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第5章 神々の異世界 ~天神回戦 其の弐~
第177話 無謀な戦い
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その日の天神回戦のとある一試合。
いつもの賑やかな祭典の雰囲気とは異なり、張り詰めた空気に場はしんと静まり返っていた。
誰一人として声をあげる者はいない。
「はぁ、はぁ……。くそっ、歯が立たねえ……!」
「さぁ、どんどんいらしてくださいな。それとも、こちらから参りましょうか?」
試合が行われている。
圧倒的な体格差と力量差があり、明らかに勝敗が見えた者同士の戦いが。
大きなほうの者は、身の丈が二丈(6メートル)は超えている筋骨隆々な牛頭の鬼。
白と黒の斑なホルスタイン柄の模様の可愛らしさと、恐ろしげな赤い目の形相との落差が激しい。
──天眼多々良陣営上位のシキ、牛頭鬼の冥子である。
小さいほうの者は、冥子の巨体に比べると小人にも等しい。
細い線の身体に水色の薄い生地の着物を着て、手に赤錆びた忍者刀を持っている少年の容姿。
身長にして精々五尺(150センチ)程度と子供そのもの。
難敵の冥子に挑むのは、──化け狸の神まみおだった。
大木のような太さの巨腕が振るう金砕棒に何度も打ち据えられ、人の姿へと変化して戦うまみおの身体は最早、満身創痍のぼろぼろである。
「まみお……!」
神々の特別観覧席で、その様子を見るみづきは声を絞り出した。
隣には饅頭を片手に持ったまま固まったみたいに呆然としている日和。
逆の隣には真摯な眼差しで試合の成り行きを見守る多々良と、冷たく澄ました顔の慈乃が物言わず座していた。
みづきらが観戦するのは紛うことなき、天眼多々良陣営と化け狸まみおの試合。
決して勝ち目のない、絶望的なまでの強さの開きがある試合である。
交わされた水面下のやり取りの末、双方の戦いは決定付けられていた。
知らせを聞き、駆け付けた太極天の社で目の当たりにしたのは、劣勢極まりないまみおの悲惨なる姿。
化け狸まみお対牛頭鬼の冥子。
観戦するみづきの顔は苦悶に歪む。
恐れていたことの一端に触れてしまったと思った。
善良な聖なる神の滅び。
どういう形であれ、それに加担してしまうことを恐怖し、後悔した。
◇◆◇
時はしばらくを遡る。
金色の空の中天に眩い太陽が昇る頃。
みづきと日和は神社の母家で、まだゆるゆると時間を潰していた。
「いやじゃー! あやつの話などしとうないー! 蜘蛛の奴のことなど、考えるのも穢らわしいと言うたじゃろうがー! いーやーじゃーっ!」
何があったのか、日和の嫌がる大声が屋内から聞こえてくる。
取り付く島も無いとはこのことだ。
顔を不機嫌に膨らませた日和は腕を組み、ぷいとそっぽを向いてしまっている。
まるで聞く耳を持たない様子だ。
事の始まりは、早朝のみづきからの神交法による心の通い合わせが原因で、想像以上に良い氣が心身を巡り、日和がひっくり返ってしまったことに端を発する。
ようやく二度寝から起きてきたかと思うと、またも日和はみづきの背中からしなだれかかってきて色目を使う。
豊かな胸の感触をわざとらしくも押し付けてきた。
「なぁ、みづきぃ。おぬしとの神交法の交わりはまっこと具合が良かったのじゃ。──もういっぺん、あれをやってくれぬか? なぁ、良いじゃろう?」
「駄ぁ目だって、また一人で満足して寝ちまうだろ。神交法は凄かったと思うけど癖になってんじゃないっての! まったく、日和は本当に好き者だな」
呆れた顔のみづきはうっとうしそうに背後の日和を見やる。
間近にある女神の美しい顔と、密着させてきた女体の感触に胸も高鳴ろうというものだが、それよりも煩わしさのほうが勝ってしまっていた。
房中術の奥義たる神交法は一方通行では成立せず、気持ちを同調して高め合った二人でなくては最高の効果は発揮されないらしい。
だから、いくら日和がその気になっていてもみづきに拒否されては良い氣が良い具合に巡ることはない。
「けちけちするでないっ。ちょっと見つめ合って、私を思ってくれるだけでよい。さすればまた、私とみづきは天にも昇れる気持ちになれるのじゃ……」
よほどの快楽を味わったのか、日和はすっかりと神交法の味を占め、半ば中毒になっている始末であった。
その蕩けた顔がすべてを物語っている。
ならばと、その交換条件として、みづきは一つの申し出を試みたのだ。
「しょうがねえなぁ……。じゃあ、代わりに教えてくれよ。日和が大昔に戦ってたっていう悪い蜘蛛の神様のことをさ」
この日和の機嫌の良さから、もしかしたらすんなりと秘密を教えてもらえるかもと期待をしたのだが結果は散々であった。
蜘蛛、という単語を聞くやいなや、日和の表情はさっと険しくなった。
もう昨日ほどの怒りっぷりではなかったものの、欲望をすんなり諦められる程度にはご機嫌斜めになってしまった。
「そのような意地悪を言うのであればこちらから願い下げじゃ。あやつを思い出さなければならぬくらいなら、刹那的な快楽など要らぬのじゃ!」
やはり、そううまくはいかないようだ。
後はどうなだめすかしても拗ねたみたいに秘密を語ってくれる気配はなかった。
と、そういう訳だったのだ。
やれやれ、とみづきもさじを投げた感で諦めていると。
「それよりもみづき、どうやら面白いことになったようじゃぞ」
「なんだ、面白いことって?」
背を向けていた日和は顔だけ振り向いて、にやりと笑っている。
その笑い方には覚えがあって、何となくも嫌な予感はした。
「昨日、みづきがこてんぱんにしてやった狸じゃ。どうやらもう早々に次の試合へと挑むようじゃぞ。くくくっ、気の早いことじゃな」
「何だって? まみおが試合?」
驚くみづきにうむと頷き、先を続ける日和は冷ややかに笑い続けた。
天神回戦に参加する神には、他の神々の試合への参戦状況が意識を向けると手に取るようにわかる。
近く戦った相手なら尚更印象が深いそうだ。
そして、嫌な予感は的中する。
「しかもじゃ、対戦相手はなんと多々良殿のところときておる。末席が二位と試合をするなど、何ともまぁ捨て鉢な悪手に出たものじゃわい」
「おんなじことを俺にさせといてよく言うよ。でも何だってそんなことを……」
言い掛けて、はっとした。
多々良はそうした考えを巡らす神であったはずだ。
敗北の眠りが近い、弱った神にとどめを刺して回っている。
つい最近、この日和が同じ憂き目に遭わされようとしていたばかりだ。
「多々良殿には先を見通せる神の眼があるのじゃ。大方、あの狸の潮時でも見えたのじゃろうよ。多々良殿に目を付けられるとは、ほんに気の毒にのう」
愉快そうな日和に不謹慎さを感じ、みづきは眉をひそめる。
しかし、次の日和の言葉を聞いて表情を失った。
「通例、試合がひとつ終われば、傷ついた身体を癒やすためにも次回の試合までの猶予を休息に使うものじゃが、みづきとの試合の結果が結果じゃったからな。情けを掛けられ、相当な余裕があったのじゃろう。故に、昨日の今日じゃというのに、早速と多々良殿の申し込みに飛びついてしまったのじゃろうな」
「俺が、情けを掛けたから……?」
みづきの目的は日和の順位を押し上げることであり、他の神の討滅ではない。
だから、死に物狂いで向かってくるまみおに手心を加え、最後の最後まで戦うのをためらった。
「……」
言葉と表情を失い、みづきは蒼白な顔をしていた。
何かの思い違いをしてはいないか。
天神回戦は手段でしかなく、みづきの願いを叶えるための通過点に過ぎない。
列強の神々をお祭り騒ぎの武芸大会で適当に負かしていけば、日和の神格を取り戻す目的を達成できる、と。
それは、見落としというにはあまりに迂闊な事実だった。
──まみおの事情を知ってやりにくさを感じた。俺に戦う理由があるのと同じで、他の神様にも戦う理由が当たり前にあるんだ。守りたいもののがあるのは、日和もまみおも同じだ。だから、あれで終わりじゃあないんだ……。
勝つ者がいて、負ける者がいる。
勝者は願いを叶えられるが、敗者は踏みにじられるのみ。
まみおとの試合は終わったが、まみおという神の戦いが終わった訳ではない。
あの狸の神はこれからも故郷を守るために戦い続けるのだ。
まみおが多々良と試合をするという選択が、みづきが中途半端に追い詰めたがゆえなのだとしたら。
その結果の果てに、もしもまみおが討滅されることになったら。
みづきはそのとき、自分が無関係でいられるかどうか到底自信がなかった。
そんな心中などお構いなしに日和はお気楽に笑っている。
「しかしまぁ、あのえろ狸め。多々良殿からの試合の誘いを受けるなど、とうとうとち狂ったと見える。勝ち目のない勝負の末、精々手酷く誅されれば良いのじゃ。見ものじゃのうこれは、ほほほ」
「──その試合、いつからだ!?」
突然なみづきの大きな声に驚く日和。
目を丸くして瞬かせて答えた。
「えっ、あぁ、今日の試合の、午後の部じゃな」
もう正午は過ぎていて、試合はいつ始まってもおかしくない頃合いである。
「すぐに行くぞ! 付いてきてくれ、日和!」
「み、みづきっ! どうしたのじゃっ、そのように血相を変えて……!」
日和の返答を意に介さず、みづきはその手を取るとすぐさま母家を飛び出した。
瞬転の鳥居をくぐり、いつもは飛び降りるのを躊躇う高い浮島から眼下の太極山へと急いで向かう。
天神回戦試合場の、神々の特別観覧席へと続く暗い通路を走り抜けて、出口から差し込む明るい光の中を突っ切った。
そして、目の前に広がる光景を目の当たりにする。
「東ノ神! 八百万順列第二位、製鉄と鍛冶の神、天眼多々良様のシキ! 地獄の獄卒、牛頭鬼の冥子殿、おいでなさいませ!」
老練な審判官の呼び上げの下、東側の選手入場門より巨躯の鬼が姿を現した。
女丈夫たる人の身体ではなく、恐ろしい鬼の正体を現した牛頭鬼の冥子であった。
「西ノ神! 八百万順列末席、地蔵狸のまみお様! おいでなさいませ!」
続けての呼び上げで、冥子の正面に白煙がどろんとあがり、相対的にちっぽけに見える狸がちょこんと現れた。
甲高い笑い声をあげて、威勢良く登場した化け狸のまみお。
双方は相対し、まさに試合は開始される直前であった。
活気に包まれた広大な太極天の社にて、今日も今日とて試合が執り行われる。
天眼多々良陣営、牛頭鬼の冥子対地蔵狸のまみお。
観覧席には当然のように、多々良と慈乃の姿がある。
「日和殿、みづき。やはり来たね」
涼しい顔で笑う多々良と、試合場のまみおと冥子を見比べ、みづきは表情を強ばらせた。
妙な緊張感が漂い、日和は二人の間で困惑していた。
「多々良さん……」
「もう試合が始まる。席を空けておいたよ。──さあ、お座りなさい」
何かを言いたげなみづきに構わず、多々良は隣の空席二つ分を示した。
出掛かった言葉を引っ込め、立ち尽くしていたみづきは無言で多々良の隣に腰を下ろした。
おずおずと日和もそれに続く。
静かに頷く多々良に挨拶もしない二人を睨み、慈乃はすこぶる不機嫌そうだが今はまだ何も言わなかった。
「いざ、尋常に勝負、──はじめッ!」
審判官の声が響いた。かくして、試合は開始されたのであった。
目を覆いたくなるほどの、一方的で凄惨な試合が。
いつもの賑やかな祭典の雰囲気とは異なり、張り詰めた空気に場はしんと静まり返っていた。
誰一人として声をあげる者はいない。
「はぁ、はぁ……。くそっ、歯が立たねえ……!」
「さぁ、どんどんいらしてくださいな。それとも、こちらから参りましょうか?」
試合が行われている。
圧倒的な体格差と力量差があり、明らかに勝敗が見えた者同士の戦いが。
大きなほうの者は、身の丈が二丈(6メートル)は超えている筋骨隆々な牛頭の鬼。
白と黒の斑なホルスタイン柄の模様の可愛らしさと、恐ろしげな赤い目の形相との落差が激しい。
──天眼多々良陣営上位のシキ、牛頭鬼の冥子である。
小さいほうの者は、冥子の巨体に比べると小人にも等しい。
細い線の身体に水色の薄い生地の着物を着て、手に赤錆びた忍者刀を持っている少年の容姿。
身長にして精々五尺(150センチ)程度と子供そのもの。
難敵の冥子に挑むのは、──化け狸の神まみおだった。
大木のような太さの巨腕が振るう金砕棒に何度も打ち据えられ、人の姿へと変化して戦うまみおの身体は最早、満身創痍のぼろぼろである。
「まみお……!」
神々の特別観覧席で、その様子を見るみづきは声を絞り出した。
隣には饅頭を片手に持ったまま固まったみたいに呆然としている日和。
逆の隣には真摯な眼差しで試合の成り行きを見守る多々良と、冷たく澄ました顔の慈乃が物言わず座していた。
みづきらが観戦するのは紛うことなき、天眼多々良陣営と化け狸まみおの試合。
決して勝ち目のない、絶望的なまでの強さの開きがある試合である。
交わされた水面下のやり取りの末、双方の戦いは決定付けられていた。
知らせを聞き、駆け付けた太極天の社で目の当たりにしたのは、劣勢極まりないまみおの悲惨なる姿。
化け狸まみお対牛頭鬼の冥子。
観戦するみづきの顔は苦悶に歪む。
恐れていたことの一端に触れてしまったと思った。
善良な聖なる神の滅び。
どういう形であれ、それに加担してしまうことを恐怖し、後悔した。
◇◆◇
時はしばらくを遡る。
金色の空の中天に眩い太陽が昇る頃。
みづきと日和は神社の母家で、まだゆるゆると時間を潰していた。
「いやじゃー! あやつの話などしとうないー! 蜘蛛の奴のことなど、考えるのも穢らわしいと言うたじゃろうがー! いーやーじゃーっ!」
何があったのか、日和の嫌がる大声が屋内から聞こえてくる。
取り付く島も無いとはこのことだ。
顔を不機嫌に膨らませた日和は腕を組み、ぷいとそっぽを向いてしまっている。
まるで聞く耳を持たない様子だ。
事の始まりは、早朝のみづきからの神交法による心の通い合わせが原因で、想像以上に良い氣が心身を巡り、日和がひっくり返ってしまったことに端を発する。
ようやく二度寝から起きてきたかと思うと、またも日和はみづきの背中からしなだれかかってきて色目を使う。
豊かな胸の感触をわざとらしくも押し付けてきた。
「なぁ、みづきぃ。おぬしとの神交法の交わりはまっこと具合が良かったのじゃ。──もういっぺん、あれをやってくれぬか? なぁ、良いじゃろう?」
「駄ぁ目だって、また一人で満足して寝ちまうだろ。神交法は凄かったと思うけど癖になってんじゃないっての! まったく、日和は本当に好き者だな」
呆れた顔のみづきはうっとうしそうに背後の日和を見やる。
間近にある女神の美しい顔と、密着させてきた女体の感触に胸も高鳴ろうというものだが、それよりも煩わしさのほうが勝ってしまっていた。
房中術の奥義たる神交法は一方通行では成立せず、気持ちを同調して高め合った二人でなくては最高の効果は発揮されないらしい。
だから、いくら日和がその気になっていてもみづきに拒否されては良い氣が良い具合に巡ることはない。
「けちけちするでないっ。ちょっと見つめ合って、私を思ってくれるだけでよい。さすればまた、私とみづきは天にも昇れる気持ちになれるのじゃ……」
よほどの快楽を味わったのか、日和はすっかりと神交法の味を占め、半ば中毒になっている始末であった。
その蕩けた顔がすべてを物語っている。
ならばと、その交換条件として、みづきは一つの申し出を試みたのだ。
「しょうがねえなぁ……。じゃあ、代わりに教えてくれよ。日和が大昔に戦ってたっていう悪い蜘蛛の神様のことをさ」
この日和の機嫌の良さから、もしかしたらすんなりと秘密を教えてもらえるかもと期待をしたのだが結果は散々であった。
蜘蛛、という単語を聞くやいなや、日和の表情はさっと険しくなった。
もう昨日ほどの怒りっぷりではなかったものの、欲望をすんなり諦められる程度にはご機嫌斜めになってしまった。
「そのような意地悪を言うのであればこちらから願い下げじゃ。あやつを思い出さなければならぬくらいなら、刹那的な快楽など要らぬのじゃ!」
やはり、そううまくはいかないようだ。
後はどうなだめすかしても拗ねたみたいに秘密を語ってくれる気配はなかった。
と、そういう訳だったのだ。
やれやれ、とみづきもさじを投げた感で諦めていると。
「それよりもみづき、どうやら面白いことになったようじゃぞ」
「なんだ、面白いことって?」
背を向けていた日和は顔だけ振り向いて、にやりと笑っている。
その笑い方には覚えがあって、何となくも嫌な予感はした。
「昨日、みづきがこてんぱんにしてやった狸じゃ。どうやらもう早々に次の試合へと挑むようじゃぞ。くくくっ、気の早いことじゃな」
「何だって? まみおが試合?」
驚くみづきにうむと頷き、先を続ける日和は冷ややかに笑い続けた。
天神回戦に参加する神には、他の神々の試合への参戦状況が意識を向けると手に取るようにわかる。
近く戦った相手なら尚更印象が深いそうだ。
そして、嫌な予感は的中する。
「しかもじゃ、対戦相手はなんと多々良殿のところときておる。末席が二位と試合をするなど、何ともまぁ捨て鉢な悪手に出たものじゃわい」
「おんなじことを俺にさせといてよく言うよ。でも何だってそんなことを……」
言い掛けて、はっとした。
多々良はそうした考えを巡らす神であったはずだ。
敗北の眠りが近い、弱った神にとどめを刺して回っている。
つい最近、この日和が同じ憂き目に遭わされようとしていたばかりだ。
「多々良殿には先を見通せる神の眼があるのじゃ。大方、あの狸の潮時でも見えたのじゃろうよ。多々良殿に目を付けられるとは、ほんに気の毒にのう」
愉快そうな日和に不謹慎さを感じ、みづきは眉をひそめる。
しかし、次の日和の言葉を聞いて表情を失った。
「通例、試合がひとつ終われば、傷ついた身体を癒やすためにも次回の試合までの猶予を休息に使うものじゃが、みづきとの試合の結果が結果じゃったからな。情けを掛けられ、相当な余裕があったのじゃろう。故に、昨日の今日じゃというのに、早速と多々良殿の申し込みに飛びついてしまったのじゃろうな」
「俺が、情けを掛けたから……?」
みづきの目的は日和の順位を押し上げることであり、他の神の討滅ではない。
だから、死に物狂いで向かってくるまみおに手心を加え、最後の最後まで戦うのをためらった。
「……」
言葉と表情を失い、みづきは蒼白な顔をしていた。
何かの思い違いをしてはいないか。
天神回戦は手段でしかなく、みづきの願いを叶えるための通過点に過ぎない。
列強の神々をお祭り騒ぎの武芸大会で適当に負かしていけば、日和の神格を取り戻す目的を達成できる、と。
それは、見落としというにはあまりに迂闊な事実だった。
──まみおの事情を知ってやりにくさを感じた。俺に戦う理由があるのと同じで、他の神様にも戦う理由が当たり前にあるんだ。守りたいもののがあるのは、日和もまみおも同じだ。だから、あれで終わりじゃあないんだ……。
勝つ者がいて、負ける者がいる。
勝者は願いを叶えられるが、敗者は踏みにじられるのみ。
まみおとの試合は終わったが、まみおという神の戦いが終わった訳ではない。
あの狸の神はこれからも故郷を守るために戦い続けるのだ。
まみおが多々良と試合をするという選択が、みづきが中途半端に追い詰めたがゆえなのだとしたら。
その結果の果てに、もしもまみおが討滅されることになったら。
みづきはそのとき、自分が無関係でいられるかどうか到底自信がなかった。
そんな心中などお構いなしに日和はお気楽に笑っている。
「しかしまぁ、あのえろ狸め。多々良殿からの試合の誘いを受けるなど、とうとうとち狂ったと見える。勝ち目のない勝負の末、精々手酷く誅されれば良いのじゃ。見ものじゃのうこれは、ほほほ」
「──その試合、いつからだ!?」
突然なみづきの大きな声に驚く日和。
目を丸くして瞬かせて答えた。
「えっ、あぁ、今日の試合の、午後の部じゃな」
もう正午は過ぎていて、試合はいつ始まってもおかしくない頃合いである。
「すぐに行くぞ! 付いてきてくれ、日和!」
「み、みづきっ! どうしたのじゃっ、そのように血相を変えて……!」
日和の返答を意に介さず、みづきはその手を取るとすぐさま母家を飛び出した。
瞬転の鳥居をくぐり、いつもは飛び降りるのを躊躇う高い浮島から眼下の太極山へと急いで向かう。
天神回戦試合場の、神々の特別観覧席へと続く暗い通路を走り抜けて、出口から差し込む明るい光の中を突っ切った。
そして、目の前に広がる光景を目の当たりにする。
「東ノ神! 八百万順列第二位、製鉄と鍛冶の神、天眼多々良様のシキ! 地獄の獄卒、牛頭鬼の冥子殿、おいでなさいませ!」
老練な審判官の呼び上げの下、東側の選手入場門より巨躯の鬼が姿を現した。
女丈夫たる人の身体ではなく、恐ろしい鬼の正体を現した牛頭鬼の冥子であった。
「西ノ神! 八百万順列末席、地蔵狸のまみお様! おいでなさいませ!」
続けての呼び上げで、冥子の正面に白煙がどろんとあがり、相対的にちっぽけに見える狸がちょこんと現れた。
甲高い笑い声をあげて、威勢良く登場した化け狸のまみお。
双方は相対し、まさに試合は開始される直前であった。
活気に包まれた広大な太極天の社にて、今日も今日とて試合が執り行われる。
天眼多々良陣営、牛頭鬼の冥子対地蔵狸のまみお。
観覧席には当然のように、多々良と慈乃の姿がある。
「日和殿、みづき。やはり来たね」
涼しい顔で笑う多々良と、試合場のまみおと冥子を見比べ、みづきは表情を強ばらせた。
妙な緊張感が漂い、日和は二人の間で困惑していた。
「多々良さん……」
「もう試合が始まる。席を空けておいたよ。──さあ、お座りなさい」
何かを言いたげなみづきに構わず、多々良は隣の空席二つ分を示した。
出掛かった言葉を引っ込め、立ち尽くしていたみづきは無言で多々良の隣に腰を下ろした。
おずおずと日和もそれに続く。
静かに頷く多々良に挨拶もしない二人を睨み、慈乃はすこぶる不機嫌そうだが今はまだ何も言わなかった。
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転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
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☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
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