天使の声と魔女の呪い

狼蝶

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「リリー、大丈夫か?本当に、辛かったらすぐに言いなさい」
「リリー、無理してはいけないよ」

「あい・・・・・・」

 馬車の中、眉を下げて心配する兄二人に両手を握られて顔を近づけられる。もう大丈夫だからと三人で馬車から降りると、そこは休暇前ほぼ毎日通っていた学園の門。そしてそこは、あの夜のことがあった場でもあった。一瞬あのときのことを思い出して身体を強ばらせたが、ハレムに手を握られ心を落ち着かせることができた。
 すぐ後に来たゼノが兄の役を引き継ぎ、兄たちは名残惜しそうにそれぞれクォードとジルに教室へと引っ張られていった。
 教室まで歩く途中廊下でフラウリーゼとアランに会ったが、彼女は心底申し訳なさそうな顔をして頭を下げてきて、アランも非常に気まずそうな表情を向けてきた。
 ふとこないだの会場でフラウに逆らった彼らは大丈夫だったのだろうかと頭を過ぎったが、わざわざ口に出して聞こうとはせず、無言で会釈をして通り過ぎた。

 あれだけ心配していたのにも関わらず、あっけなく数ヶ月が過ぎていった。警戒し過ぎるほどしていたフラウも、全く接触してくる気配が見られない。ギムリィによると、学園には来ているようだが、気味が悪いくらいに何もしてこないのらしい。それに安堵もしつつ、やはり普段の彼を知っているだけに嫌な予感が胸に立ち上る。
 極力自分たちが守るし、ゼノたちもリリーの側を離れないようにしてくれる。それにいざとなったら教室が近いアランを頼りなさい、と兄たちに言い聞かされ、何度も聞かされた文句にわかったからと適当に返事をしてしまう。あれだけことある事に突っかかってきた彼がこれだけの間何もしてこないのだから、もう絡んでくるのは止めたのではないかと、なおも心配する兄たちを尻目にリリーは考えていた。

 そんなリリーの考えに反し運悪く、呑気に過ごしていたリリーに世間はそんなに甘くはないと知らしめる出来事が起こるのだった。

 *****

 ある日、生徒会の仕事で兄たちや王子たちが皆リリーの側を離れてしまった昼休みが訪れた。教室から出る際に『絶対にここから出てはいけないよ』とゼウからしつこく聞かされていたため、リリーは教室で静かに昼食を取ることにした。
 そのため料理長に作って貰った手製の弁当を食べようと胸を躍らせながら弁当を取り出そうとしたところ、ふと視界の端で何かが落ちるのを見た。視線をそちらへ向けると、上品なハンカチが一枚、地面に落ちている。今そこを通りがかった男子生徒がその持ち主らしいが、彼はちょうど今教室を出ようとしていた。咄嗟に声をかけようと口を開いたが、ここは家ではないということを思い出し急いで閉じる。安易に声を出してはいけないと自分に言い聞かせた。
 だが彼はハンカチを落したことなどに気づかずさっさと歩いて行ってしまう。リリーは仕方なく、落ちたハンカチを拾って彼を追いかけることにした。
 ゼウからの言いつけを忘れたわけではないが、少しくらい教室から出たって大丈夫だろう、と軽く思っていたのだ。すぐに追いついて渡して返ろう、と思っていた。

 だが予想に反し、先を歩く彼の足は速かった。廊下をできる限り早く歩き、もうすぐで追いつくかと思うと、彼はもう角を曲がっている。どうやら彼は、庭園へと向かっているようだった。あそこは人気が高いが、昼食時は皆食堂か教室かで昼食を取ることから今は絶好の緑浴時である。爽やかな風に吹かれ、美味しい空気を吸い、たくさんの緑に囲まれながらの昼食・・・・・・自分もそうしてみたいな・・・・・・と一瞬思ったが、ゼウの言葉を思い出し彼にこれを渡したらすぐに教室へ戻ろうと思い直す。

 角を曲がると、庭園の入り口のところで追っていた生徒が立ち止まっていた。やっと追いついたと胸を下ろしながらその背中に手を伸ばそうとした瞬間、誰かに後ろから抱きしめられ身体が思いっきり強ばる。

「っ!!?」

 いきなり壁に身体を押しつけられ、痛いっ!と思ったが声は出なかった。

「ははっ、上手くいったな」
「そうだな。ああ、リリー様・・・・・・やはりお美しい・・・・・・」
「間近で見ると尚更それがよくわかるよ。というか、やはりこんな時でも声は出さないんですね、リリー様は」


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