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20.キースとレティシア
しおりを挟む伯爵家の応接間に通されたキースは、久しぶりに会ったレティシアと話を弾ませていた。
「キース様!遂にお姉様と婚約なさったんですって?!」
「いや・・・まだ、候補だけど・・・僕は婚約者だと思っている」
キースは口ごもりながらも、嬉しそうに返す。
「はぁ・・・本当に長かったですね。キース様は色々奥手すぎますわ。いつまで、お姉様を一人にしておくつもりかと、ハラハラしておりましたのよ?」
「僕の気持ちは、いつも伝えているつもりだよ・・・彼女には気付いて貰えない事も多いけれど・・・」
「それにしても、お姉様に近づく虫は尽く追い払う癖に、ご自分はなかなかお姉様に近寄らなかったのだから、本当に性質が悪いですわ」
「だって、昔彼女に結婚を申し込んだとき、流されてしまったから・・・」
彼は寂しげに言った。
「まだ根に持っていたのですか、キース様。あんな子供に結婚しようと言われて、まさかそれが本気だなんて思いもしないのが普通でしょう?」
「僕はずっと本気なのに・・・」
「格好悪いから絶対に黙っていろと仰るけれど、キース様のせいで、お姉様は自分に魅力が無いから縁談が来ないのだと思い込んでいらっしゃったのよ」
「どうしてそんな事になるんだ?彼女はあんなに魅力的なのに」
「だから、キース様は女性の気持ちが解らない方だと、アルバート様にも言われてしまうのですよ。お姉様の前では、若手文官一の出世頭も形無しですね」
レティシアはしたり顔で、キースに言った。
◇
「そろそろ、彼女は一段落ついたかな?」
キースは、今にもシャーロットがやってくるのではないかという期待で、そわそわし始めた。
そんな彼を見たレティシアは、揶揄うように言った。
「まぁ、キース様、可愛らしい。お姉様が待ち遠しくて仕方が無いのですね。とても私より年長とは思えませんわ。
いつも凛としているところしかご存じない令嬢方が、今のキース様のお姿を見たら、きっと卒倒なさるでしょうね」
「茶化すのは止めてくれ」
「まぁ、本当の事を言えば、私も大好きなお姉様を夫になる方に取られてしまうのは寂しいのですよ・・・。でも、キース様ほどお姉様を大切にしようとしてくださる方なら、譲って差し上げても良いと思わなくも無いですわ」
レティシアは膨れ面で呟く。
「・・・すまなかった。近頃幸せすぎて、自分の事ばかりに浮かれていたよ。姉様の事は誰よりも幸せにするつもりだから、どうかレティシアも僕を認めてほしい」
キースは真面目な表情で、彼女に言った。
「・・・いいでしょう。キース様が真剣なのは、ずっと前から知っています。
それにお姉様の相手が、どこの馬の骨ともわからないような男ではなくて、お兄様のようにも思っているキース様で良かったというところもありますから。
そこで、お祝いと言ってはなんですが、一つ良い事を教えて差し上げますわ」
「良い事?」
「お耳をこちらへ・・・」
キースは怪訝な様子で、レティシアに耳を寄せた。
「キース様が昔お姉様に差し上げた薔薇の花・・・あの後どうなったと思います?
お姉様は栞にして、ずっと今も大切に持っていらっしゃるんですよ」
囁き終えた彼女は、彼ににこりと笑った。
「・・・そんな・・・本当に?嬉しい・・・」
キースは耳まで真っ赤に染めて、真偽を問うようにレティシアの方を見つめ返した。
◇
それから、随分経ってからキースがもう帰る時刻になった頃、レティシアと入れ替わるように、シャーロットが応接間にやってきた。
「遅くなってしまってごめんなさい。なかなか書類が片付かなくて・・・」
彼女は少しぎこちなく笑って言った。
キースはシャーロットの笑い方が不自然なのが気になった。
だが、彼はそれが長時間の机仕事による疲労のせいだろうと判断し、彼女に理由を問うことはなかった。
「シャーロット、今日は一緒に居られなくて残念でしたけれど、また来ますから・・・」
キースは彼女の瞳を名残惜しそうに見つめて言った。
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