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しおりを挟むとりあえず安全な場所へと移動し、一端落ち着いたが、その後もリリーはフラウが殴られたことを自分のせいだと思っているのか、泣きながら謝罪を繰り返していた。
「ほんとぅに、ごぇんなしゃい・・・・・・」
べそべそと、まるで幼子が親に叱られ泣いているかのような様子に、いつもの彼とのギャップで頭が変になりそうだった。いつもは冷たく光っている氷を思わせる瞳からぼたりぼたりとこぼれ落ちる涙はどれも綺麗で、舐め取ったら甘そうだとも思えてしまう。それほど、美しい色をしていたのだ。
そんなリリーをぼぅっと見つめていて、フラウは改めてリリーが本当に話すことができたのだと実感した。思わず口から言葉が出るほどに。
今まで黙っていたことを申し訳なさそうに頷く、未だ涙の痕を目尻に滲ませているリリー。リリーの声は、そのしゃべり方は、確かに異常だ。いくら地位を確立しているホワイトローズ家でも、このような奇異な存在がいれば貴族界での評判も危ういものとなるだろう。それに、彼の兄たちは2人とも王族の婚約者である。リリーの存在を批判する者はその矛先が王族へと向かい、王族の政治に嫌悪を抱きかねない。それを、リリーはよく知っているのだ。本当は場所を考えず話したいだろう。話によると、兄たちとは話をしているらしいが、一歩外へ出れば口は閉めておかねばならない。その口から災いが零れ落ちないように。
いつからこんな状態なのかは知らないが、リリーは昔から喋ることを抑圧されてきたのだ。我慢させられてきたのだ。その背景に、自身の抑圧されてきた人生を重ね、フラウは今まで自分がリリーにしてきたことをさらに後悔した。
『へんでしょ?ぼくのしゃべりかた』
リリーは自分の声が異常なことは百も承知だ、と言うように泣いた後のやや腫れた目を細め、無理矢理作った痛ましい微笑みでそう言ってのけた。
『変じゃねぇ・・・・・・、変じゃねぇよ』
思わず、心の中で呟いた。
『お前の声は、天使の声だ』。そんな、自分に似合わない言葉に、フラウは苦笑いを零す。もし荒んでいた自分に、努力の足りないだけでホワイトローズ家に八つ当たりをしていた情けない自分に、その声がかけられていたら、きっと自分はこんなに汚くなっていなかった。フラウリーゼをあんな風に悲しませることもなかった。
心を落ち着かせるような、不思議な力を持ったリリーの声に、そんなあり得ないことを思ってしまった。
リリーはこれまでフラウに対し、本当は話せたのにも関わらず話しかけられても何も返さなかったことに引け目を感じているようで、フラウを見つめる表情はなんとなく微妙だ。だがフラウは既にリリーの秘密を知っていたことから、フラウの方が引け目を感じた。自分が隠している秘密を勝手に調べられるなんて、誰であっても良い気持ちはしないだろう。それも誰にも知られたくない、知られたら本人だけでなく周りにも被害が及ぶ秘密ならば尚更だ。
「実は、知ってた。お前がそんな風にしか話せないってこと・・・・・・。すまん!勝手に調べたりしてっ!!」
フラウが秘密を知っていたなど知らないであろうリリーの、フラウに向けられる申し訳なさそうな顔に胸の中の罪悪感が増していき、思わずフラウは知っていたことに対して頭を下げた。するとリリーは優しい声でフラウに頭を上げさせ、『へへ・・・、だいじょぅぶだよ』と、初めて見る幼い笑顔をフラウに見せた。
しばらく二人の間に温かい空気が流れ表情豊かなリリーを楽しんでいると、リリーの赤くなって腫れている右腕の関節が目に入り、そう言えばとリリーの熱く熱を持っている頬に目を向けリリーに傷は痛まないのか訪ねた。すると、今の今まで傷の存在を忘れていたかのようで、気づいたことで痛みが襲ってきたのか顔を顰めだした。
腕に手を当てると、そこは燃えているように熱かった。きっと炎症が起きているのだろう、手を当てている場所は熱を持っていた。早く保険医に診せようと思い、リリーの傷めていない方の手を取って医務室まで向かう。自分も頬や腹部に殴られたための痛みがあったが、ふいにリリーの手を掴んだその手がじんじんと熱を持っているようで、それに比べれば傷の痛みはそれほどのものではなかった。自分から掴んだというのに、らしくないくらい鼓動が五月蠅く波打つ。
そしてさほど遠くはないのにやけに長く感じた距離を歩き、やっと医務室へたどり着いた。一刻も早くリリーの腕や頬を診てもらいたく着いた瞬間に中にいるであろう医者へ声をかけると、返ってきたのは艶やかな、非常に落ち着いた女の声。
ゆっくりとした動作で椅子から腰を上げ、フラウたちの前へ歩み寄った黒髪の女は、一瞬息を飲み込むほどの美しさだった。
そして直後、目の前のこの女がキャスティアの言っていた魔女だと気づいた。彼の話していた魔女の特徴に当てはまったからだ。直後、フラウは頭の先から血の気が引いていくのを感じた。リリーが魔女に、魔法をかけられてしまう。自分を好きになるようにと。
魔女が口の端を上げ、招かれたリリーの腕を取ろうと近づいた。目の前で、リリーが魔女の手にかけられようとしている。その先には望まないフラウとの婚約。先ほどリリーの手を掴んでいたときに感じていた甘く穏やかな気持ちが急激に去って行くようだった。今すぐ再びリリーの手を取りこの魔女から逃げ出すこともできる・・・・・・。そう思ったが、フラウは『いや・・・・・・待て』と自分に言い聞かせた。
フラウは、柄にもなくリリーに惹かれている。それは認めるべき事実である。それに、リリーの方も少なからずフラウに好意を持っているように思う。
『・・・・・・ならば、良いのではないか。何か問題はあるか?』
気がつくと先ほどまで魔女に手当をしてもらっていたリリーは、まるで時が止まったかのように、ピタリとその動きを止めていた。
リリーと対面している魔女のリリアナが、にやりと妖しい笑みをフラウに向けてくる。
フラウは、自分の唇が円を描くのを感じた。
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