二重異世界行ったり来たりの付与魔術師 ~不幸な過去を変えるため、伝説のダンジョンを攻略して神様の武芸試合で成り上がる~

けろ壱

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第4章 迷宮の異世界 ~パンドラエクスプローラーⅡ~

第120話 人間とエルフと青い空

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「──そういえばさ、エルトゥリン」

「ん、なに?」

 しばらくして、パンドラの地下迷宮へと配達に向かう森の坂道。
 でこぼこした街道に差し掛かるとガタゴトと荷車が揺れ出す。

 細腕なのに星の加護の力が遺憾いかんなく発揮されている。
 ハンドルを引いてくれるエルトゥリンの力が頼りになり過ぎて、ミヅキは労力が全く掛からずに楽ができていた。

「今更だけど、エルフは人間が苦手なんだろ? これから向かう詰め所の、ガストンさんたちと会うのは平気なのか? 気を悪くしたりしないか?」

 すぐ真横を行くエルトゥリンの青い目が、銀色の髪の隙間からちらりと向いた。

 それを言うミヅキ自身が人間なのに、無頓着に種族間の不和を心配されるのは変な感じがするようだ。
 不思議そうな顔をした後、エルトゥリンは再び前を向いた。

「あの兵士たちは平気、だと思う。軍人は多分、亜人と揉めるのを禁止されているだろうからあんまり気にしなくていい。特に私たちエルフとはお互い不干渉の立場よ。気になるのはその上の偉そうにしてる人間たちだけど、争いを避ける方針が変わらない限りは問題ないと思うわ」

「ふーん、争いを避ける、ね……」

 王国の軍に属する人間の兵士が他種族と問題を起こすことを厳禁としている。
 それが何を意味するのか、きな臭い物騒な雰囲気を感じさせる。

 深く考えるのは気が重い。
 この国の過去に起こった大きな出来事。
 それが何だったのか、何となく見えたような気がした。

「まぁ、ともかく、人間相手のおつかいでこき使って、もしも無理させてたんなら悪いと思ってさ。アイアノアの魔力切れじゃないけど、思ったことは遠慮なく何でも言ってくれよな」

「平気よ、これも使命の内だから。これくらい何でもない」

 ミヅキの言葉にエルトゥリンはにべもなく答えた。
 姉以上に目的に対してストイックに見えるエルトゥリンのことだ。
 だから、そんな心配も無用のように思えたのだが。

「でも、そうやって気を遣ってくれるのは気が休まるから正直助かるわ。ミヅキと出会ってからまだほんの少しだけど、毎日緊張が絶えないから肩の力が抜けなくて」

 そう言って前を向いたまま、ほぅ、とまとまった息を吐いていた。

 緊張しているようには全く見えないものの、精強な彼女にも疲れたと感じるときはあるのだろう。

 ふと、また二人きりになっているお陰か、エルトゥリンがつんけんしていない。
 改めて気付き、ミヅキはほんわかして口許が緩んだ。

「今朝もそうだったけど、エルトゥリンって二人っきりだとよく喋るよな。なんか印象が違って見えるよ。最初は冷たい感じで取っ付きにくそうだって思ってたから、つんけんしてない今のほうが全然いいな」

「そ、そう? 別につんけんしてるつもりはないんだけどね。今は姉様と一緒じゃないから肩肘を張らなくていいってだけ」

「ふーん、アイアノアと居ると気を遣っちゃう感じか?」

「そういう訳じゃないけど……。姉様って、世間知らずで浮世離れしてるところがあるから、注意して守ってあげないと危なっかしくて見てられないの。おとなしく留守番してくれてるなら心配しなくていいもの」

 一人になり、普段は見せない気の抜けた表情のエルトゥリンは言った。
 今頃、アイアノアはキッキとお茶でもしているところだろう。

「そっか、うんうん。やっぱり、エルトゥリンは本当にお姉ちゃん思いなんだなぁ。麗しき姉妹愛、いいもんだぁ」

「何よもう、またにやにやして。たった一人の私の姉様なんだから、大事に思うのは当たり前でしょ。ほらっ、馬鹿なこと言ってないで、先を急ぎましょっ」

 仲良し姉妹に目が無いミヅキは満面の笑みを浮かべた。
 エルトゥリンは動揺して頬を赤くすると、ぷい、とあらぬ方向を向いてしまう。

──エルトゥリンの性格は、素直クールとクーデレの間くらいだな。きっとそう。

 などと、別にデレている訳でもないのに、ミヅキは勝手に妄想を捗らせる。

 ちなみに、素直クールとは思ったことを素直に表すものの、態度が常に冷静だと見られる性格のことである。
 クーデレとは意中の人以外には素っ気ない態度を取るが、好きな相手には気を許してめろめろにご執心しゅうしんとなっている状態を言う。

 ともあれ、エルトゥリンの照れ隠しにより、図らずも速度の上がった荷車はあっという間にパンドラの地下迷宮入り口に到着するに至った。

「おお、ミヅキ殿が配達に来てくれたのか。今日は早いんだな、ご足労感謝する」

「ガストンさん、こんにちは。昨日の晩は色々と教えてくれてどうもです」

 今日も鉛色の甲冑に身を包み、髭の兵士長ガストンが出迎えてくれる。
 気さくに挨拶をするミヅキの後ろ、またつんけんモードに戻ったエルトゥリンが荷下ろし作業を手際よくてきぱき進めていた。

「……ああ、アシュレイさんのことをキッキから聞いたのか」

「ええ、キッキとパメラさんには辛いことを思い出させちゃったかもですが」

 ミヅキは昨晩、キッキからアシュレイの話を聞いたのを明かした。

「ふむ……。冒険者時代のアシュレイさんとパメラさんには、随分と世話になっていたんでな。二人が種族の壁を越えて結婚したのを、周りは色々と散々言っていたようだが、俺は気にしなかったよ。気にする必要も無いほど仲の良い夫婦だった」

 当時を思い返すガストンの目は遠い。
 大きなため息をつきながら青く澄んだ空を見上げている。

「アシュレイさんが残念なことになってから、街の皆もパメラさんとキッキを気に掛けていてな。残された二人は健気にも気丈に振舞っていたが、パンドラの異変で被害を受けた店の再建と多額の借金の返済に追われ、あの親娘にとってのこの10年間は本当に苦難の日々となっただろうな……」

 と、エルトゥリンが作業中の荷車を指して、ガストンは感慨深そうに言う。
 今こうして当たり前にやっていることも、彼女たち母娘が生きていくための努力が実を結んだ結果なのだ。

「駐屯所の兵士への昼食配達はキッキの思い付きなんだよ。少しでも店の売り上げを増やすために昼食の出前を取ってくれないか、と我々のところに売り込んできてな。ここは街から大分遠いから、食事の配達があったら便利だろうと、キッキなりに考えての発想だったそうだ」

 今に比べてまだまだ小さかった娘のキッキの奮闘を懐かしむ。
 ガストンは力無い笑みを口許に浮かべると、穏やかな視線を寄越した。

「そんな大変な折りだったよ。ミヅキ殿が森で倒れていたのが見つかったのは」

 パメラとキッキが行き倒れで全裸の人間の男こと、ミヅキと出会うことになったのはそんな苦境の最中だったのだ。
 未だに当時の記憶が不明のままの、この世界で行き倒れていたというミヅキ。

「行く当ての無いミヅキ殿を、パメラさんが引き取りたいと言い出した時はどうなることかと思ったものだが、そのお陰であの母娘の未来が良い方向に向かうというならそれも運命かもな。無責任ですまないが、二人とのことをよろしく頼む」

「運命、か……」

 ミヅキはぽつりと呟いた。

 単なる偶然の重なりで今の自分がある訳ではないのはよくわかっている。
 世界の壁を越えるという、運命と言われなければ納得できないほどの超常の結果の末にここにいて、この巡り合わせに立ち会っている。

 昨夜のキッキとの語らいを思い出し、不敵に笑った。

「借金のことは任せといて下さい。俺だって、行き倒れてたところを拾ってもらえたお陰で今がある訳なんだし、これが運命だって言うんなら、どのみち使命でパンドラには行かないといけないんだ。ついでにお宝の一つや二つ、すぐに見つけ出して借金返済で恩返しといきますよ。ガストンさんたちも、今後ともパメラさんとこのお店をどうぞご贔屓ひいきに。また何かご馳走用意しときます!」

「ああ、俺にできることと言ったら、精々パメラさんの店の常連になることくらいだからな」

 実は歳の良く似ていた二人は、ひとしきりに談笑する。
 と、ガストンは今までで一番重苦しいため息と共に言うのだった。

「ただ、やっぱりな。この国じゃあ人間と他の種族の間には、昔から根の深い軋轢あつれき確執かくしつがある。ミヅキ殿は記憶喪失でその辺りの感覚には疎いのだと思うが、種族の違う者同士の付き合いには、あまりいい顔をしない連中が多いのも事実なんだ。だから、アシュレイさんとパメラさんのことは良い意味での例外だと思っておいてくれ」

 そして、少しミヅキのそばに寄ると、辺りをはばかるように声を潜める。

「異種族間の交流と言えばだな、ミヅキ殿こそ大丈夫なのか……? 余計なお世話だろうから言うか言うまいか迷ったが……。ここだけの話、同じ付き合うのでも人間とエルフの組み合わせは最も気難しい。命を助けてもらった手前、こんなことを言うのは心苦しいのだが、いささかミヅキ殿が心配でな……」

 ちらりと視線をやるのは、ミヅキの背後で作業中のエルトゥリンのエルフな姿。

 多分、そのよく聞こえる長い耳でしっかりと話を聞いており、男二人組の視線にも気づいているに違いない。
 昨日の喧嘩を思い出して苦笑いするミヅキは、そんなガストンを見て思う。

──人間側もエルフとか亜人には結構気を遣ってるんだな。世界の背景にある社会情勢のうえでは仲が悪いとされてるけど、個人の考えはきっとそれぞれ違ってて──。特にガストンさんはパメラさん夫妻の様子を見てきただろうから、異種族間の交流には理解があるほうなんだな。

「──よおし。おーい、エルトゥリーン、ちょっとこっち来てー!」

「……なに?」

 何かを思いついたミヅキは満面の笑顔だ。
 呼ばれたエルトゥリンは、作業の手を止めると怪訝そうな表情で近付いてきた。

 そして、彼女の前に出し抜けに差し出したのは握手の右手。

「心配は無用ですよ、ガストンさん。俺たちは仲良しだもんな、エルトゥリン」

「え、う……」

 ミヅキとガストンの顔を見比べる。
 戸惑って躊躇ちゅうちょするが、何となく雰囲気を察したエルトゥリンは、しぶしぶ感を出しながらも握手に応じる。
 強壮たる戦士とは思えないほど、彼女の細い指はさらさらですべすべだった。

「ほらほらこの通り、俺たちの仲には人間もエルフも関係ないってことで」

「ミヅキ、もういいでしょ……」

 急に求められた露骨な仲良しアピールに意心地が悪そう。
 果たすべき使命のため、ミヅキの面子めんつを守るため、何より大事な姉のため。
 体裁ていさいつくろって義理を立てる律義りちぎなエルトゥリン。

 だから、その辺でやめておけばいいのに調子に乗ってしまうのはミヅキの悪い癖であった。

「エルトゥリン、笑って笑ってー」

 そのままエルトゥリンの肩に手を回して、お互いの身体を引き寄せようとする。

 ノースリーブの服のため、素肌の肩に直接触ってしまう。
 途端、エルトゥリンは肩をびくんと震わせ、長い耳はぴーんとそそり立った。

「ひっ!? イヤッ、触らないでっ!」

 エルトゥリンの悲鳴を短くあがった。
 かと思うと、ミヅキの視界は逆さまにぐるんと回っていた。

 一瞬過ぎて何が起きたのかわからない。
 すぐに背中に衝撃と激痛がやってくる。

 どしゃっ!

「痛っでぇ!」

 ミヅキの手が肩に触れた瞬間、嫌悪感丸出しのエルトゥリンに目にも止まらぬ早業はやわざで、一本背負い気味に地面に投げ飛ばされていた。
 強かに背中を打ち付け、痛みに息がしばらく止まるほどだった。

 あからさまなエルトゥリンの反感に、スケベ心が全く無かったとは言わないが、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないかと悲しくもなる。

「ミ、ミヅキがいやらしい触り方するのがいけないんだからねっ! ふんっ!」

 腕組みしてそっぽ向きのおかんむりなエルトゥリンの鼻息は猛牛のように荒かった。

 一朝一夕いっちょういっせきにはエルフの彼女との距離は縮まらない。
 地面に転がされながらそう痛感していると、青天井あおてんじょうの視界に入った、ガストンの気まずそうに笑う顔と目が合った。

「ははは、あー……。ミヅキ殿、話は変わるんだが……」

 話を変えようとしてくれる心遣いが身に染みるし、決まりも悪い。
 ただ、その変わる先の話題にミヅキの眉はぴくりと反応した。

「昨日、ミヅキ殿たちがパンドラから出てきた時に地面から生えてきた、あの妙な遺跡みたいなのはどうにかならないものか? トリスの街も含め、ここいらパンドラの地下迷宮一帯はセレスティアル家の領地内でな。無許可に色々と建てられるのは何かと問題なんだ……」

 ガストンが視線で指す方向、パンドラの地下迷宮入り口の大仰な門がある。
 その脇に、この世界の情調じょうちょうには似つかわしくない建造物が変わらず立っていた。

「……よっと」

 ごろんと転がって起き上がると、ミヅキはその建造物に向かって歩き出した。

 実のところ、今日配達の役を買って出た目的の半分は、これを調べたかったからに他ならない。
 真下まで来て、神妙な顔つきでそれを見上げる。

 付近の地質による灰色の火成岩で構成され、二本の支柱で支えられた建造物。
 神と人間の世界を区画する結界、鳥居とりいである。

 昨日、パンドラの地下迷宮からの脱出の際に、ミヅキがアイアノアの太極の太陽の加護の力を借りて生み出した空間転移設備、瞬転しゅんてん鳥居とりいだ。

 役目を終えたはずだが、消えることなく未だ静かに佇んでいる。

「……」

 ミヅキは何も言わず、片手の平を鳥居の支柱にひた、と当てた。
 磨かれたようなすべすべした手触りがひんやりと伝わってくる。

 青空を仰ぐ視界には洋風なダンジョンと、和風の鳥居が並んで映り、何とも不可思議な和洋折衷わようせっちゅうの空間を織り成していた。

──さすがにもう転移機能は失われているな。ただ、もう使用済みだってのにどういう訳か鳥居自体はまだ消えずに残っている。アイアノアがいれば、また動かせるんだろうか。

「俺だけでできるかな。──戻れ」

 呟くみたいに口に出して念じてみる。

 すると、瞬転の鳥居は召喚した主の意思に従い、ずずず、と足元から溶けるようにゆっくりと地面の中へと沈んでいく。
 元々そこに何もなかったと思うほど跡形も無くなってしまった。

 手の平に残る石の感覚と、自分の能力を洞察した結果が意識内に浸透する。

「ふぅ……。理解できてないことが多すぎるな」

 青い空を見上げ、ミヅキは現状にお手上げ感を感じていた。

──俺はまだ自分の能力の事をよくわかっていない。できるかどうかを行き当たりばったりに試してばかりで、いざという時に差し迫った判断を求められたら的確に加護の力を使えるかどうかは自信が無い……。今後、アイアノアとエルトゥリンと仲良しで使命を果たしていくんなら、俺たちにいったい何がどのくらいできるのか検証して知っておく必要がある。

 アイアノアの太陽の加護に関して、覚醒した力を含めて役割を理解できたものの、肝心の自分の能力である地平の加護についてはまだまだ未解明な部分が多い。
 役目を終えた瞬転の鳥居が何故残ったままなのかもわからない。

 雛月に聞こうにも、ミヅキが理解しないと説明してくれないから始末が悪い。
 さらに、エルトゥリンの星の加護に至っては強大な力を担い手に授けてくれる、ということ以外はほぼ何もわかっていない。

「よし!」

 ミヅキは意に決して振り返った。

──ここは初心に返るべきだ。雛月にも言われた通り、アイアノアの加護の力を正しく運用して、円滑に物語を進めるためにも、自分の力で何ができるのか知っておいたほうがいい。

「今日はアイアノアの身体のコンディションを第一に考えて休養! 明日以降、またダンジョンに入って、思いつく限りにそれぞれの加護の検証を実施しよう!」

 使命遂行をより確実なものにするため、ミヅキは動き出した。

 そうして他の世界への転移が始まらないまま──。
 これより数日間に渡り、ミヅキたちは短期のダンジョン探索を実施する。
 包括的《ほうかつてき》金策活動、及び加護の実地試験を決行することになった。

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