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40.今宵、薔薇の園で
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シャーロットは確信した。
彼は記憶を取り戻したのだと。
いよいよ、また別れの時が来てしまったのだと、シャーロットは悲しくなった。
瞼の裏側が熱を帯びて、堪え切れない涙が零れてきてしまう。
彼女の頬に落ちた涙を、やさしくその手で拭うキース。
「・・・兄さんから全て聞きました。あなたが僕を大切に思ってくれたからこそ離れようとした事を・・・」
「キース・・・」
「僕は・・・ずっと追いつきたくて背伸びばかりしていたくせに、大切な人の気持ちひとつ解ることが出来ず、下らない誤解をしたままあなたを手放してしまった事をひどく後悔しています」
キースはそう言って、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
高くなった月が照らす彼の表情は、大人の男のものだった。
「これを・・・」
色褪せた薔薇の栞を懐から取りだしてシャーロットに手渡すキース。
「あ・・・」
探していた栞を彼が持っていた事に、面映ゆさを感じながらも驚いたシャーロット。
それを受け取った彼女の手を、キースはそっと両手で包みこんだ。
彼が小さな声で囁くと、二人の重ねられた手の隙間から微かな光が零れた。
次の瞬間、その褪せた薔薇は鮮やかな色を取り戻し、自身を挟み込んでいた紙を、まるで殻でも破るように自ら脱ぎ捨てた。
そして、時を戻したかのように、彼女の手の中で一輪の青い生花へと変貌を遂げた。
それは眩い燐光を放っていて、この変化が彼の魔力によるものだという事が伺い知れる。
輝きを増したその花からは、光が泉の水のように湧き出し、徐々に地面に染みわたるように広がっていく。
一度地中に消えたその光は、庭園中の眠っている存在を目覚めさせた。
枯れ木のようだった冬の薔薇たちは、みるみる間に新緑色の枝葉を伸ばし、蕾をつけ、色とりどりの花を咲かせはじめる。
何もかもが眩いように輝いていた。
全てが冷たい暗闇に包まれているはずの今、この庭園だけは、夜でもなく、冬でもなく、まるで爽やかな夏の朝のようだった。
シャーロットは、目の前に広がる夢のような光景に息を飲んだ。
キースは恭しく彼女の足元に跪いた。
そして、言った。
「シャーロット、僕はあなたがいないと生きていけない・・・。どんなに素晴らしいものが目の前にあったとしても、隣にあなたがいなければ、そこに何の意味も価値も見出せないのです」
「キース・・・」
「僕を縛り付けることを恐れないで・・・。ずっと、あなただけを求めてきました。無駄に身につけすぎたものが、あなたの隣にいる邪魔になるのなら不要だと、自分の実力を出し惜しみしたこともありました。けれど今、全てを知って、あなたがそれを望まないというのなら、そんな事はもう終わりにします」
「・・・」
「だから・・・どうか、もう僕の手を離さないでください」
「本当に・・・私で良いの?」
「・・・あなたでなくては駄目なのに。まだ、そんなことを言うのですか・・・」
いつの間にか立ち上がっていたキースは、蕩けるような蠱惑的な笑みを浮かべると、その美しい顔を寄せて、そっと彼女の唇を塞いだ。
彼は記憶を取り戻したのだと。
いよいよ、また別れの時が来てしまったのだと、シャーロットは悲しくなった。
瞼の裏側が熱を帯びて、堪え切れない涙が零れてきてしまう。
彼女の頬に落ちた涙を、やさしくその手で拭うキース。
「・・・兄さんから全て聞きました。あなたが僕を大切に思ってくれたからこそ離れようとした事を・・・」
「キース・・・」
「僕は・・・ずっと追いつきたくて背伸びばかりしていたくせに、大切な人の気持ちひとつ解ることが出来ず、下らない誤解をしたままあなたを手放してしまった事をひどく後悔しています」
キースはそう言って、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
高くなった月が照らす彼の表情は、大人の男のものだった。
「これを・・・」
色褪せた薔薇の栞を懐から取りだしてシャーロットに手渡すキース。
「あ・・・」
探していた栞を彼が持っていた事に、面映ゆさを感じながらも驚いたシャーロット。
それを受け取った彼女の手を、キースはそっと両手で包みこんだ。
彼が小さな声で囁くと、二人の重ねられた手の隙間から微かな光が零れた。
次の瞬間、その褪せた薔薇は鮮やかな色を取り戻し、自身を挟み込んでいた紙を、まるで殻でも破るように自ら脱ぎ捨てた。
そして、時を戻したかのように、彼女の手の中で一輪の青い生花へと変貌を遂げた。
それは眩い燐光を放っていて、この変化が彼の魔力によるものだという事が伺い知れる。
輝きを増したその花からは、光が泉の水のように湧き出し、徐々に地面に染みわたるように広がっていく。
一度地中に消えたその光は、庭園中の眠っている存在を目覚めさせた。
枯れ木のようだった冬の薔薇たちは、みるみる間に新緑色の枝葉を伸ばし、蕾をつけ、色とりどりの花を咲かせはじめる。
何もかもが眩いように輝いていた。
全てが冷たい暗闇に包まれているはずの今、この庭園だけは、夜でもなく、冬でもなく、まるで爽やかな夏の朝のようだった。
シャーロットは、目の前に広がる夢のような光景に息を飲んだ。
キースは恭しく彼女の足元に跪いた。
そして、言った。
「シャーロット、僕はあなたがいないと生きていけない・・・。どんなに素晴らしいものが目の前にあったとしても、隣にあなたがいなければ、そこに何の意味も価値も見出せないのです」
「キース・・・」
「僕を縛り付けることを恐れないで・・・。ずっと、あなただけを求めてきました。無駄に身につけすぎたものが、あなたの隣にいる邪魔になるのなら不要だと、自分の実力を出し惜しみしたこともありました。けれど今、全てを知って、あなたがそれを望まないというのなら、そんな事はもう終わりにします」
「・・・」
「だから・・・どうか、もう僕の手を離さないでください」
「本当に・・・私で良いの?」
「・・・あなたでなくては駄目なのに。まだ、そんなことを言うのですか・・・」
いつの間にか立ち上がっていたキースは、蕩けるような蠱惑的な笑みを浮かべると、その美しい顔を寄せて、そっと彼女の唇を塞いだ。
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