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しおりを挟むキャスティアがフラウに出した提案とは、フラウがリリーと婚約を結ぶことであった。
最初にその話を聞いた時には何を荒唐無稽なことを、と一蹴したが、よくよく考えると、上手く行けばブロッサムにとって非常に有利な状況になることがわかった。
第三王子と婚約をすると噂されるリリーをフラウが奪えば、第三王子の婚約者の席は空きそこにフラウリーゼが座る余地ができる。また二人の結婚は、長年しのぎを削ってきたブロッサム家とホワイトローズ家両家を繋ぐ架け橋となるのだ。
だが問題は、どうやってリリーをその気にさせるか、だった。
どうやっても今のリリーはフラウを好きになどなるはずがないことはわかりきっていた。自分でそのような状況を作り出してきたからだ。はっきり言って、フラウはリリーから嫌われるようなことしかしてきていない。
その時、キャスティアがクスリと妖しい笑みを浮かべながら、『僕に任せて下さい』と言った。婚約宣言の場で承認と契約書への署名が行われればそれは大きな効力を発する。ということは、最悪その場だけでもリリーがその気になればよいということだ。それにしてもどうするのかとフラウは眉を潜めたが、キャスティアは『よい術士を知っている』と言うのだ。
一体何を言っているのかとさらに眉間の皺を深くしたが、話を聞くとなんと相手は魔女だという。もちろんフラウも魔女の存在は知っていた。物語の中の存在として。だから彼の突拍子もない発言に疑いの気持ちを表に出してしまったのだ。しかしキャスティアは至極真面目で、それに二年生まで全く治る兆しのなかった彼の重い病を一瞬のうちに治してしまった人物なのらしいことを語った。彼女の魔法はすごいもので、あれだけフラウを警戒し怯えているリリーも彼女にかかれば突如フラウに恋をするだろう、と簡単には信じられないようなことを言われた。
しかし驚くことに、それは上手くいった。
キャスティアの方で見繕った何人かの男子生徒に態とリリーを誘い出し襲わせ、そこをフラウが助け出すという計画で、フラウは馬鹿馬鹿しいと思ったがやはり今までの悪いイメージを払拭する必要があると思い、言われるがまま複数の男子生徒に押さえつけられ怯えきったリリーを救出した。
数人の、しかも自分よりも大きな身体の相手に無理矢理拘束され、今まさに襲われようとしているにも関わらず声を出さないよう必死に唇を結ぶ様子や、瞬きをすればこぼれ落ちそうなほどに膜を張った涙の粒を目にしたとき、フラウはなんだか胸の辺りがムカムカするのを感じた。リリーににやけた顔を近づけ細い腕を掴み、彼の服に手をかける野郎共。泣きそうな、悔しそうなリリーの表情を見て、フラウは『こいつの泣き顔を見て良いのは、俺だけだ!』と、支配欲にも似た感情がわき上がったのだ。
リリーを襲っていた奴らを全て倒し、激しく動いたため乱れた前髪を搔き上げた後にリリーに目を向けると、彼の身体がわかりやすくビクン、と跳ねた。
フラウに怯えているのは明確で、それが何故か胸を苦しませた。『そんな怯えた目で見るな!』そう怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、そうすればリリーはさらに怯え、泣き出しさえしてしまいそうだった。
近づいていくと、ぷるぷると震える自信の身体を抱き涙の膜が張った目でフラウを直視できずに顔を俯かせるリリー。それを見ていると、怒りよりも泣き止ませたい、と思った。手を握ると再びビクッと驚かてしまう。握った手は小さく、そして冷たかった。仕掛けたのはフラウだが、複数のよく知りもしない男たちに襲われそうになり、どれほど怖かっただろうか。助けも呼びたかったはずだ。だがリリーは自分の声で親類の立場を悪くすると思い、それをしなかった。その強さに、心が震えた。
そしてフラウの口からは、本人も驚くほど素直に謝罪の言葉が出た。
プライドの高いフラウからは想像もつかない謝罪。だが、その瞬間リリーは目を見開き、そしてフラウが見たこともなかった表情を作ったのだ。
いつもお高くとまってスンと澄ました顔をしたリリー。そこがなんとなく気に入らなくて、何度も虐めてしまった。泣きそうな顔も、怯える顔も、悔しそうな顔も見た。それを見て悪趣味にも愉悦を感じたときもある。しかしその時の、ぽかんとした間の抜けた表情は、思いがけずもかわいいと感じたのである。純粋に、ただただ可愛らしい、と。
それがフラウの初めての甘い感情だった。
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