今宵、薔薇の園で

天海月

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29. side キース

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キースは夜会の晩に、去り際のアリステアに告げられた言葉が忘れられなかった。

「あなたは、彼女に並び立ちたいと思って努力を重ねてきたのでしょう。それはある意味では評価に値する事です。
けれど、彼女が何をどう感じているのか考えたことはありますか?
残念ながら、人の気持ちというのは学問のように単純明快なものでは無い。努力さえすれば必ず結果が伴うというものではありません・・・どうか、あなたは間違えないように・・・」

彼は少し寂しそうに笑った後、経験者の戯言だから聞き流してくれと言った。

そして、余計なことだろうが、キースを見ているとどこか昔の自分のようで、放って置けなかったのだとも。





結論から言えば、アリステア・モリスはキースが思ったような卑劣な男ではなかった。

実際話してみれば、人の心の機微に敏いだけの、真摯な人物だった。

悪意を持って噂されている、彼の行動そのものは殆ど事実であったが、相手も誰彼構わずという訳でもなく、それなりに納得できるような理由があったのだとも知った。

キースはやはり他人の噂など当てにならないと思った。





思い返してみると、確かに自分が彼女に相応しい男になれるように、子供っぽく思われないように努力することに関しては誰よりも懸命だったと思う。

だからこそ、他人から優秀だと評価されるようにもなった。

けれど、アリステアに言われた通り、今まで自分が彼女に追いつきたいという事ばかりで、彼女自身の気持ちをまともに考えたことは無かったかもしれない。

想像したこともなかったが、彼女はもしかして、自分の事を迷惑に思っていたりするのだろうか・・・。

振り返れば、自分は婚約者でしかない。

それに、いつでも関係を解消して良いとも言われている。

要約すれば、それは、彼女が自分に興味が無いという事の証といえるのではないだろうか・・・。





あの時、アリステアとの話を終えて、バルコニーから急いで戻ってみれば、滅多に涙など見せない彼女が何故か泣き出していた。

誰かに嫌がらせをされたという訳でも無さそうだった。

訳が分からなかった。

どうしてあんなことになってしまったのだろう。

やはり、自分が彼女の気持ちを何も理解出来ていなかった事が原因なのだろうか・・・。


そのせいで彼女を傷つけてしまっていたのだとしたら・・・。


もしかすると、自分がいない方が・・・。

キースは沈んでいく思考を、慌てて止めた。

そして、明日の仕事について考える事にしようと気持ちを切り替えた。
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