天使の声と魔女の呪い

狼蝶

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「リリー、少しいいか?」

 時は夕刻、ホワイトローズ家の屋敷で夕食が終わったあと、ギムリィとハレムは最近常となったぽやぽやと夢心地のような表情のリリーを呼び止め、食後のティータイムへと誘った。

 生暖かい風が吹く中、三人はテラスに用意されたチェアに腰掛け食後の胃に優しい紅茶を嗜む。

「・・・・・・ふふっ・・・・・・」
「どうした、リリー?」
 湯気の立ち上るカップを両手でちょこんと持つリリーの可愛さに二人の兄が静かに悶える中、表面を見つめていたリリーがいきなり可愛らしい笑い声を上げたため、二人は首を傾げた。

「あのねぇ、こないだね、“ふらう”が――」

 どうやら思い出し笑いだったらしく、最近リリーの口から出る回数が非常に多い“フラウ”についての事柄がまたもやリリーの口から語られ始めた。
 顔を上気させうるうると潤んだ瞳で口元を緩ませ話す姿は大変胸を刺激する様子なのだが、さすがにここまで頻繁に政敵の話をされることと、愛する末弟が恋をしているかのように彼の名を口に出すことにギムリィとハレムは限界を感じていた。

「リリー、話を中断してすまない。兄さんからリリーに聞きたいことがあるんだ」
「僕からも」
「ん、いいよ。なに・・・・・・?」

 止まらなそうな話を申し訳なく中断させ、ギムリィとハレムがカップをソーサーに置き真剣な顔でリリーに身体を向けると、彼はいつもの優しい兄の雰囲気が少し怖いことに驚きぽかんとした表情で彼らのことを見つめた。両手にはまだカップが握られており、カップを持つ手に力が入っていて緊張していることがよくわかる。

「あのな、はっきりしておきたいのだが・・・・・・。リリーはその、フラウのことを好きなのか?」
「ふぇっ!!?」
 ギムリィも緊張して額に汗を感じながら近頃ずっと考えていた疑問を、答えを聞くのが恐ろしい問いを、リリーに向かって投げかけた。いきなり兄から言われたその言葉に、リリーは肩を弾ませて驚き、珍妙な、だが思わず頬が緩んでしまいそうになる声を上げる。リリーは顔を赤くしたが口は閉じたままで、視線を徐々に下に下ろしていき、紅茶の表面を見つめて黙りこくってしまった。

「ははっ、やっぱり僕たちの早とちりだったみたいですね、兄上?」
 しばらく沈黙し続けていたリリーに、『否』と取ったハレムが身体を弛緩させ『あぁ~緊張したぁ』と項垂れていた。未だ無言のままのリリーに、ギムリィも釣られてほっと息をつきそうになった瞬間、リリーの小さな声が零された。

「・・・・・・き」
「え、何て・・・・・・?」

 あまりにも小さい声に、思わず聞き返してしまう。
 リリーは両手で持っていたカップをそろそろと下ろし、コツンとソーサーの上に置いた。そしてゆっくりとギムリィたちに目を向け恥ずかしそうに噛みしめていた唇を開くと、今度はもっと大きな声で確かに言った。

「しゅき・・・・・・。ふらうのことが、しゅ、しゅきなの・・・・・・」
「ああリリー!!」
「なんてことだ・・・・・・」
 ギムリィとハレムは二人して頭を抱えた。まさかと恐れていたことを本人に形にされ、目の前が真っ暗になったかのようだった。

「リリー!リリーはあいつに何をされたか覚えているよね!?」
「う、うん・・・・・・」
「じゃあ何故なの?どうして!?」
「ハレム、一度落ち着け。リリー・・・・・・、お前も、ちゃんと冷静になって考えた上で、フラウのことが好きなのか?」
「しょ、しょうだよ・・・・・・?にいしゃんたち・・・・・・ぼくのことぉ、おうえんしてくぇないの・・・・・・?」
 今にもこぼれ落ちそうなほど目に涙を溜めたリリーに、二人は唇の端を噛んだ。『愛するリリーを泣かせたくない』。それは共通の想いである。しかし、これはただ単に相手がホワイトローズと敵対するブロッサム家の人間だからでも、ギムリィたちと気が合わない人間だからでもなく、ただただリリー自身が心配だからだ。
「ああごめんよリリー。兄さんが驚かせたね」
「聞いてくれリリー、あいつ・・・・・・いや、フラウはな――」
「にいしゃんたちは、よよこんで(よろこんで)くえないの・・・・・・?りりぃのきもち、みとめてくえないの・・・・・・?」
「違うんだリリー、」
「もっ、もぉやだ!ぼくはふらうのことがしゅきらの!わかってくえないなんて・・・・・・に、にいしゃんたちきらい!!」

「「リリー!!!」」

 目を瞑り涙を零し、リリーは服の裾を握りながらそう叫びテラスから走って行ってしまった。後に残された二人は、まるで魂でも抜かれたかのような絶望を表した表情で椅子に座っていた。


 そして次の日からリリーは兄たちから距離を取るようになってしまった。まず朝は部屋から出てこず、兄たちとは違う馬車に乗り、学園でも顔を見合わせず、また家でも食事を別で取るという断固とした態度で怒りの意を露わにした。
 そんな様子を、二人の兄がまるで干からびたような顔で“ファーストリリーの会”のメンバーたちに語り、それを聞いた皆はそれはそれは彼らに同情をした。
 それでも生徒会の仕事は減らず、彼らはリリーの天使の声を聞き己の糧にすることもなく奔走し続けたのだった。


 そして彼らが奮闘し完璧な準備がなされ、とうとうやってきた修学パーティー。そこで、彼ら全員、いや会場にいる全ての生徒が皆驚くことが、起こるのだった。





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