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しおりを挟むそれから何度かキャスティアが仕掛けた男たちからリリーを救い、フラウは彼の信用を得ていった。フラウが来る度に安心を得たようにほうっと強ばった顔から力が抜け、相手に勝利したフラウに遠慮深げに歩み寄る姿は、非常にそそられるものがあった。
可愛い。頬をピンク色に染め、まるで白馬に乗った王子を見るような瞳でフラウを見てくるリリーに胸がむず痒くなる。フラウは自分がリリーの王子だと錯覚してしまいそうになった。
リリーは優しい。リリーを襲った奴らを殴って傷めた拳にそっと柔らかい手を添え、心配げに、申し訳なさそうにゆるゆるとフラウの顔を窺ってくる。
フラウはリリーとの約束の通り、昼のごく僅かな時間をボディーガード代わりとして共に過ごすことに従った。素っ気ない態度を取っていたが、ベンチに座りちょこちょこと小さな口で物を咀嚼していく姿を横目で盗み見しては、密かに心を和ませ唇の端を緩ませていた。
そしてその数日後、フラウは初めてリリーの声を聞いた。いつも通り昼時に庭園のベンチに寝っ転がりリリーが来るのをぼんやりとしながら待っていると、植物に囲まれた静かな空間に微かに悲鳴のような、怒声のような人の声が聞こえてきた。
そしてその後にバシンと、人の皮膚を打つような音が響き渡った。
ただ事ではないと思い音のした方へ向かって近づいていくと、植物たちが遮っていた空間に待っていた相手がいた。服数人の男に囲まれており、服ははだけ、頬は強く叩かれたのか赤く腫れていた。涙で潤んだ瞳で、だが安心しきったような目でフラウを見つめるリリー。よく見ると右腕の関節も赤くなっており、腫れ上がって痛々しい様子だった。
その光景に頭の中が沸騰し、目の前が真っ赤になった。今すぐここにいる奴らを全員ぶちのめしてやろうと視線を襲った奴らに走らせると、主犯格の男が目に入り、そしてその人物が知った人間であったことに驚いた。同学年でブロッサム派閥の武人の息子、ライラック。こいつはブロッサム家の派閥に入った家の出身にも関わらず、昔からフラウとは馬が合わずいつもセイに相手をさせていた。単純ですぐカッとなり、だが悪事を働くときは途端にずる賢くなる奴。フラウよりも嫌らしく笑うくせに、父親の前では猫を被りフラウにも諂うような態度を取ってくる。全く反吐が出るほど嫌な奴である。
『キャスティアから聞いていない出来事に何事かと思ったが、なんとその主犯がライラックだったとは』
こんな卒業間近の貴族にとって重要な時期にこんなことをやらかすなんて、なんて馬鹿だ、とフラウは思った。
ホワイトローズを嫌っていたフラウの意外な行動に嫌みったらしく言葉を吐いたライラックを、問答無用で殴り飛ばす。その下卑た顔で下僕のような生徒たちに指示を下しリリーを襲わせた最低な奴を殴り飛ばすとき、今まで彼に溜まっていた鬱憤をも晴らす心地がした。
手負いの小動物のように隅の方で小さくなって、怯えた顔でフラウたちの様子を窺ってくるリリーに、フラウは一刻でも早く男たちを、リリーの不安の要素共をリリーの目の前から消し去ろうと束になってかかってくる奴らをなぎ倒していった。
だが気がついたときには背後を取られ、後ろから羽交い締めにされてしまい、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているライラックに思いきり顔面や腹を殴られてしまった。何度も、何度も。
ライラックのにやりとした笑みに、心の底から嫌悪感を抱いた。
『リリーも、こんな気持ちだったのだろうか・・・・・・』
ふと、そう思った。前の、リリーを虐めていた自分の顔は、きっとこんな醜い表情をしていたのだろう。誰も味方のいない場所で、助けも呼べない状況で、年上の男に追い詰められこんな顔で迫られたら・・・・・・。きっと、怖くて、悔しくて、苦しかっただろう。
そう思っていたら、殴られている頬も腹部も、そんなに痛みは感じなかった。リリーの心の痛みはこんな程度ではなかったはずだ。そう、思っていたからかもしれなかった。
だがそんなことを殴られながらぼんやりと思っていると背後でフラウを抑えていた奴にリリーが体当たりをし、男の拘束が一瞬弛んだ隙に目の前のライラックと背後にいた奴を殴り飛ばした。
彼らが起き上がってくる気配はなく、やっと終わったと長い息を吐きながら座り込む。地面に腰を下ろした状態で乱れてしまった前髪を搔き上げていると、頬を赤く腫らせたリリーがふらふらとフラウに近づいてきた。
「無事だったか・・・・・・?」
見れば無事ではないことは明白なのに、馬鹿なことを言ったなと思いながら、近づいてきて側に座り込んだリリーに訪ねる。だが見た目ではわからない場所にも傷を受けているかもしれないと思うと、そう馬鹿な質問でもない。
目の前で殴られるという格好悪い姿を見せたため、やや居心地悪くいたが安全確認を行うためにゆるゆると視線を上げようとした時、そっと柔らかな手がフラウの頬に触れた。
「・・・・・・なさい。・・・・・・ごぇんなしゃい・・・・・・。ぼくの、せぃで・・・・・・」
その、なんとも言えない甘ったるい声。
その声が地上に落されたとき、フラウは驚きに思わず顔を上げると、そこにはダイアモンドよりも美しい涙の粒を目から落とすリリーの顔があった。リリーは、いつも固く閉じられていた唇を開き、舌っ足らずな言葉で絶え間なくフラウに謝り続けた。
『ごめんなさい』『ぼくのせいで』と。
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