と頭をくしゅりと撫で上げた。
「さっ、休憩しよう」
「うんっ!」
優しい兄たちに誘われ、リリーは固まった身体をぐぐっと伸ばしてからチェアから足を下ろした。陰った場所で湿った草を踏みしめると、ふんわりと体重を受け止めてくれそれが心地よく感じられる。
「これは、こないだ父上が隣国に行ったときのもので――
午後の優しい日差しの下、兄弟三人で顔を向け合い静かな時を楽しむ。耳を澄ますと木々の隙間から小さな鳥の鳴き声がし、風が吹けば植物がさわさわと心地よい音を立てる。少しひんやりとするガゼボの下では、ちょうどよい温かさの紅茶が甘く体内に広がる。リリーは苦い物が苦手なのだが、それを心得ている召使いによってそれは口の中で広がる甘さを持っていた。兄が話しながら進めてくる珍しい菓子を口に入れ、また本の話などに花を咲かせて非常に穏やかな時間を過ごした。
それは、そう・・・・・・まるで、嵐の前の静けさのようだった。そのことはまだ、こんなに晴れ渡り爽やかな青空の下では気づかなかったのだが。
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