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第5章 神々の異世界 ~天神回戦 其の弐~
第181話 創造の神、日和1
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いつの間にか日は傾き掛けていて、金色の空は茜色になっていく。
そこは黄昏の峠道の様子で、地蔵狸のまみおの神の領域である。
峠道の脇にあるお地蔵様の祠の前に、見るも無惨な瀕死の狸の姿があった。
お地蔵様の足下にすがり付くように傷ついた身体を横たえている。
「……ごめん、お師匠様。おいら、負けちまった……。もう、これ以上は戦えねえかもしれねぇ……。こてんぱんにやられちまったよ……」
小さな石仏の顔を見上げ、まみおは自分の終わりを悟って言い残した。
今際の際にせめてもの願いを口にし、そのまま意識を失ってしまう。
「このまま敗北の眠りに着いて消えちまうんなら、最期はお師匠様と一緒がいい。お師匠様のそばで、安らかに眠らせてもらいてぇ……」
かくんと頭が落ち、まみおは何も喋らなくなり、身じろぎ一つしなくなった。
そんな哀れなまみおに、お地蔵様は慈愛の表情を悲しみに歪ませ、つぅっと涙を一筋流した。
零れた涙の粒は毛羽立った狸の身体に染み込んで消えた。
「まみおーッ!」
試合から間を置かず、みづきと日和はまみおの領域に訪れていた。
負けて眠る寸前の神を前にして何ができるのかはわからないが、いても立ってもいられず、こうして駆け付けてきたのであった。
みづきはお地蔵様の祠にまみおの姿を見つけ、そばへ走り寄ろうとする。
「待ちなさいっ、みづき!」
しかし、みづきの行く手を阻み、地面から黒い煙が噴き上がった。
煙の中から現れたのは、牛頭の大きな姿ではない、人間の形態を取った冥子だ。
人間の姿とはいえ、身の丈はみづきよりも頭一つ分は大きく、露出度の高い衣服から豊か過ぎる胸の谷間と鍛えられた筋肉を覗かせ、巨躯を誇示している。
豪放な美形の顔を強ばらせ、みづきと日和を見下ろしていた。
「──間もなく、まみお様は召されるわ。私は多々良様の御命により、まみお様の魂をお迎えにあがったの。これは私たち、多々良様の陣営とまみお様の間の話よ。みづきたちには関係の無いこと。だから、邪魔はしないで頂戴」
金砕棒の先端を地面に突き立て、粛々と言い放つ冥子の表情は重い。
漂う言い知れない緊張感は、いよいよとまみおが消えてしまうその時が近いのを物語っている。
みづきはそれをみすみす見過ごせない。
「どけよ、冥子。まみおを助けられるかどうかできることをしたいんだ」
みづきには地平の加護の力がある。
これまで身につけてきた権能を工夫すれば、もしかしたらまみおを助けられるかもしれない。
そう思ってこの場に参じた。
しかし、冥子は首を横に振る。
「無駄よ。まみお様の神通力はもうすぐ尽き果てる。みづきが不思議な力を使い、傷を癒やして差し上げても神格は元には戻らない。永くの眠りを経て、復活の時を待つしかないのよ」
「やってみないとわからんだろうが、そんなこと!」
息巻くみづきが一歩前に出ようとすると、その後ろ手を日和が取る。
振り向くみづきの目に映るのは、日和の悲しげな顔だった。
「みづき、残念じゃがその鬼の言う通りなのじゃ……。身に受けた怪我が治っても、神の力の源である神通力が尽きれば神格は失われ、神であることはできなくなってしまう……。みづきの力が凄かろうとも、まみお殿は助けられぬ……」
「日和までそんなこと言うのか……!」
乱暴に日和の手を振り払い、みづきは再び冥子の顔を見上げた。
納得の出来ない視線と、諦観を交えた視線がぶつかる。
「冥子、とにかくそこをどいてくれ! 無駄かどうかは俺が判断する。どうしても邪魔をしようっていうんなら、……俺にも考えがあるぞ」
「──押し通ろうと言うの? やめておきなさい」
挑発的なみづきだが、冥子の表情は浮かないままだ。
血気盛んな地獄の鬼に見えて、彼女は冷静に物事を計れる心得持ちであった。
「試合でもない、こんな場外でみづきと争いたくないの。何よりも、日和様を困らせてはいけないわ。みづき、どうかわかって」
「う……」
振り向かなくても、日和が表情を暗くしているのはわかった。
望まれない戦いに走り、主たる神に迷惑を掛けるのは駄目だと、さっき多々良にとがめられたばっかりである。
まみおを助けたい気持ちが逸るが、日和を悲しませるのは不本意でしかない。
どうすればいいのかみづきは惑う。
ただ、このまま手をこまねいて、まみおが滅ぶのを眺めるのだけは御免である。
みづきがそうして苦しげな表情を浮かべていると。
「みづきにはまみお様を助けることはできない。だけれども──」
出し抜けに冥子が言い始める。
単に見かねたのではなく、機を見計らったかのようにも感じた。
「日和様の御力を以てして、というのであれば話は別だわ。もし、そのおつもりが日和様にあるのならきっと、まみお様をお救いになることはできるでしょうね」
「えっ、どういうことだ。日和、まみおを助けられるのか?」
きょとんとした顔で冥子を見上げていたみづきは、驚いて日和に振り向いた。
但し、日和は口をつぐんでいて何も言わない。
眉尻を下げて、やれやれといった感の顔をしていた。
その日和の様子を見て、薄く笑いながら冥子が代わりに答える。
「ええ、日和様にならできるわよ。まみお様の神通力を復活させられるのは元より、神の命を創造することさえも可能よ。あらゆるものを創り出せる奇跡そのものたる御方、それが創造の女神、日和様なのよ」
何故だか冥子は主でもない日和を讃えるかのような口調で言った。
かつての栄光ある女神の威光は、いち地獄の鬼であっても尊く思っている。
「てっきり、だからこそ日和様がこの場においでになったのだと思ったわ」
冥子はそう付け加えると、わざとらしく日和に目配せをした。
仰々しい言い回しに呆れた風で、もうすでに諦めた様子の日和は、両肘を抱いた格好でため息をつく。
「まぁったく、妙な入れ知恵をするでないのじゃ……。自分で手を下しておいて、何ともおせっかいな鬼じゃなあ。それも多々良殿の差し金ゆえか?」
冥子は日和ににこりと微笑み、答えた。
「いいえ、私自身の信心がそうさせるのです。何か誤りでもございますか? いと高き天上の御方、合歓木日和ノ神様」
「あんまり持ち上げるでない。今は何の力も無いただの干物じゃ……」
自嘲気味の日和は、もう一度ため息をつくとみづきに向き直る。
迷いの気持ちをありありと浮かべ、通例とはまったく異なる行動を取る己のシキに問い掛けた。
「みづき、私にはよくわからぬ……。負ければこうなることは必定じゃ。強い神が在る一方で、消えていく神もまた在る。こればかりは如何ともし難い現実じゃ」
長い長い時の間、日和は天神回戦と神々の世界の歴史を見てきた。
今回のことは別段珍しいことでも何でもない。
「みづきがやらんかったがゆえ、まみお殿はたまたま多々良殿の手に掛かったが、そうでなかろうとどこぞ他の神に狙われ、やはり結果は同じことじゃったろうよ。そこは多々良殿の言った通りじゃ。だから、みづきのせいなどではないぞ」
まみおに情けを掛けたのを起因とした今の状況に対し、みづきが心を痛めているのは日和だってもうわかっていた。
ただ、それは発端に過ぎず、後の顛末は各々が自らの思惑によって動いた結果であり、みづきに責任などないはずだ。
しかし、みづきは気分悪く、腑に落ちることができないでいる。
もうそこにあるのは気心や拘りといった、その者の人となりである。
「俺のせいかどうかって話は、俺自身もうよくわからん。まだ出会ってすぐの短い付き合いだけど、俺はまみおに関わってしまった。まみおの引くに引けない事情を知ってしまったんだ」
地平の加護の不可抗力で首を突っ込んでしまった。
望む望まないに関わらず、戦って洞察した対象を深く理解してしまう。
人間ならではのその感情に、みづきはもう黙ってはいられなかったのだ。
「要は同情したんだよ、悪いか! 日和だって滅びたくないだろ! それはまみおだっておんなじなんだよ! 知ってしまったら、もう無関係は決め込めない!」
思いを吐き出すように叫ぶみづき。
それは、ある種のみづきの覚悟なのかもしれない。
関わり合う者には責任ある行動をもって接しようというせめてもの気構えだ。
日和はみづきの熱意に弱り顔である。
「うぅ、それはそうじゃが、こんなことをしていたら切りが無いのじゃ。この先、私たちが関与するしないに関わらず、どこかでいずれかの神が眠りにつく。それらをすべて救うことなどできぬのじゃ。此度のまみお殿のことは、神々の世界の事柄のほんの一握りに過ぎぬのじゃぞ」
みづきの思想は半ば絵空事ではある。
自分で言った通りで、すべてを救えるなど傲慢の極みでしかなく、そんなことはできようはずもない。
だが、地平の加護と共にあるみづきは尚も心根を曲げず、愚直に抗い、戦い続けようとする。
最早、それは「宿命」であった。
「日和、それでも頼む! 俺はこんな覚悟をしたくない! 俺が関わってしまったまみおが目の前で滅んでしまうのを見過ごせないんだ! だから、頼むっ! 今回だけは助けてくれ、この通りだっ!」
地に両膝をつき、みづきは日和に頭を下げて頼み込んだ。
日和の霊妙の力にすがり、哀れなまみおを救ってやって欲しいと願う。
今回だけ、とみづきは言った。
しかしさりとて、多分そうはならないだろうな、とは日和の心のぼやきである。
「──ふぅ、やれやれなのじゃ。創造の秘術は殊更に神通力を消費する。仮初めに戻った神通力でこれを行えば、順列はまたぞろに下がってしまうじゃろうなぁ」
茜色に染まりゆく空を見上げつつ、誰に言うでもなく呟いた。
不満そうなのは表向きだけで、もう日和の腹は決まっているようだ。
異端なる自分のシキに感化されてみるのも悪くない、そう思い始めていた。
「とはいえ、みづきあっての今の私じゃ。ふっ、少しは我がままを聞いてやらぬでは私の名も廃るというものよ。うむ、しょうことなしじゃ」
「日和っ、本当かっ! 恩に着る!」
嬉しそうに顔を上げるみづきを見る日和の目線は力強い。
束の間に取り戻した神の力を、他ならぬ日和自身の意思で解放する。
「願いを聞き届けてこその神じゃ。なれば、とくと見ておれ! 廃れた神社を直すのとも、無から刀を生み出すのとも違う! 尽きた魂の再生、純然たる生命の火を今一度蘇らせてみせようなのじゃっ!」
高らかに声をあげ、一度左右に広げた両手を勢いよく合掌させる。
ぱぁんっ、と小気味良い破裂音が響き、大気の遠くまで振動を伝えた。
にわかに日和の身体から噴き出すのは黄金色の揺らめく放射体、神気であった。
すぅ、と日和は瞳を閉じ込む。
「うわっ、日和っ!?」
「みづき、お邪魔になるわ。少し離れるわよ」
日和の神力発動に驚いて尻餅をつくみづきの身体を、冥子は後ろからひょいっと首根っこを掴んで持ち上げた。
そのまま後ろ向きに飛び下がる。
「よく見ておきなさいな、みづき」
足下に雑にみづきを投げ出すと、輝く日和から視線を逸らさず冥子は言った。
「今は御力の大半を失われておいでだけど、万物の創造を司る日和様なら命を芽吹かせるのはもちろん、世界そのものだって創り出すことが可能なの。──みづき、貴方は大変な御方にお仕えしているのよ」
「日和、すげえ……。頼んだぞ……!」
えも言われぬ感動と敬服の気持ちを覚えるみづきの見る先で。
日和の力の根源である本性が、神々しく荒々しい姿を顕現させるのであった。
そこは黄昏の峠道の様子で、地蔵狸のまみおの神の領域である。
峠道の脇にあるお地蔵様の祠の前に、見るも無惨な瀕死の狸の姿があった。
お地蔵様の足下にすがり付くように傷ついた身体を横たえている。
「……ごめん、お師匠様。おいら、負けちまった……。もう、これ以上は戦えねえかもしれねぇ……。こてんぱんにやられちまったよ……」
小さな石仏の顔を見上げ、まみおは自分の終わりを悟って言い残した。
今際の際にせめてもの願いを口にし、そのまま意識を失ってしまう。
「このまま敗北の眠りに着いて消えちまうんなら、最期はお師匠様と一緒がいい。お師匠様のそばで、安らかに眠らせてもらいてぇ……」
かくんと頭が落ち、まみおは何も喋らなくなり、身じろぎ一つしなくなった。
そんな哀れなまみおに、お地蔵様は慈愛の表情を悲しみに歪ませ、つぅっと涙を一筋流した。
零れた涙の粒は毛羽立った狸の身体に染み込んで消えた。
「まみおーッ!」
試合から間を置かず、みづきと日和はまみおの領域に訪れていた。
負けて眠る寸前の神を前にして何ができるのかはわからないが、いても立ってもいられず、こうして駆け付けてきたのであった。
みづきはお地蔵様の祠にまみおの姿を見つけ、そばへ走り寄ろうとする。
「待ちなさいっ、みづき!」
しかし、みづきの行く手を阻み、地面から黒い煙が噴き上がった。
煙の中から現れたのは、牛頭の大きな姿ではない、人間の形態を取った冥子だ。
人間の姿とはいえ、身の丈はみづきよりも頭一つ分は大きく、露出度の高い衣服から豊か過ぎる胸の谷間と鍛えられた筋肉を覗かせ、巨躯を誇示している。
豪放な美形の顔を強ばらせ、みづきと日和を見下ろしていた。
「──間もなく、まみお様は召されるわ。私は多々良様の御命により、まみお様の魂をお迎えにあがったの。これは私たち、多々良様の陣営とまみお様の間の話よ。みづきたちには関係の無いこと。だから、邪魔はしないで頂戴」
金砕棒の先端を地面に突き立て、粛々と言い放つ冥子の表情は重い。
漂う言い知れない緊張感は、いよいよとまみおが消えてしまうその時が近いのを物語っている。
みづきはそれをみすみす見過ごせない。
「どけよ、冥子。まみおを助けられるかどうかできることをしたいんだ」
みづきには地平の加護の力がある。
これまで身につけてきた権能を工夫すれば、もしかしたらまみおを助けられるかもしれない。
そう思ってこの場に参じた。
しかし、冥子は首を横に振る。
「無駄よ。まみお様の神通力はもうすぐ尽き果てる。みづきが不思議な力を使い、傷を癒やして差し上げても神格は元には戻らない。永くの眠りを経て、復活の時を待つしかないのよ」
「やってみないとわからんだろうが、そんなこと!」
息巻くみづきが一歩前に出ようとすると、その後ろ手を日和が取る。
振り向くみづきの目に映るのは、日和の悲しげな顔だった。
「みづき、残念じゃがその鬼の言う通りなのじゃ……。身に受けた怪我が治っても、神の力の源である神通力が尽きれば神格は失われ、神であることはできなくなってしまう……。みづきの力が凄かろうとも、まみお殿は助けられぬ……」
「日和までそんなこと言うのか……!」
乱暴に日和の手を振り払い、みづきは再び冥子の顔を見上げた。
納得の出来ない視線と、諦観を交えた視線がぶつかる。
「冥子、とにかくそこをどいてくれ! 無駄かどうかは俺が判断する。どうしても邪魔をしようっていうんなら、……俺にも考えがあるぞ」
「──押し通ろうと言うの? やめておきなさい」
挑発的なみづきだが、冥子の表情は浮かないままだ。
血気盛んな地獄の鬼に見えて、彼女は冷静に物事を計れる心得持ちであった。
「試合でもない、こんな場外でみづきと争いたくないの。何よりも、日和様を困らせてはいけないわ。みづき、どうかわかって」
「う……」
振り向かなくても、日和が表情を暗くしているのはわかった。
望まれない戦いに走り、主たる神に迷惑を掛けるのは駄目だと、さっき多々良にとがめられたばっかりである。
まみおを助けたい気持ちが逸るが、日和を悲しませるのは不本意でしかない。
どうすればいいのかみづきは惑う。
ただ、このまま手をこまねいて、まみおが滅ぶのを眺めるのだけは御免である。
みづきがそうして苦しげな表情を浮かべていると。
「みづきにはまみお様を助けることはできない。だけれども──」
出し抜けに冥子が言い始める。
単に見かねたのではなく、機を見計らったかのようにも感じた。
「日和様の御力を以てして、というのであれば話は別だわ。もし、そのおつもりが日和様にあるのならきっと、まみお様をお救いになることはできるでしょうね」
「えっ、どういうことだ。日和、まみおを助けられるのか?」
きょとんとした顔で冥子を見上げていたみづきは、驚いて日和に振り向いた。
但し、日和は口をつぐんでいて何も言わない。
眉尻を下げて、やれやれといった感の顔をしていた。
その日和の様子を見て、薄く笑いながら冥子が代わりに答える。
「ええ、日和様にならできるわよ。まみお様の神通力を復活させられるのは元より、神の命を創造することさえも可能よ。あらゆるものを創り出せる奇跡そのものたる御方、それが創造の女神、日和様なのよ」
何故だか冥子は主でもない日和を讃えるかのような口調で言った。
かつての栄光ある女神の威光は、いち地獄の鬼であっても尊く思っている。
「てっきり、だからこそ日和様がこの場においでになったのだと思ったわ」
冥子はそう付け加えると、わざとらしく日和に目配せをした。
仰々しい言い回しに呆れた風で、もうすでに諦めた様子の日和は、両肘を抱いた格好でため息をつく。
「まぁったく、妙な入れ知恵をするでないのじゃ……。自分で手を下しておいて、何ともおせっかいな鬼じゃなあ。それも多々良殿の差し金ゆえか?」
冥子は日和ににこりと微笑み、答えた。
「いいえ、私自身の信心がそうさせるのです。何か誤りでもございますか? いと高き天上の御方、合歓木日和ノ神様」
「あんまり持ち上げるでない。今は何の力も無いただの干物じゃ……」
自嘲気味の日和は、もう一度ため息をつくとみづきに向き直る。
迷いの気持ちをありありと浮かべ、通例とはまったく異なる行動を取る己のシキに問い掛けた。
「みづき、私にはよくわからぬ……。負ければこうなることは必定じゃ。強い神が在る一方で、消えていく神もまた在る。こればかりは如何ともし難い現実じゃ」
長い長い時の間、日和は天神回戦と神々の世界の歴史を見てきた。
今回のことは別段珍しいことでも何でもない。
「みづきがやらんかったがゆえ、まみお殿はたまたま多々良殿の手に掛かったが、そうでなかろうとどこぞ他の神に狙われ、やはり結果は同じことじゃったろうよ。そこは多々良殿の言った通りじゃ。だから、みづきのせいなどではないぞ」
まみおに情けを掛けたのを起因とした今の状況に対し、みづきが心を痛めているのは日和だってもうわかっていた。
ただ、それは発端に過ぎず、後の顛末は各々が自らの思惑によって動いた結果であり、みづきに責任などないはずだ。
しかし、みづきは気分悪く、腑に落ちることができないでいる。
もうそこにあるのは気心や拘りといった、その者の人となりである。
「俺のせいかどうかって話は、俺自身もうよくわからん。まだ出会ってすぐの短い付き合いだけど、俺はまみおに関わってしまった。まみおの引くに引けない事情を知ってしまったんだ」
地平の加護の不可抗力で首を突っ込んでしまった。
望む望まないに関わらず、戦って洞察した対象を深く理解してしまう。
人間ならではのその感情に、みづきはもう黙ってはいられなかったのだ。
「要は同情したんだよ、悪いか! 日和だって滅びたくないだろ! それはまみおだっておんなじなんだよ! 知ってしまったら、もう無関係は決め込めない!」
思いを吐き出すように叫ぶみづき。
それは、ある種のみづきの覚悟なのかもしれない。
関わり合う者には責任ある行動をもって接しようというせめてもの気構えだ。
日和はみづきの熱意に弱り顔である。
「うぅ、それはそうじゃが、こんなことをしていたら切りが無いのじゃ。この先、私たちが関与するしないに関わらず、どこかでいずれかの神が眠りにつく。それらをすべて救うことなどできぬのじゃ。此度のまみお殿のことは、神々の世界の事柄のほんの一握りに過ぎぬのじゃぞ」
みづきの思想は半ば絵空事ではある。
自分で言った通りで、すべてを救えるなど傲慢の極みでしかなく、そんなことはできようはずもない。
だが、地平の加護と共にあるみづきは尚も心根を曲げず、愚直に抗い、戦い続けようとする。
最早、それは「宿命」であった。
「日和、それでも頼む! 俺はこんな覚悟をしたくない! 俺が関わってしまったまみおが目の前で滅んでしまうのを見過ごせないんだ! だから、頼むっ! 今回だけは助けてくれ、この通りだっ!」
地に両膝をつき、みづきは日和に頭を下げて頼み込んだ。
日和の霊妙の力にすがり、哀れなまみおを救ってやって欲しいと願う。
今回だけ、とみづきは言った。
しかしさりとて、多分そうはならないだろうな、とは日和の心のぼやきである。
「──ふぅ、やれやれなのじゃ。創造の秘術は殊更に神通力を消費する。仮初めに戻った神通力でこれを行えば、順列はまたぞろに下がってしまうじゃろうなぁ」
茜色に染まりゆく空を見上げつつ、誰に言うでもなく呟いた。
不満そうなのは表向きだけで、もう日和の腹は決まっているようだ。
異端なる自分のシキに感化されてみるのも悪くない、そう思い始めていた。
「とはいえ、みづきあっての今の私じゃ。ふっ、少しは我がままを聞いてやらぬでは私の名も廃るというものよ。うむ、しょうことなしじゃ」
「日和っ、本当かっ! 恩に着る!」
嬉しそうに顔を上げるみづきを見る日和の目線は力強い。
束の間に取り戻した神の力を、他ならぬ日和自身の意思で解放する。
「願いを聞き届けてこその神じゃ。なれば、とくと見ておれ! 廃れた神社を直すのとも、無から刀を生み出すのとも違う! 尽きた魂の再生、純然たる生命の火を今一度蘇らせてみせようなのじゃっ!」
高らかに声をあげ、一度左右に広げた両手を勢いよく合掌させる。
ぱぁんっ、と小気味良い破裂音が響き、大気の遠くまで振動を伝えた。
にわかに日和の身体から噴き出すのは黄金色の揺らめく放射体、神気であった。
すぅ、と日和は瞳を閉じ込む。
「うわっ、日和っ!?」
「みづき、お邪魔になるわ。少し離れるわよ」
日和の神力発動に驚いて尻餅をつくみづきの身体を、冥子は後ろからひょいっと首根っこを掴んで持ち上げた。
そのまま後ろ向きに飛び下がる。
「よく見ておきなさいな、みづき」
足下に雑にみづきを投げ出すと、輝く日和から視線を逸らさず冥子は言った。
「今は御力の大半を失われておいでだけど、万物の創造を司る日和様なら命を芽吹かせるのはもちろん、世界そのものだって創り出すことが可能なの。──みづき、貴方は大変な御方にお仕えしているのよ」
「日和、すげえ……。頼んだぞ……!」
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【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
異世界転移魔方陣をネットオークションで買って行ってみたら、日本に帰れなくなった件。
蛇崩 通
ファンタジー
ネットオークションに、異世界転移魔方陣が出品されていた。
三千円で。
二枚入り。
手製のガイドブック『異世界の歩き方』付き。
ガイドブックには、異世界会話集も収録。
出品商品の説明文には、「魔力が充分にあれば、異世界に行けます」とあった。
おもしろそうなので、買ってみた。
使ってみた。
帰れなくなった。日本に。
魔力切れのようだ。
しかたがないので、異世界で魔法の勉強をすることにした。
それなのに……
気がついたら、魔王軍と戦うことに。
はたして、日本に無事戻れるのか?
<第1章の主な内容>
王立魔法学園南校で授業を受けていたら、クラスまるごと徴兵されてしまった。
魔王軍が、王都まで迫ったからだ。
同じクラスは、女生徒ばかり。
毒薔薇姫、毒蛇姫、サソリ姫など、毒はあるけど魔法はからっきしの美少女ばかり。
ベテラン騎士も兵士たちも、あっという間にアース・ドラゴンに喰われてしまった。
しかたがない。ぼくが戦うか。
<第2章の主な内容>
救援要請が来た。南城壁を守る氷姫から。彼女は、王立魔法学園北校が誇る三大魔法剣姫の一人。氷結魔法剣を持つ魔法姫騎士だ。
さっそく救援に行くと、氷姫たち守備隊は、アース・ドラゴンの大軍に包囲され、絶体絶命の窮地だった。
どう救出する?
<第3章の主な内容>
南城壁第十六砦の屋上では、三大魔法剣姫が、そろい踏みをしていた。氷結魔法剣の使い手、氷姫。火炎魔法剣の炎姫。それに、雷鳴魔法剣の雷姫だ。
そこへ、魔王の娘にして、王都侵攻魔王軍の総司令官、炎龍王女がやって来た。三名の女魔族を率いて。交渉のためだ。だが、炎龍王女の要求内容は、常軌を逸していた。
交渉は、すぐに決裂。三大魔法剣姫と魔王の娘との激しいバトルが勃発する。
驚異的な再生能力を誇る女魔族たちに、三大魔法剣姫は苦戦するが……
<第4章の主な内容>
リリーシア王女が、魔王軍に拉致された。
明日の夜明けまでに王女を奪還しなければ、王都平民区の十万人の命が失われる。
なぜなら、兵力の減少に苦しむ王国騎士団は、王都外壁の放棄と、内壁への撤退を主張していた。それを拒否し、外壁での徹底抗戦を主張していたのが、臨時副司令官のリリーシア王女だったからだ。
三大魔法剣姫とトッキロたちは、王女を救出するため、深夜、魔王軍の野営陣地に侵入するが……
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