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21.惚気
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王宮の一室。
文官の仕事用に割り当てられた部屋の中で、積み上げられた書類の山から鼻歌が聞こえてくる。
ふいにドアが開き、入ってきた眼鏡の男は、書類の山に隠れている人物に話し掛けた。
「キース、最近やけに機嫌が良さそうだな?」
彼はキースの直属の上司で、シャーロットの従兄でもあり、名をレオナルドという。
「そうですか?」
キースは手を止めて、レオナルドの方に顔を向けた。
「今まではいつも、何か悶々と悩んでるような雰囲気があったのに、近頃は随分明るくなったと思ってな」
「憧れの人に一歩近づけたから・・・ですかね」
キースは顔を上気させて、心ここにあらずといった様子で答えた。
それを見たレオナルドは、興味津々に訊いた。
「誰なんだ、キースの憧れの人というのは?」
流石は彼女の親類というべきか、シャーロット並に鈍感なレオナルドは、キースが幼いころから彼女を慕っていることも、彼女の縁談を片っ端から潰して回っていたことも、その一切を感知していない。
「・・・っ、誰でも良いでしょう?途中で妙な横やりを入れられるのは御免ですから、然るべき時になるまでは黙っておきます。まぁ、あなたも知っている人ですし、・・・結婚式には呼んであげても良いですよ?」
思わせぶりにキースは返す。
「俺も知っている人・・・か。それにしても、また王太子の使いやら、騎士団から移動の誘いが来ていたぞ」
「はぁ・・・鬱陶しい」
「お前は優秀なのに、わざわざこんな平凡な部署に留まろうとするから面倒なことになってるんじゃないのか?折角、剣も魔術も使えるのに・・・俺は宝の持ち腐れだと思うが」
「不敬と言われるでしょうが、僕が優秀になれるように努力したのは国のためではなくて個人的な理由ですから・・・。
下手に出世なんてしたら、煩わしいだけではないですか?王太子の側近になどなってしまえば、暇も取りずらいでしょうし、騎士団は一度遠征に出たら数か月は帰ってこられない・・・」
浮かない顔の彼に、レオナルドが言った。
「まぁ、お前はいつもそう言っているから、今回もそれとなく断ってはおいたが・・・」
「理解のある上司で幸いです。ありがとうございました」
キースはおどけるように感謝の言葉を述べた。
◇
シャーロットが権威を求めるのであれば別だったが、キースは下手に出世してこれ以上忙しくなることで、彼女と過ごす時間が減ってしまうのが嫌だった。
繁忙期は存在するとはいえ、ほとんど王都を離れることもなく、通いで仕事を続けられるこの部署をキースは気に入っていた。
「本当に選び放題なのにもったいな。俺だったら、二つ返事で移動するのに・・・」
「そんなに忙しくなったら、あの人に会う時間が無くなってしまうじゃないですか・・・」
キースは切なげにため息をついた。
「随分、ぞっこんなんだな。お前のお姫様が誰なのか本気で気になってきたよ」
文官の仕事用に割り当てられた部屋の中で、積み上げられた書類の山から鼻歌が聞こえてくる。
ふいにドアが開き、入ってきた眼鏡の男は、書類の山に隠れている人物に話し掛けた。
「キース、最近やけに機嫌が良さそうだな?」
彼はキースの直属の上司で、シャーロットの従兄でもあり、名をレオナルドという。
「そうですか?」
キースは手を止めて、レオナルドの方に顔を向けた。
「今まではいつも、何か悶々と悩んでるような雰囲気があったのに、近頃は随分明るくなったと思ってな」
「憧れの人に一歩近づけたから・・・ですかね」
キースは顔を上気させて、心ここにあらずといった様子で答えた。
それを見たレオナルドは、興味津々に訊いた。
「誰なんだ、キースの憧れの人というのは?」
流石は彼女の親類というべきか、シャーロット並に鈍感なレオナルドは、キースが幼いころから彼女を慕っていることも、彼女の縁談を片っ端から潰して回っていたことも、その一切を感知していない。
「・・・っ、誰でも良いでしょう?途中で妙な横やりを入れられるのは御免ですから、然るべき時になるまでは黙っておきます。まぁ、あなたも知っている人ですし、・・・結婚式には呼んであげても良いですよ?」
思わせぶりにキースは返す。
「俺も知っている人・・・か。それにしても、また王太子の使いやら、騎士団から移動の誘いが来ていたぞ」
「はぁ・・・鬱陶しい」
「お前は優秀なのに、わざわざこんな平凡な部署に留まろうとするから面倒なことになってるんじゃないのか?折角、剣も魔術も使えるのに・・・俺は宝の持ち腐れだと思うが」
「不敬と言われるでしょうが、僕が優秀になれるように努力したのは国のためではなくて個人的な理由ですから・・・。
下手に出世なんてしたら、煩わしいだけではないですか?王太子の側近になどなってしまえば、暇も取りずらいでしょうし、騎士団は一度遠征に出たら数か月は帰ってこられない・・・」
浮かない顔の彼に、レオナルドが言った。
「まぁ、お前はいつもそう言っているから、今回もそれとなく断ってはおいたが・・・」
「理解のある上司で幸いです。ありがとうございました」
キースはおどけるように感謝の言葉を述べた。
◇
シャーロットが権威を求めるのであれば別だったが、キースは下手に出世してこれ以上忙しくなることで、彼女と過ごす時間が減ってしまうのが嫌だった。
繁忙期は存在するとはいえ、ほとんど王都を離れることもなく、通いで仕事を続けられるこの部署をキースは気に入っていた。
「本当に選び放題なのにもったいな。俺だったら、二つ返事で移動するのに・・・」
「そんなに忙しくなったら、あの人に会う時間が無くなってしまうじゃないですか・・・」
キースは切なげにため息をついた。
「随分、ぞっこんなんだな。お前のお姫様が誰なのか本気で気になってきたよ」
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