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次の日の朝、アメリアはゆっくりと目を開いた。
アメリアは、夜通し彼女の手を握っていたナーヴェの方を見た。
窓から差し込む朝の清澄な光が、彼女の流れるような黒い髪を神々しく浮かび上がらせているその様は、彼の目にはさながら女神のように映った。
今の彼は、長らく隠していた翡翠の瞳とその素顔を晒し、セルヴィスの服を纏っている。
ナーヴェは複雑な気分だった。
彼は、アメリアが目覚めた事に対しての純粋な嬉しさと、これから彼女に対して『兄上』を演じ続けなくてはならない事への憂鬱に板挟みになり、彼女にどんな顔を向ければ良いのか判らなくなった。
だが、次の瞬間にそんな不安はすぐに吹き飛んだ。
アメリアは言ったのだ。
「・・・ナ・・・ヴェ様」
掠れた声だったが、彼女ははっきりと彼の名を口にした。
「え・・・どうして、私は・・・セルヴィ・・・」
ナーヴェは動揺した。
冷静に振舞うつもりだったにも関わらず、彼女からの意外な一言は彼の心を掻き乱すのには十分だった。
セルヴィスを演じ切らなくてはという気持ちと、たとえ誤りでも愛しい人から本当の名を呼ばれたことに対しての溢れるような喜びが、彼の中で鬩ぎ合った。
おそらく長い眠りから目覚めたばかりの彼女は混乱しているのだろう、記憶だって曖昧に違いない。
きっと間違いだ、そう彼は自分に言い聞かせた。
だが、彼女は、彼の翡翠色の瞳からいつまでも目を離さない。
そして、続けるように言った。
「あなたは・・・ナーヴェ様なのでしょう?どんな瞳の色をなさっていても、今の私には判ります」
「いや、私は・・・」
「思い出したのです。そんなに優しい瞳で私を見つめてくださるのは、あの夏の日からナーヴェ様、あなただけだったと・・・」
「・・・!」
アメリアにあの日の記憶があった事と、どんな装いでも彼自身を見抜いてくれた事に、ナーヴェは湧き上がるような気持ちを抑えきれなくなりそうだった。
しかし、喜びに溺れる前に、気掛かりな事について確認しておかなくてはならないと、気を引き締めなおして問いかける。
兄上が亡くなってしまい、私の下手な影武者も見破られてしまった以上、もし彼女が望んだとしても、もう『セルヴィス』のそばには居られないが・・・彼女の気持ちは聞いておかなくては・・・。
「実は兄上から君の事を頼むと言われている。私は君を・・・幸せにしたいと思っている。けれども・・・君がもし嫌だとしたら、無理強いはしたくない。君はまだ兄上の事を愛しているのだろう?」
言葉を詰まらせながらも、ナーヴェは彼女に問いかけた。
あの夏の日を思い出してくれたアメリアに対しての彼の態度は、義姉へのものから、愛しい人に対してのものに変わっていた。
だが、そんな彼の表情はどこか消しきれない愁いのようなものを帯びていた。
「いえ・・・」
アメリアはかぶりを振った。
「気が付くまでに、長い時間が掛かってしまいましたが・・・あの方がレクシア様を未だ愛しておられたに違いないように、私もまたあの方に別の方への思いを重ねていたのです」
アメリアは頬を染めて続けた。
「忘れたように思っていたのに、私の心にはずっとあの夏の日のナーヴェ様の笑顔が残っていて・・・無意識にセルヴィス様にあなたの面影を求めていたのです」
だから、あんなにセルヴィスに笑ってほしいと思っていたのだと。
そうアメリアは語った。
あの夏の日に出会ったナーヴェは、アメリアにとって初恋だった。
そして、その人はアメリアが辛いとき、彼女が彼を忘れていても、気付かなくても、いつでも陰ながら優しく見守ってくれていた。
「・・・ナーヴェ様、私はあなたと一緒に居たい」
「そんな事を言われたら・・・もう放してやる事は出来そうに無いが、本当にそれでも良いのか?」
アメリアは頷いた。
ナーヴェの顔は花が咲いたようにほころんだ。
その顔を見たアメリアは、自分はずっとこの笑顔を探していたのだ、と強く思った。
長らく空っぽだった心の中に、温かなものが満ちていくように感じられた。
「君が私を選んでくれたなんて・・・!嬉しくてどうにかなりそうだ」
思わずナーヴェは彼女の細い身体を、壊れそうなくらいに力強く抱き締めた。
「ずっといつまでも、君だけを愛しているよ!アメリア」
・・・知っています、と照れるようにアメリアが小さな声で彼の耳元で囁いた。
アメリアは、夜通し彼女の手を握っていたナーヴェの方を見た。
窓から差し込む朝の清澄な光が、彼女の流れるような黒い髪を神々しく浮かび上がらせているその様は、彼の目にはさながら女神のように映った。
今の彼は、長らく隠していた翡翠の瞳とその素顔を晒し、セルヴィスの服を纏っている。
ナーヴェは複雑な気分だった。
彼は、アメリアが目覚めた事に対しての純粋な嬉しさと、これから彼女に対して『兄上』を演じ続けなくてはならない事への憂鬱に板挟みになり、彼女にどんな顔を向ければ良いのか判らなくなった。
だが、次の瞬間にそんな不安はすぐに吹き飛んだ。
アメリアは言ったのだ。
「・・・ナ・・・ヴェ様」
掠れた声だったが、彼女ははっきりと彼の名を口にした。
「え・・・どうして、私は・・・セルヴィ・・・」
ナーヴェは動揺した。
冷静に振舞うつもりだったにも関わらず、彼女からの意外な一言は彼の心を掻き乱すのには十分だった。
セルヴィスを演じ切らなくてはという気持ちと、たとえ誤りでも愛しい人から本当の名を呼ばれたことに対しての溢れるような喜びが、彼の中で鬩ぎ合った。
おそらく長い眠りから目覚めたばかりの彼女は混乱しているのだろう、記憶だって曖昧に違いない。
きっと間違いだ、そう彼は自分に言い聞かせた。
だが、彼女は、彼の翡翠色の瞳からいつまでも目を離さない。
そして、続けるように言った。
「あなたは・・・ナーヴェ様なのでしょう?どんな瞳の色をなさっていても、今の私には判ります」
「いや、私は・・・」
「思い出したのです。そんなに優しい瞳で私を見つめてくださるのは、あの夏の日からナーヴェ様、あなただけだったと・・・」
「・・・!」
アメリアにあの日の記憶があった事と、どんな装いでも彼自身を見抜いてくれた事に、ナーヴェは湧き上がるような気持ちを抑えきれなくなりそうだった。
しかし、喜びに溺れる前に、気掛かりな事について確認しておかなくてはならないと、気を引き締めなおして問いかける。
兄上が亡くなってしまい、私の下手な影武者も見破られてしまった以上、もし彼女が望んだとしても、もう『セルヴィス』のそばには居られないが・・・彼女の気持ちは聞いておかなくては・・・。
「実は兄上から君の事を頼むと言われている。私は君を・・・幸せにしたいと思っている。けれども・・・君がもし嫌だとしたら、無理強いはしたくない。君はまだ兄上の事を愛しているのだろう?」
言葉を詰まらせながらも、ナーヴェは彼女に問いかけた。
あの夏の日を思い出してくれたアメリアに対しての彼の態度は、義姉へのものから、愛しい人に対してのものに変わっていた。
だが、そんな彼の表情はどこか消しきれない愁いのようなものを帯びていた。
「いえ・・・」
アメリアはかぶりを振った。
「気が付くまでに、長い時間が掛かってしまいましたが・・・あの方がレクシア様を未だ愛しておられたに違いないように、私もまたあの方に別の方への思いを重ねていたのです」
アメリアは頬を染めて続けた。
「忘れたように思っていたのに、私の心にはずっとあの夏の日のナーヴェ様の笑顔が残っていて・・・無意識にセルヴィス様にあなたの面影を求めていたのです」
だから、あんなにセルヴィスに笑ってほしいと思っていたのだと。
そうアメリアは語った。
あの夏の日に出会ったナーヴェは、アメリアにとって初恋だった。
そして、その人はアメリアが辛いとき、彼女が彼を忘れていても、気付かなくても、いつでも陰ながら優しく見守ってくれていた。
「・・・ナーヴェ様、私はあなたと一緒に居たい」
「そんな事を言われたら・・・もう放してやる事は出来そうに無いが、本当にそれでも良いのか?」
アメリアは頷いた。
ナーヴェの顔は花が咲いたようにほころんだ。
その顔を見たアメリアは、自分はずっとこの笑顔を探していたのだ、と強く思った。
長らく空っぽだった心の中に、温かなものが満ちていくように感じられた。
「君が私を選んでくれたなんて・・・!嬉しくてどうにかなりそうだ」
思わずナーヴェは彼女の細い身体を、壊れそうなくらいに力強く抱き締めた。
「ずっといつまでも、君だけを愛しているよ!アメリア」
・・・知っています、と照れるようにアメリアが小さな声で彼の耳元で囁いた。
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